小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

黄色ブドウ球菌菌血症においてリネゾリドへの早期oral switchは悪くない

 黄色ブドウ球菌菌血症(SAB)は、「最低でも2週間の抗菌薬投与」が必要な重症感染症です。成人では、IEが否定できない場合には4週間の静注を行うことも多く、入院日数がかなり長期になっていました。OPATなどが普及すれば、解決できるのですが、そもそも経口抗菌薬に変更できないかという検討です。
 今回、紹介するのは、成人のSAB(複雑性SABを除く)を早期にリネゾリドに変更した場合に、治療効果はどうか検討した研究(傾向スコアマッチング)です。
 日本では、リネゾリドは高価で、入院費用は安いため、医療経済的なメリットが有るのかは難しいですが、治療効果が同じで、早期退院ができるのであれば、良い選択肢かなと思います。 
 
要点
・成人のSABの一部では、2週間の静注抗菌薬治療とリネゾリドへの早期oral switchは治療効果が変わらない。
・30日死亡は、リネゾリド群で低い傾向がある。
・入院期間は、(当然ですが)リネゾリド群で短い
 
Early Oral Switch to Linezolid for Low-risk Patients With Staphylococcus aureus Bloodstream Infections: A Propensity-matched Cohort Study
Clin Infect Dis. 2019;69(3):381-387.
 
 
背景:
 黄色ブドウ球菌菌血症(SAB)における標準的な静注抗菌薬療法(SPT)の代替として、リネゾリド経口投与への早期変更(early oral switch)が有望視されている。
 
方法:
 スペインの大学病院で2013年から2017年の間に発症したSABの全成人症例を対象に前方視的コホート研究を実施した。治療開始から3日目-9日目までの間にSPTをリネゾリド経口に切り替えた患者と、SPTを受けた患者について、有効性、安全性、入院期間を比較した。複雑型SABおよび骨関節感染症を除外した。傾向スコアのマッチングにはk-nearest neighborアルゴリズムを使用した。
 
結果:
 傾向スコアマッチング後、リネゾリド群45例、SPT群90例を対象として解析した。主なSABの原因は、カテーテル関連(49.6%)、感染巣原因(20.0%)、皮膚および軟部組織(17.0%)であった。90日以内の再発は、リネゾリド群とSPT群で差は認められなかった(2.2% vs 4.4%;P = 0.87)。30 日間の全死因死亡率は、リネゾリド群と SPT 群で統計学的に有意な差は認められなかった(2.2% vs 13.3%;P = 0.08)。発症後の入院期間の中央値は、リネゾリド群で8日、SPT群で19日であった(P < 0.01)。リネゾリド群で、治療中止に至る薬物関連の副作用は認められなかった。
 
結論:
 特定の低リスクSAB患者を対象に、治療開始から3日目-9日目までの間にリネゾリドへoral switchを行ったSABの治療は、SPTとほぼ同じ治療成績を示し、早期の退院を可能にした。
 
 
追加のポイント
・今回の対象患者は、比較的シンプルなSAB患者のみを対象としている
 以下を除く成人(18歳以上)の黄色ブドウ球菌菌血症患者
 ・血液培養陽性から7日以内の死亡
 ・複雑型SAB
   適切な治療にも関わらず3日以上血液培養陽性が持続
   化膿性血栓性静脈炎
   感染性心内膜炎
   感染性動脈瘤
   血管内グラフト感染
   治療前に播種性病変あり
   デバイス除去できないデバイス感染症
 ・骨・関節感染症
 ・リネゾリド以外の経口抗菌薬に変更
 ・治療開始3−9日目以外の期間に変更
 ・フォローアップ不可能症例
 
・合計治療期間は、両群とも中央値15日間。リネゾリド群の方が約1週間早く退院できた。
 
・90日以内の再発率に差はなかった。
 再発に関連した因子は、好中球減少、人工弁、適切な治療期間までの日数であった。
・30日死亡は、交絡因子を調整すると、リネゾリド群で低い(OR, 0.1 [95% CI, .0-.9]; p=.04)。
 30日死亡に関連していた因子は、Charlson comorbidity indexと肝硬変であった。
 
 リネゾリドは菌血症には使わ無いほうが良いという認識から、状況に応じて適切にoral switchの選択肢としても考慮することが大事だと思いました。でも、費用がなあ…。
 

血液培養陽性だけど菌が見えない!

