小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

どうして小児科開業医はペニシリンを処方しないのか?

 小児の感染症で最も使用頻度が多い抗菌薬はペニシリン(主にアモキシシリン)です。しかし、原則どおりに処方されないケースが多々あります。外来小児科学会の会員(主に小児科開業医の先生)にアンケートを行い、ペニシリンを処方しない理由(処方する理由)を分析したものです。

 病院勤務医の側からは、小児科開業医の処方内容が不適切であるという文面から語られる事が多いですが、実は、「適切な治療を知っているからこそ、適切に治療できない」という実態が見えてきて、非常に興味深い報告です。

 個人的には、「GAS咽頭炎に10日間飲ませるのが大変であるという保護者の気持ちがわかっているので、セフェム系5日間にする。」

「中耳炎で高用量のペニシリン(大体他の感染症の倍量)飲ませるのが大変だと分かっているので、セフェム系にする。」

副鼻腔炎はBLNARの懸念も多いインフルエンザ菌が多いのを分かっているので、アモキシシリンを避ける。」という判断があるのだと思います。

 感染症科医として、頑張って飲ませて欲しいという気持ちもありますが、親として子どもに抗菌薬を飲ませる苦労も知っていますので、ペニシリンを回避する気持ちもわかります。クリニックのセッティングで悩みながら臨床をされていることが伝わります。

日本外来小児科学会会員の抗菌薬不適切使用の実態
    ~ペニシリン系処方の障害となっている要因を探る~

外来小児科 Vol. 26 No.1 (2023)

 

方法:

 外来小児科学会会員へのアンケート調査(無記名式)

GAS咽頭炎、急性中耳炎、急性鼻副鼻腔炎に対する抗菌薬の使用

・第一選択薬と投与方法

・第一選択薬がペニシリン系である場合、その理由

・第一選択薬がペニシリン系でない場合、ペニシリン系を選択しない理由を記載。

 

結果:

ペニシリン系が第1選択薬としている割合は

GAS咽頭炎で78.5%、急性中耳炎で84.4%、急性鼻副鼻腔炎で72.6%。

ペニシリン系を第1選択薬としない理由

GAS咽頭炎アドヒアランスが悪い(10日間の内服が長い)、内服量が多い、躍進が多い

急性中耳炎:内服量が多い(高用量投与)、耐性菌が多い、下痢が多い

急性鼻副鼻腔炎:内服量が多い、耐性菌が多い、アドヒアランスが悪い

 

考察:

ペニシリン系を用いた適切使用の向上には

アドヒアランス対策が必要→高濃度のアモキシシリン製剤の開発

・効果に対する懸念→ガイドライン周知の徹底

が重要

cir.nii.ac.jp

De-escalationは耐性Gram陰性菌の発生を抑制する

 感染症診療において、初期治療(エンピリック治療)を開始後、感染症の原因菌が特定されたら、最適治療に変更します。通常、より狭域の抗菌薬に変更できるのでde-escalationと言います。De-escalationにより、患者予後が良くなる、医療費が減る、一部の合併症(CDIなどが減る)ことが示されていました。今回の研究は、対象患者において、薬剤耐性Gram陰性菌の検出が減るかを検討したものです。

 薬剤耐性菌が世界中で大きな問題となる中で、日常臨床において感染症治療の最適化が、薬剤耐性菌を減らす力になることを示した良い研究だと思います。

 

Preventing New Gram-negative Resistance Through Beta-lactam De-escalation in Hospitalized Patients With Sepsis: A Retrospective Cohort Study.

(敗血症患者にβ-ラクタム系抗菌薬をde-escalationすることでGram陰性菌の薬剤耐性を予防する)

Clin Infect Dis. 2024 Oct 15;79(4):826-833. 

 

はじめに

この研究は、敗血症で入院中の患者において、βラクタム系抗菌薬(BL)のde-escalationが、新たなグラム陰性菌の薬剤耐性発生を抑制するかを検討することを目的としています。敗血症治療において、抗菌薬の過剰使用が、耐性菌の増加を助長することが問題視されている。抗菌薬の狭域化(de-escalation)が推奨されてきましたが、その効果に関するエビデンスは限られていました。

方法

本研究は後方視的コホート研究であり、2010年から2017年の間に米国の医療機関に入院した敗血症患者を対象に実施されました。BL抗生物質の投与が3日以上継続された患者が対象で、治療開始2日間は広域スペクトラム(SS ≥ 7)のBLが使用されました。対象患者は、スペクトラム狭域化(de-escalation)、スペクトラム維持、スペクトラム増加(escalation)の3つのグループに分類されました。主要評価項目は、新たに薬剤耐性グラム陰性菌が分離される割合とし、60日間の追跡期間で解析しました。

結果

7,742人の患者が分析対象となり、8.3%の患者(644人)に新たな耐性グラム陰性菌が検出されました。耐性菌の発生率はde-escalation群で最も低く、スペクトラム維持群と比較してリスクが有意に低減していました(HR 0.59)。

結論

本研究は、敗血症患者においてBLのde-escalationが新たな薬剤耐性菌の発生リスクを減少させることを示した最大規模の研究です。抗菌薬の過剰使用が耐性菌検出リスクを高める可能性が示唆されている中で、de-escalatioは感染管理の観点からも有用であると結論づけられました。

 
A,B, Cumulative incidence of new-drug resistant gram-negative pathogen isolation. The cumulative incidence curves are plotted to the last event time in each treatment group. The cumulative incidence of new-drug resistant gram-negative pathogen isolation over the course of 60 d was 1.42 per 1000 d (95% CI: 1.16–1.68) in the de-escalation group (A and B—solid line), 2.03 per 1000 d (95% CI: 1.84–2.22) in the no change group (A—dashed line) and 1.80 per 1000 d (95% CI: 1.45–2.15) in the escalation group B—dashed line). Abbreviation: CI, confidence interval.

副鼻腔炎の抗菌薬、有効な患者はどんな人?

 小児の副鼻腔炎はよくある病気ですが、結構、見落とされがちな病気です。しかも、時々、頭蓋内膿瘍などの重篤な合併症を起こします。しかし、全員に抗菌薬投与というのもやりすぎで、抗菌薬投与のメリットが大きい患者に使用することが望ましいです。

 本日紹介するのは、米国の研究で、副鼻腔炎において、病原体の検出・鼻汁の色などが抗菌薬の効果に影響するかをみたものです。

要点
・全般に、急性副鼻腔炎においては抗菌薬は有効(症状改善が早い、症状の軽減など)
・特に、上咽頭から肺炎球菌・インフルエンザ菌・モラキセラが検出されたケースは抗菌薬投与のメリットが大きい
・鼻水の色が透明でも黄・緑色でも、抗菌薬の効果に差はない。

Identifying Children Likely to Benefit From Antibiotics for Acute Sinusitis: A Randomized Clinical Trial.(急性副鼻腔炎において、抗菌薬投与の恩恵を受ける患者の特定方法)

JAMA. 2023 Jul 25;330(4):349-358.

はじめに

急性副鼻腔炎は小児において抗菌薬が頻繁に処方される疾患ですが、その症状はウイルス性上気道炎と類似しており、抗菌薬投与が必ずしも効果的ではない場合があります。本研究は、急性副鼻腔炎の小児患者が抗菌薬治療から恩恵を受けるかどうかを検討し、不要な抗菌薬使用を減らすための手段を模索しました。

方法

本研究は、2016年2月から2022年4月にかけて、米国の6つの医療機関で実施されたランダム化臨床試験です。対象は、2歳から11歳の急性副鼻腔炎と診断された515人の子供で、抗菌薬(アモキシシリン・クラブラン酸)を服用するグループと、プラセボを服用するグループに無作為に分けました。主要評価項目は、10日間の症状の重症度スコア化とした。また、副次的評価項目として、治療失敗や副作用の発生、家族リソースの使用が含まれます。