 血液培養が陽性になった時に、Gram染色で菌体を認めないことがあります。偽陽性反応(本当は菌がいないのに陽性になった)のこともありますし、Gram染色で菌が見えないだけで本当に菌がいることもあります。
 
 血液培養で塗抹陰性の時の鑑別診断です。
1. 菌量が非常に少ないため見えない
2. 難染性のためGram染色で見えない
3. 自己融解
4. 装置の偽陽性反応
 
 
1. 菌量が非常に少ないため見えない
 Candidaなどの酵母は、増殖速度が遅く、全自動血液培養装置では菌量が少ない時点で血液培養が陽性と判断されることがあります。
 対策としては低倍率で観察する、再度塗抹を作成する、培養液を遠心してbuffy coatの塗抹標本を作成することで、菌体を発見する可能性が高まります。
 
2. 難染性のためGram染色で見えない
 Helicobacter sp.やCampylobacter sp.はGram染色性が弱く見落とされる事があります。Fusobacterium nucleatum, Capnocytophaga sp.なども形態が特殊で見逃される事があります。
 Mycobacterium sp.は、Gram染色では難染性であり、Ziehl-Neelsen染色が必要です。(血液培養では無いですが、元亀田フェローの黒田先生がGram-ghost bacilliとして結核菌のGram染色像を報告されています。)

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3. 自己融解
 肺炎球菌は、自己溶解酵素を産生して、菌体が消失することがあります。菌発育陽性シグナルが出てから長時間経過して、Gram染色した場合には、菌が自己融解し、見えない可能性があります。その場合には、抗原検出キットなどが補助的に使用できる可能性があります。
 血液培養が陽性になったら、速やかに塗抹標本を作成し、平板培地で培養するのが重要です。
 
 
4. 装置の偽陽性反応
 末梢血の白血球が著しく多い場合(白血病など)、白血球がCO2を産生し、血液培養陽性と判断されることがあります。陽性までの時間は短いことが多いようです。一方で、白血球数が少なくても、白血病で血液培養偽陽性となった報告があります。白血球が少なくても、末梢血中に白血病細胞があると、ボトル内で一過性に増殖し、CO2を産生することが可能性として考えられます。G-CSF投与により未成熟な白血球が末梢血に出現する影響も考えられているようです。
 他に、ボトルへ接種した血液が過剰な場合も、偽陽性反応が出ます。
 
 
検査と技術 2019年12月号 川上先生の記事も参考にさせて頂きました。
 

MRSA菌血症にバンコ+セファゾリン併用療法は有効か?

 MRSA菌血症は、重篤で、死亡率が高い疾患です。バンコマイシンを十分量使用しても、菌血症が持続する場合には、ダプトマイシンに変更したり、感染巣を除去(カテ抜去やドレナージなど)を早期に行います。
 しかし、それでも菌血症が持続する場合には、「ダプトマイシン+セフタロリンMRSAにも効果がある第5世代セフェム)」などが、米国では次の治療戦略 (salvage therapy)になります。
 日本には、セフタロリンが無いので、他の方法を考えるしか無いのですが、なかなか確立したものは無いと思っています。(ハベカシンとか、リネゾリドとか…)
 
 ご存知のように、MRSAは、βラクタム系抗菌薬に対し耐性を示します。しかし、バンコマイシンやダプトマイシンとβラクタムを併用すると、MRSA菌株のバンコマイシンやダプトマイシンに対するMICが低下し、菌体が消失する時間が短くなる現象があることが知られています。βラクタム単独では耐性ですが、併用することで治療効果が高まるのではないかと、理論上考えることができます。小規模な研究でも有効性を示唆する報告があります。
 

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 今回の研究は、このような現象を参考に、実際の臨床でMRSA菌血症の成人患者に、バンコマイシン(またはダプトマイシン)+βラクタム系抗菌薬(抗ブドウ球菌活性のあるセファゾリンなど)を使用すると、死亡率や持続菌血症の期間に影響を与えるのかという、ランダム化比較試験です。
 