結果

治療を受けた子供のうち、抗菌薬グループの方がプラセボグループよりも症状の平均スコアが有意に低かった(9.04[95%CI、8.71-9.37]vs. 10.60[95%CI、10.27-10.93])。症状消失までの時間も早かった(7.0日 vs. 9.0日)P = 0.003)。しかし、上咽頭培養から病原体(treptococcus pneumoniae、Haemophilus influenzae、またはMoraxella catarrhalis)が検出されなかった患者においては、抗菌薬の効果は限定的でした。また、鼻水の色(透明か色がついているか)による効果の差はほとんど見られませんでした。抗菌薬グループは治療失敗率が低く(30% vs 43%)、中耳炎の発症も抑えられましたが、下痢などの副作用のリスクが高まりました。

結論

本研究において、抗菌薬の効果が高いのは、上咽頭から病原体が検出されている症例であった。病原体が検出されない場合、抗菌薬の効果は限定的である。また、鼻水の色は治療効果の指標とはならず、抗菌薬の使用判断には適さないことも示されました。抗菌薬の使用を減らすために、診断時に病原体の検査を行うことが有用である可能性を示しています。

Symptom Burden Assessed by Mean Score on the PRSS During the First 10 Days of Follow-Up

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

腸間膜リンパ節炎のレビュー論文

 腸間膜リンパ節炎は、日常で見かけることがありますが、あまり教科書的に詳しい記述のない疾患です。「虫垂炎やろ!」って思った症例が、「腸間膜リンパ節炎です」となると、治療(抗菌薬や投与期間など)について、悩んでしまいます。

 2017年のレビュー論文を要約しました。以前も同じ論文を紹介しましたが、大事なのでもう一度。今度はChat GPTに読んでもらいました。

 

Acute Nonspecific Mesenteric Lymphadenitis: More Than "No Need for Surgery".
Biomed Res Int. 2017;2017:9784565. 

 この論文は、「急性非特異性腸間膜リンパ節炎」(急性腸間膜リンパ節炎)についてのレビューです。腸間膜リンパ節炎は自然治癒する炎症性疾患であり、虫垂炎や腸重積などと似た症状を呈するため、鑑別診断が重要です。特に小児や若年成人に多く発症し、一般的に数週間で自然治癒します。

 

1. 概要と歴史
 腸間膜リンパ節炎は、特定の原因がなく腸間膜リンパ節が炎症を起こす疾患であり、長らく虫垂炎と誤診されやすい疾患でした。20世紀初頭までは、腸間膜リンパ節腫大は、結核が原因として多いと考えられていましたが、次第に非結核性の腸間膜リンパ節炎が独立した疾患概念として認識されました。

 

2. 症状と診断
 患者は、一般的に38~38.5℃の発熱、嘔吐、便秘や下痢などの消化器症状を伴います。痛みは主に右下腹部が最強点で、虫垂炎に似ていますが、腸間膜リンパ節炎では、痛みが移動することが多いのが特徴です。触診では、リンパ節炎患者は虫垂炎患者よりも圧痛は軽度です。

 血液検査では、白血球数やCRPが、軽度から中等度に増加することがあります。診断は、超音波検査で行います。腸間膜リンパ節が3つ以上、短軸径8mm以上に腫大していることを確認します。これにより虫垂炎やその他の急性腹症と区別できます。

 

3. 原因と関連疾患
 腸間膜リンパ節炎は、ウイルス性腸炎が原因とされることが多いですが、まれに細菌感染(エルシニア、サルモネラなど)や他の感染症EBウイルストキソプラズマ)も関連します。また、炎症性腸疾患やHIV感染、悪性腫瘍(特に非ホジキンリンパ腫とも関連する場合があります。

 

4. 治療と予後
 治療は基本的に支持療法であり、手術の必要はありません。水分補給や鎮痛剤を用いた痛みの管理が推奨されます。患者やその家族に対して、病気が自然に治癒することを説明し、不安を軽減することが重要です。通常、2~4週間以内に完全に回復しますが、場合によっては回復にさらに時間がかかることもあります。

 

 今後は、腸間膜リンパ節炎の自然経過や適切な管理方法に関するさらなる研究が必要です。また、診断後は定期的な診察を行い、患者の不安を軽減するために、この疾患は回復に時間がかかることを説明することが重要です。