要点

・本研究は、併用療法での急性腎障害の増加という安全上の懸念から早期に終了された。

・両群間で死亡率に有意差なし。

・5日目の菌血症持続は、併用療法で少ない傾向があった(11% vs. 20%)。

 
 
Effect of Vancomycin or Daptomycin With vs Without an Antistaphylococcal β-Lactam on Mortality, Bacteremia, Relapse, or Treatment Failure in Patients With MRSA Bacteremia: A Randomized Clinical Trial
Tong SYC, et al. JAMA. 2020 Feb 11;323(6):527-537.
 
意義:
 メチシリン耐性黄色ブドウ球菌MRSA)菌血症の死亡率は20%を超える。標準治療とβ-ラクタム系抗菌薬の併用療法は死亡率を低下する可能性が示唆されているが、この仮設を証明する強力な無作為化臨床試験は実施されていない。
 
目的:
 MRSA菌血症患者において、抗ブドウ球菌用β-ラクタム系抗菌薬と標準治療の併用が標準治療単独よりも効果的であるかどうかを判断する。
 
方法:
 MRSA菌血症と診断された成人の入院患者352例を対象とした。2015年8月から2018年7月まで、4カ国(オーストラリア、ニュージーランドシンガポールイスラエル)27施設で、オープンラベル無作為化臨床試験を実施した。2018年10月23日にフォローアップが完了した。対象患者は、標準治療(バンコマイシンまたはダプトマイシン)+抗ブドウ球菌β-ラクタム系抗菌薬(フルクロキサシリン、クロキサシリンまたはセファゾリン)(n = 174)と標準治療(n = 178)に無作為に割り付けられた。治療期間は治療する臨床医によって決定され、β-ラクタムは7日間投与された。
 一次エンドポイントは、90日目の死亡率、5日目の菌血症持続の有無、菌血症の再発、微生物学的治療の失敗を複合したものである。2次エンドポイントは、14日目、42日目、90日目の死亡率、2日目と5日目の菌血症持続の有無、急性腎障害(AKI)、菌血症の再発、微生物学的治療の失敗、および静注での治療期間が含まれた。
 
結果
 安全性モニタリング委員会は、440人の患者の登録前に、試験の早期終了を推奨した。無作為化された352人の患者(平均年齢62.2[SD 17.7]歳;女性121人[34.4%])のうち、345人(98%)が研究を完遂した。主要エンドポイントは、併用療法で59例(35%)、標準療法で68例(39%)が達成した(-4.2%、95%CI; -14.3%-6.0%)。事前に設定した9つの2次エンドポイントのうち7つは、有意差を示さなかった。併用療法群と標準療法群で比較したところ、90日目の全死亡率は35例(21%)対28例(16%)(+4.5%、95%CI; -3.7%-12.7%);5日目の菌血症持続は19/166例(11%)対35/172例(20%)(-8.9%、95%CI; -16.0%- -1.2%)、試験参加前から透析を受けている患者を除くと、AKIは34/145例(23%)対9/145例(6%)で発生した(+17.2%、95%CI; 9.3%~25.2%)。
 
結論:
 MRSA 菌血症患者において、バンコマイシンまたはダプトマイシンによる標準治療にβ-ラクタムを追加しても、死亡、菌血症の持続、再発、治療失敗において、有意な改善は得られなかった。安全性の懸念と、臨床的効果を検出することが十分できない可能性を考慮して、試験の早期終了を決定した。
 
 5日目の菌血症持続は、併用群で少ない可能性があるが、AKIの頻度が併用群で高い。理論的に効果があると思われても、実臨床での差異はなかなか出ないものです。
 

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β-D-グルカンの偽陽性の原因

 β-D-グルカンは、侵襲性真菌感染症の検査として、頻用されています。検査方法やカットオフ値により、感度・特異度が変わってきますが、侵襲性真菌感染症では、感度が78−95%、特異度は85.7−98%程度です。

 しかし、偽陽性がそれなりに見られる検査で、「上昇=真菌感染」とはならないので注意が必要です。β-D-グルカンが、上昇する要因に関して調べました。
 
Specificity Influences in (1→3)-beta-d-Glucan-Supported Diagnosis of Invasive Fungal Disease. Finkelman MA. J Fungi (Basel). 2020 Dec 29;7(1):14.
 
 β-D-グルカン(BDG)は、真菌の主な細胞壁構成成分で、カブトガニ血漿の凝固反応のうち、G因子を介した経路のみを特異的に活性化する。この反応を利用し、血中のβ-D-グルカンを特異的に検出定量できる。
 BDGは、侵襲性真菌感染症(IFD)の診断に補助的に使用されている。BDGは陰性的中率が非常に高いが、偽陽性が発生する可能性があり、特異度と陽性予的中率は高くない。診断としては偽陽性であっても、血液中にBDGが実際に高値になることもある。本レビューでは、血液中のBDG上昇の原因となるIFD以外のものを検索した。
 BDG上昇の原因は主に、BDGを含む医療材料・薬剤や、粘膜バリア障害による腸管のBDGが血中に入った場合などである。
 Nocardia sp.の感染も、BDG の上昇に寄与する可能性がある。IFD以外の理由でBDGが上昇する可能性のあることを知ることにより、患者ケアを改善し、BDGが減少する経過をフォローするような戦略を取れるようになる。
 注意:IFDでもムーコル感染症ではBDGは上昇しないので注意が必要。
 
 
BDGが上昇する可能性のある医薬品・医療材料
・ガーゼ
・外科手術で使用するスポンジ
・汚染された製造機器で製造された薬品
セルロースのフィルター
セルロース膜を使用した血液透析
・静注用免疫グロブリン製剤
・抗菌薬
 
BDGが上昇する可能性のある患者の状態
・広範囲の熱傷
・腸管の虚血状態(からのトランスロケーション)
・慢性腎臓病
・嚢胞線維症
・腸球菌菌血症
HIV関連
・侵襲的人工呼吸管理
・ループスエリテマトーデス
・敗血症、敗血症性ショック
・腹部手術後
(追記)
・侵襲性真菌感染症の既往(感染後6ヶ月〜1年程度BDGの高値が持続する例があるとご指摘を頂き、追加しました。)
 
侵襲性真菌感染症以外のBDG上昇の診断プロセス
・静注免疫グロブリン(IVIG)を行ったか?
アルブミン製剤を投与したか?
・完全静脈栄養か?
・侵襲の高い手術を4日以内に実施したか?
・ガーゼを埋め込んだり、外科的にスポンジでパッキングを行っていないか?
・その他に、セルロースを使用した医療材料を使用していないか?
・重度の粘膜炎や腸炎がないか?
血液透析をしていないか?
・侵襲性のノカルジア感染症はないか?
・腸管の虚血や低酸素の可能性はないか?
・ニューモシスチス肺炎は除外されているか?
 
 
 セルロースを使ったモノには、BDGが含まれているので、薬品であり医療材料であれ、これらが、身体に入ると血液中のBDGは上昇します。また、腸管内には真菌もいますし、きのこ類を摂取すると、腸管粘膜の破綻があれば、BDGが血中に入り上昇します。これに加えて、日本では、海藻の大量摂取や、民間療法としてアガリクスなどのきのこを多く摂取した場合に、BDG上昇が報告されています。

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COVID-19パンデミックが子どもの心に与える影響

 COVID-19のパンデミック以降、心の不調を訴えるお子さんが増加しています。日本小児科学会も、学校の休校や保育園の休園に対する、子供の身体や心への負の影響を懸念した声明を出しています。
 
 実際に、子供の心にどのような影響があるのか、これまでの研究のレビューが出ましたので、まとめました。精神科領域の論文は、あまり読まないので、解釈が変な店があれば、教えて下さい。
 
Adolescent psychiatric disorders during the COVID-19 pandemic and lockdown
Psychiatry Res. 2020; 291:113264.
 
 この論文のハイライト
- COVID-19パンデミックとロックダウンは、思春期の子供の精神衛生に悪影響を及ぼす可能性がある。
- パンデミックや災害は、思春期のPTSDうつ病、不安症状と関連している。
- 家庭内隔離状態は、家庭内暴力の増加と関連している可能性がある。
- ロックダウン中のメンタルヘルス支援のために、医療システムをうまく運用することが必要である。
- パンデミック時における思春期の精神疾患に関するデータは少ない。
 
 
1. PTSD、うつ、不安
 パンデミック時には、災害時と同様に心的外傷後ストレス障害PTSD)、うつ、不安のリスクが増加する ( Douglas et al., 2009 )。武漢でCOVID-19流行後に成人を対象とした2つの研究で、PTSDの有病率は4.6%と7%であり、女性と睡眠の質が低いことと関連性が高いことが報告されている ( Liu et al., 2020 ; Sun et al., 2020 )。アメリカでの研究では、H1N1およびSARS-CoVウイルスに曝露されたため検疫措置を受けた子供の30%がPTSDを発症したと報告されている ( Sprang and Silman, 2013 )。PTSD、うつ、不安は、思春期の精神衛生に潜在的に甚大な影響を与える ( Kar and Bastia, 2006 ; Yule et al., 2000 ; Bolton et al., 2000 ; Kar, 2019 )。女性はPTSDに罹患する可能性が2倍と推定されている ( Garza and Jovanovic, 2017 ; Fan et al., 2015 )。
 
 Caoらによると、中国の大学生において、家族や知人がCOVID-19に感染することは不安のリスク因子であった ( Cao et al., 2020 )。都市部で生活、家族の収入が安定している、両親と同居が、不安を軽減する因子であることが明らかになった。
 
 中国の12~18歳を対象とした調査で、ZhouらはCOVID-19発生時にうつ病(43%)、不安(37%)、うつ病と不安の複合症状(31%)の有病率が高かったと報告している ( Zhou et al., 2020 )。これらの症状の危険因子としては、性別(女性)が挙げられる。
 
 COVID-19パンデミックは、PTSD抑うつ症状、不安症状のリスクであるという仮説を支持する。
 
2. ロックダウン
 検疫のための隔離は、PTSD、混乱、怒りなど、個人の心理面に負の影響を及ぼし、長期化する可能性がある ( Brooks et al., 2020 )。小児では、不登校期間に身体活動が低下し、スクリーンタイムが増加し、睡眠パターンが不規則となり、食生活のバランスが悪くなる ( Wang et al., 2020 )。隔離は思春期の精神疾患の発症に影響を与えている可能性もある ( Lamblin et al., 2017 )。
 
 思春期の若者は、新たな不安(親族の健康や仕事への心配、死の問題、友人との突然の離別、学校の混乱など)を経験している。スペインの大学では、隔離された最初の数週間に、中等度から極めて重度の不安(21%)と抑うつ(34%)を経験した学生が多かった ( Odriozola-González et al., 2020 )。
 
 ロックダウンは、一部の若者にとっては、耐え難いものである。平常時には過剰な社会的引きこもりは精神症状として考えられている ( Tajan 2015 ; Lamblin et al., 2017 )。急な孤立・孤独は、神経機能レベルで飢餓に似た渇望を伴う可能性がある ( Tomova et al., 2020 )。子どもの退行や表面化した症状が観察されることがある。しかし、思春期には睡眠障害、仲間との問題、孤独、抑うつなどの心理的苦痛がより目立ちにくい可能性がある ( Douglas et al., 2009 )。さらに、学校閉鎖が世界中で行われているが、精神衛生上の問題を抱える若者にとって、学校で日常生活が行われていることは重要である。 ( Lee, 2020 )。
 
3. 自殺
 感染症の流行は自殺率の増加と関連している可能性がある ( Chan et al., 2006 )。しかし、流行時の思春期の自殺率に関するデータは見つからなかった。ストレスの多いライフイベントは思春期の自殺の危険因子である ( Brent 1995 )。米国の研究によると、いくつかのCOVID-19関連の経験(恐怖やソーシャルディスタンスの影響など)と、成人における自殺念慮や自殺未遂との間には関連性があるとされている ( Ammerman et al., 2020 )。ハリケーン・アンドリュー被災後の青年を対象とした研究では、以下の要因が自殺念慮に影響していることが観察された:女性、低い社会経済的地位、ハリケーン前後のうつ病、ストレススコアが高い、家族のサポートが低い、ハリケーン前の自殺念慮がある ( Warheit et al., 1996 )。COVID-19の影響により、カナダでは自殺率が増加するとの予測がある( McIntyre and Lee, 2020 )が、これらの予測には思春期の若者には関係していない。
 
4. 中毒
 青年期の中毒性障害が増加するという問題も提起されているが ( Reijneveld et al., 2005 )、このトピックに関する文献はほとんどない。ストレスに対処するメカニズムとして、薬物乱用やリスクの高い性的関係などの行動を行う可能性が高いことを示唆する研究者もいる ( Hagan, 2005 )。
 
5. 家庭内暴力
 多くの国で家族は家庭内隔離を余儀なくされている。ストレスの多い状況は、親の情緒的な苦痛につながり、結果的に子どもに対する罰則的な態度が増える ( Taylor et al., 1997 )。
 COVID-19パンデミック時には、家族内隔離が家庭内暴力の引き金となる可能性がある。フランスやブラジルなどで、家庭内暴力の報告が増加し家庭内暴力が発生する家庭に住む子どもは、虐待やネグレクトのリスクが高い ( Campbell, 2020 )。この間、女児は性暴力にさらされることが多くなっていると報告されている( UNFPA, 2020 )。ロックダウンや学校閉鎖では、思春期の子どもたちは、彼らの苦悩に気づいてくれる大人から発見されにくくなる。
 
6. インターネット、ソーシャルメディア、情報へのアクセス
 COVID-19のパンデミックは、新しい社会的・技術的文脈で考える必要がある。ソーシャルメディア、インターネットが発達し、これほど簡単に情報にアクセスできる時代はなかった。
 ソーシャルメディアは、ロックダウンの間、重要な役割を果たす可能性がある。ソーシャルメディア社会的交流を可能にし、学習の機会となる ( O'Keeffe et al. 2011 )。ソーシャルメディアの利用は、ロックダウン中に10代の若者が社会的交流を維持するのを助けるプラスの要因である可能性がある。しかし、ソーシャルメディアは負の側面もある。ソーシャルメディアに費やす時間とお金は、うつ病、不安、心理的苦痛のレベルと相関している ( Keles et al., 2020 )。それらは睡眠障害と関連している可能性がある ( Barry et al., 2017 )。
 パンデミックとロックダウンの期間は、インターネット中毒が増加する。ストレスやトラウマ的な経験の影響により、インターネット中毒になる可能性があることが示唆されている ( Cerniglia et al., 2017 )。インターネット中毒はオンラインゲームやソーシャルアプリと関連している ( Kuss et al., 2013 )。インターネット中毒はうつ病とも関連している ( Ha et al., 2007 )。
 さらに、思春期の若者はソーシャルメディアを通じて多くの情報を得ており、従来のメディアよりも直接的な情報が少ない。COVID-19パンデミックの間、多くの思春期の若者がニュースをフォローしている ( Oosterhoff and Palmer, 2020 )。しかし、彼らは大人と同じスキルを持っているわけではなく、彼らの脳はまだ成熟過程である ( Murty et al., 2016 )。ビデオ、写真、トピックに関するストーリー、議論にリアルタイムでアクセスすることができる。このような情報を分析するスキルを身につけるためには、大人の指導が必要である。
 
7. 精神疾患を持つ若者たち
 ロックダウン、感染への恐怖により、精神疾患を持つ患者の症状が悪化する可能性がある。精神疾患を持つ若者は、ロックダウンに耐えられない可能性がある ( Chevance et al., 2020 )。精神疾患患者にケアを継続できるかについても懸念がある ( Fegert and Schulze, 2020 )。英国の精神疾患の既往歴のある青年を対象とした調査では、83%がパンデミックによって精神状態が悪化したとし、26%が精神科のサポートを受けることができなくなったと答えている ( Youngminds, 2020 )。
 うつ病の既往歴を持つ思春期の若者は、親を突然失う事により、心理的苦痛が長期間持続する ( Melhem et al., 2011 )。
 注意欠陥多動性障害ADHD)を持つ思春期の子どもは、ロックダウンへの適応がより困難になる可能性がある ( Cortese et al., 2020 )。より多くの問題行動が出現する可能性がある。親を中心として介入と精神科的介入を実施し、COVID-19下で薬物療法のリスクとベネフィットを慎重に検討すべきである ( Cortese et al., 2020 )。
 自閉症スペクトラム障害の患者にとって、パンデミック、ケアの中断、ロックダウンは負の影響をもたらす ( Sharon, 2020 )。柔軟性に欠ける行動、習慣、儀式が重要な症状である患者では、生活習慣が乱れることになる ( American Psychiatric Association, 2013 )。
 摂食障害患者の中では、神経性食思不振症は慢性的な栄養失調に関連して免疫不全を合併していることが多く ( Allende et al., 1998 )、易感染性がある。リモート相談が実施されるべきである。シンガポールでは、COVID-19に関連して摂食障害患者における健康不安が増加していると報告された ( Davis et al., 2020 )。パンデミックによる不安により、摂食行動をコントロールすることがより困難になる可能性がある ( Fernández-Aranda et al., 2020 )。
 
 
8. 経済的な危機
 COVID-19のパンデミックは、経済的な危機にもつながっている( Fernandes, 2020 )。経済的な危機により、成人の自殺、うつ病、不安、依存症の増加が報告されている ( Gili et al., 2013 ; Marazziti et al., 2020 ; Uutela, 2010 ; Silva et al., 2020 )。2003年に中国・北京でSARS後の回復期における精神障害のリスク因子として、所得の減少が最も大きいことが報告されている ( Mihashi et al., 2009 )。ギリシャの経済危機の時、家族内での緊張や喧嘩が増加し、生活満足度が低下したと報告されている ( Kokkevi et al., 2014 )。親から心理面のサポートを行い、一緒に過ごすことで、経済危機による悪影響から子どもを守れる可能性がある ( Gudmundsdóttir et al., 2016 )。
 
 
まとめ
 思春期の若者は脆弱な存在である。ロックダウン中の精神的サポートを行えるよう、医療者による十分な配慮と医療システムの最適化が必要である。COVID-19のパンデミックは、PTSD抑うつ、不安障害などの精神疾患や、悲嘆に関連した症状が増加する可能性がある。家庭内隔離は、家庭内暴力の増加と関連する。隔離とインターネットやソーシャルメディアの過剰使用との関連については、調査する必要がある。危機的な状況における思春期のメンタルヘルスに影響を与えるものは、本人・家族・社会の脆弱と、本人・家族の対処能力である。
 

 

Cover of Psychiatry Research

原因
起きる問題
PTSD:女性・低い質の睡眠がリスク
不安障害:家族・知人がCOVID-19患者だとリスク増加
     都市部居住・安定した収入・親と同居でリスク軽減
うつ病:女性がリスク
自殺:カナダでCOVID-19による自殺増加が予想される
   ハリケーン被災後には自殺念慮が増加
 (リスクは、女性、低い社会経済的地位、ハリケーン前後のうつ病
  ストレススコアが高い、家族のサポートが低い、ハリケーン前から自殺念慮
ロックダウン
身体活動量低下、スクリーンタイム増加、睡眠が不規則、
食生活のバランス悪化、不安、抑うつ、退行
家庭内隔離
家庭内暴力(フランス、ブラジルで報告)、虐待、ネグレクトの増加
インターネット
社会的交流・学習機会が増える(良い点)
うつ、不安、心理的苦痛、睡眠障害、インターネット中毒の増加
経済的な危機
COVID-19のデータはないが過去の研究では、
成人の自殺、うつ病、不安、依存症が増加
ギリシャ経済危機の時、家族内で緊張や喧嘩が増加し、生活満足度が低下
もともと精神疾患あり
症状悪化とサポート体制の減少
ADHD:問題行動が増加する
自閉症:生活リズムが悪化
神経性食思不振症:健康不安が増加
うつ病:悲嘆が長期化