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Object name is BMRI2017-9784565.001.jpg

腸間膜リンパ節炎の原因として考えるもの
(Causes of Mesenteric Lymphadenopathy other than Acute Nonspecific Mesenteric Lymphadenitis in Children, Adolescents, and Young Adults)

 

慢性・亜急性の経過
1)Inflammatory bowel diseases
2)Systemic chronic inflammatory diseases (e.g., systemic lupus erythematosus, and sarcoidosis)
3)Malignancy
4)HIV infection
5)Tuberculosis

 

急性の経過

1)Appendicitis

2)Secondary mesenteric lymphadenitis of infectious origin

 2−1)Zoonotic infections: yersiniosis (Yersinia enterocolitica or pseudotuberculosis) and nontyphoidal Salmonella infection

 2−2)Enteric fever

 2−3)Infectious mononucleosis (Epstein-Barr virus, Toxoplasma gondii, and Bartonella henselae)

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

中耳炎の抗菌薬は長期処方されがち

 中耳炎は小児にコモンな疾患で、よく抗菌薬が使用されます。

現状では、抗菌薬を使用する場合、アモキシシリン(・クラブラン酸)が第一選択薬です。ざっくりと、2歳未満 or 鼓膜穿孔がある or 再発性では、10日間の治療が推奨されます。2歳以上で鼓膜穿孔無し・再発性でもない場合には5−7日間の治療が推奨されています。

 今回は、このガイドラインの治療期間がどの程度守られているか、米国での調査データです。

 

Durations of Antibiotic Treatment for Acute Otitis Media and Variability in Prescribed Durations Across Two Large Academic Health Systems.
(急性中耳炎に対する抗菌薬の治療期間と2つの大規模医療システム間のばらつきについて) 

J Pediatric Infect Dis Soc. 2024 Sep 26;13(9):455-465.

 

はじめに
 急性中耳炎(Acute Otitis Media, AOM)は、毎年小児に処方される抗菌薬の約25%を占める疾患です。2歳以上に対しては、米国ガイドラインでは5~7日間の短期間の抗菌薬治療を推奨しています。しかし、多くの患者が10日間の長期間治療を受けています現状があります。本研究は、2つの大規模な小児医療システムにおいて、2歳から17歳の単純性AOMに対して処方された抗菌薬の期間を評価し、処方期間のばらつきを調査することを目的としています。

 

方法
 2019年から2022年に、135のクリニックでAOMと診断された患者の診療記録を後方視的に分析しました。対象は、2歳から17歳の小児で、合併症のないAOMと診断された患者です。主要な評価項目は、5日間の抗生物質処方の割合で、二次的評価項目として7日間および10日間の処方の割合、治療失敗、AOMの再発、First line以外の抗菌薬の使用、薬剤に関連する有害事象などが含まれます。

 

結果
 73,198件のAOMの診療記録のうち、84%にあたる61,612件で抗菌薬が処方されました。そのうち、75%が10日間の処方、20%が7日間の処方、5%が5日間の処方でした。治療失敗やAOMの再発、薬剤による有害事象はまれにしか発生せず、ほとんどの患者は短期間の治療で良好な結果を示しました。

 

結論
 ガイドラインでは、重篤ではないAOMに対して5~7日間の短期治療を推奨しているにもかかわらず、調査対象の75%が10日間の長期間治療を受けていました。抗菌薬の使用期間を短縮することは、小児に抗菌薬への曝露を減少させる可能性があり、今後の小児抗菌薬管理プログラムにおいて優先されるべきです。

Proportion of antibiotics prescribed for 5, 7, 10, or 14+ days, by care location and health system. Proportion of encounters with 5-, 7-, 10-, or 14+ duration of antibiotics at each health system and by care location (convenient/walk-in/after hours, emergency department [ED], medical specialty clinic [otolaryngology, allergy/immunology, and pulmonary], primary care clinic, or retail health clinic). Washington University does not have any sites that qualify as retail health clinics thus the absence of data in that panel.

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov