小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

先天性CMV感染症の神経学的合併症のバイオマーカー

 サイトメガロウイルスは、先天性感染の中でも有病率が高く、神経学的後遺症が多い感染症です。生まれたときには無症状でも、成長するにつれて、異常が明らかになることがあります。ついに、先天性サイトメガロウイルス感染に対して、バルガンシクロビルが保険適応となり、国内で使用できるようになりましたが、神経学的後遺症が残る可能性が高い患者さんが絞り込めたら、より後遺症を軽減することができます。
 今回、名古屋大学の先生から、神経学的後遺症にかんするバイオマーカーが同定されたという報告です。
 
Proteomic Analysis Reveals Novel Plasma Biomarkers for Neurological Complications in Patients With Congenital Cytomegalovirus Infection.
J Pediatric Infect Dis Soc. 2023 Oct 28;12(10):525-533. 
 
背景
 先天性サイトメガロウイルス(cCMV)感染は、非遺伝性の神経合併症の主要な原因である。抗ウイルス治療を検討する際には、症候性患者と無症候性患者を区別することが重要である。本研究では、プロテオーム解析を用いて、cCMV感染による神経合併症の血漿バイオマーカー候補を同定することを目的とした。
 
方法
 本研究では、症候性cCMV感染症患者5名、感音性難聴(SNHL)を伴う無症候性cCMV感染症患者4名、無症候性cCMV感染症患者5名を後方視的に登録した。血漿サンプルは新生児期に採取された。ペプチドは、液体クロマトグラフィ質量分析を用いて分析した。発現が増減したタンパク質の濃度は、酵素結合免疫吸着法を用いて検証した。
 
結果
 合計456種類のタンパク質が同定され、定量された。SNHLを含むcCMV関連症状のある患者とない患者で、80種類のタンパク質の濃度に有意差があった。31種類のタンパク質の濃度は、神経画像異常の有無で有意差があった。cCMV関連症状のある患者のFms関連受容体チロシンキナーゼ4の血漿中濃度は、有意に高かった。血漿中ペプチジルプロリルイソメラーゼA濃度は、神経画像異常のある患者で有意に高かった。
 
結論
 cCMV感染症患者のプロテオーム解析から、Fms関連受容体チロシンキナーゼ4およびペプチジルプロリルイソメラーゼAが、cCMV感染症の神経学的合併症の新規診断バイオマーカーとなりうることが示された。
 

先天性感染の略はTORCHではなく、SCORTCH(スコーチ)!

 妊婦の感染症が臍帯を通じて胎児に感染することがあります。有名なのは、先天性風疹症候群で、先天性心疾患、白内障、小頭症などの重篤な先天性の障害が起きますし、流産・死産になることもあります。他にも、トキソプラズマ、その他others、風疹、サイトメガロウイルスヘルペスウイルスの頭文字をとって、TORCH(松明)症候群と言っています。

 しかし、私自身が先天性風疹症候群のお子さんを担当したことはなく、トキソプラズマ症もかなり稀です。一方、先天梅毒は、othersに含まれますが、国内での報告が急増しています。それは、先進国で共通するようで、先天性感染症の疫学が変化しており、時代にあった略語に変更するべきという意見があります。

www.nhk.or.jp

 イギリスから、「SCORTCH」という略称が提唱されていますので、ご紹介します。

 

Stop, think SCORTCH: rethinking the traditional 'TORCH' screen in an era of re-emerging syphilis.
Arch Dis Child. 2021 Feb;106(2):117-124.
 
背景
 先天性感染症の疫学は常に変化しており、最近、英国では梅毒感染率が再上昇している。先天性感染症の診断はしばしば遅れることがある。先天性感染症の早期診断と管理は重要である。検査方法や項目が限られていることが多く、診断の機会を逃すことに繋がる。
 
方法
 SCORTCH(梅毒syphilus、サイトメガロウイルス(CMV)、その他others、風疹rubella、トキソプラズマtoxoplasma、水痘VZV、単純ヘルペスウイルスHSV、血液媒介ウイルス)は、先天梅毒のリスク増加に対する臨床医の認識を高めるために作られた略語であるが、 ジカ熱、マラリアシャーガス病、パルボウイルス、エンテロウイルスHIVB型肝炎C型肝炎HTLV-1に加え、「TORCHスクリーン」で認識されている典型的な先天性感染症トキソプラズマ症、「その他」、風疹、CMV、HSV)まで考慮したものである。SCORTCHの診断について、先天性感染の乳児にみられる一般的な徴候、母体と児の血清学的検査、児の重要な直接診断について詳述した。直接診断検査には、X線検査、眼科検査、聴力検査、児と胎盤組織の微生物学的検査とPCR検査が含まれ、後者では病理組織検査も必要である。
 
結論
 従来の「TORCHスクリーニング」は、血清学的検査に重点を置き、乳児の重要な直接診断検査をしばしば省略していたり、新興および再興の先天性感染症を考慮していなかった。梅毒が再興しつつある病原体であること、および様々な感染病因の臨床症状が重複していることを認識し、SCORTCH診断アプローチを用いてより広い視野を持つことを提唱する。
 

各疾患について、大まかな症状や診断方法。先天梅毒やCMV感染については、診断フローもありますので、ご参考にしてください。


pubmed.ncbi.nlm.nih.gov



副腎不全ではCRPがかなり上昇する

 不明熱の鑑別診断に、「副腎不全」があります。体内のステロイドホルモンが不足することにより、低血圧、低血糖、低Na血症などを来します。特に、体に強い侵襲が加わったときには、普段より多くのステロイドが必要になるので、「相対的副腎不全」(さらに必要となった分のステロイドを、追加で産生できない)も起きます。集中治療領域では、重要です。
 さて、最近、副腎不全を起こしやすい患者さんの「熱はないけどCRPが上昇する」状態を経験する機会が何度かありました。感染でもないし、おそらく副腎不全なのですが、「熱もない副腎不全単独で、CRPは上昇するのか?」がよく分かりませんでした。(副腎不全が起きている時に、感染症も合併を合併してコンサルトをいただくケースが多いため、CRP上昇は感染症のせいと思っていました。)
 今回は、韓国からの成人での報告です。副腎不全と診断されたケースで熱があるケースと無いケースで、臨床症状や血液検査を比較したものです。非常に面白い結果で、熱あり副腎不全と熱なし副腎不全で、CRPの中央値は、それぞれ11.2と4.3でした。どちらもかなり上昇しております。
 
要点
・副腎不全では、発熱もあるし、CRPも上昇する。
・熱が無い副腎不全でも、CRPは上昇する。
・熱がある副腎不全は、CRPがもっと上昇する。
 
Clinical Characteristics of Patients with Adrenal Insufficiency and Fever.
J Korean Med Sci. 2021 Jun 14;36(23):e152.
 
背景
 副腎機能不全では発熱が持続することが多いため、感染症と混同される可能性がある。本研究では、副腎不全と発熱を合併する患者の臨床的特徴と危険因子を明らかにすることを目的とした。
 
方法
 韓国の3次医療施設に入院し、2018年3月1日から2019年6月30日の間に副腎不全と診断されたすべての成人患者(n=150)を対象とした。以下に該当する患者は除外した。1)副腎または下垂体の構造的問題が証明されている、2)副腎不全と診断される前6ヵ月以内に化学療法の既往がある、3)発熱を引き起こす可能性のある他の医学的疾患がある。
 
結果
 対象患者のうち、45例(30.0%)が副腎不全の診断時に発熱していた。CRPの平均値は、発熱のある患者の方が高かった(11.25±8.54 vs. 4.36±7.13 mg/dL)。発熱のある患者では抗菌薬を変更した割合が高かった(33.3% vs 1.0%)。多変量ロジスティック回帰分析では、女性(オッズ比[OR]、0.32)は、発熱を伴う副腎不全のリスクが低い。6ヵ月以内の手術歴(OR、4.35)、全身筋力低下(OR、7.21)、咳嗽(OR、17.29)は、発熱を伴う副腎不全のリスクが上昇した。
 
結論
 原因不明の発熱を有する患者、特に危険因子を有する患者では、副腎不全の可能性を考慮すべきである。
 

 
Table 2.Comparison of initial laboratory findings characteristics of adrenal insufficiency patients combined with fever to those without fever
Variables
With fever (n = 45)
Without fever (n = 105)
Total (n = 150)
ACTH stimulation test
 
 
 
 
 
Basal cortisol, µg/dL
8.11 ± 4.97
6.92 ± 4.37
0.169
7.28 ± 4.58
 
30 min cortisol, µg/dL
12.95 ± 4.51
12.27 ± 4.86
0.411
12.48 ± 4.75
 
60 min cortisol, µg/dL
12.71 ± 4.10
12.14 ± 5.05
0.472
12.31 ± 4.78
ACTH, pg/mL
22.84 ± 17.84
18.81 ± 19.44
0.252
20.06 ± 18.98
CRP, mg/dL
11.25 ± 8.54
4.36 ± 7.13
< 0.001
7.07 ± 8.39
Sodium, mEq/L
135.65 ± 4.15
133.55 ± 7.18
0.060
134.21 ± 6.49
Potassium, mEq/L
3.90 ± 0.58
3.93 ± 0.59
0.797
3.92 ± 0.59
WBC count, cells/mm3
3,218 ± 3,733
7,170 ± 3,601
0.116
7,484 ± 3,660
Eosinophil count, %
2.35 ± 2.62
2.57 ± 2.93
0.649
2.50 ± 2.83
Albumin, g/dL
3.14 ± 0.43
3.35 ± 0.60
0.015
3.29 ± 0.56
Calcium, mg/dL
8.64 ± 0.59
8.76 ± 0.75
0.316
8.73 ± 0.71
Glucose, mg/dL
136.48 ± 45.61
119.20 ± 39.55
0.041
124.32 ± 42.02
Data are presented as mean ±standard deviation.
 

コロナ感染で胎児内蔵逆位が増加する?

 中国から気になるデータが出ました。
 中国は、2022年末に”ゼロコロナ政策”をやめて、その後、ものすごい数のCOVID-19感染者を出しました。その頃に、妊娠したと思われる胎児の内蔵逆位が、例年の4倍以上であったという報告です。
 たまたま生じたとしては、多すぎますし、関連を疑わざるを得ないデータかと思います。ウイルス感染による胎児の異常は、先天性風疹症候群が有名ですが、胎生期のウイルス感染(やそれに伴う炎症)は、胎児にとって悪影響といえます。
 
要点
・中国では、2023年1−7月に、胎児内蔵逆位の症例が急増した。
 
Association of SARS-CoV-2 Infection during Early Weeks of Gestation with Situs Inversus.
N Engl J Med. 2023 Nov 2;389(18):1722-1724.
 
 完全内臓逆位(右胸心を伴う)および不完全内蔵逆位(左胸心を伴う)を含む内蔵逆位は、臓器が正常な位置とは逆転しているまれな先天性疾患である。中国における "ゼロコロナ "政策が解除された数ヵ月後、我々の病院で超音波検査によって診断された胎児内蔵逆位の症例数が著しく増加した。
 
 中国の異なる地域にある2つの産科センターのデータを用いて、2014年1月から2023年7月までの胎児内蔵逆位の発生率を求めた。2023年1−7月に、内蔵逆位(妊娠20週から24週のルーチンの超音波検査によって診断)の発生率は、2014年から2022年までの年間平均発生率の4倍以上であった。発生率は2023年4月にピークに達し、2023年6月まで上昇したままであった。2023年1月から7月までに56例が確認された(52例が完全内臓逆位、4例が不完全内蔵逆位)。中国のCOVID-19感染者数は、人口の約82%が感染したと推定され、2022年12月初旬に始まり、2023年2月初旬に終息した。因果関係は不明であるが、この観察結果は、SARS-CoV-2感染と胎児の内蔵逆位の関係を示唆しており、さらなる研究が必要である。
 

新型コロナウイルス感染症の小児における感染性期間

 ちょっと、また記事を書く間隔が空いてしまいました。
 
 新型コロナウイルス感染症が、感染症法上の分類が5類になって以降、以下のような療養期間が社会的に受け入れられています。
  • 発症後5日間は特に他人に感染させるリスクが高いため、発症日(無症状の場合は検体採取日)を0日目として5日間経過し、かつ、熱が下がり、痰やのどの痛みなどの症状が軽快して24時間が経過するまでは、外出を控えることが推奨されます。
  • 10日間経過するまでは、ウイルス排出の可能性があるため、不織布マスクを着用する、高齢者等のハイリスク者と接触は控える等、周りの方へうつさないよう配慮をお願いします。

療養期間の画像

療養期間の考え方と濃厚接触者について - 新型コロナウイルス感染症情報 - 群馬県ホームページ(感染症・がん疾病対策課)

 

 小児病院で勤務していると、多くの患者さんは、マスクの着用が難しいですし、発症日から10日間は、定期外来などで来院することをご遠慮いただいています。しかし、小児において、いつまでコロナウイルスが排泄されるのか??は知りたいところです。

 ウイルスの排泄期間(とそれに伴う隔離・療養期間)を決め難いのはいくつか理由があります。
・患者の状態により、ウイルスの排泄期間が異なる(特に免疫不全者は延長する)
・ウイルス培養を見ないと、「生きたウイルス」かは分からない。(PCRはウイルスの破片が残っていても陽性になるので、PCR陽性は感染性があることと同じではない)
・全体の何%くらいのウイルス排泄がなくなれば、隔離解除してよいか?

 

 今回の研究は、基本的には健康な小児がCOVID-19に罹患した時に、「何日間くらい生きたウイルスを排泄するか?」を見た研究です。

要点

・診断から、感染性が残る期間の中央値は3日間。(発症日からではありません!)
・5日目で18.4%、10日目で3.9%の患者が感染性のあるウイルスを排泄していた。
・ワクチン接種歴の有無により、感染性のある期間は変わらず。

 
 Duration of SARS-CoV-2 Culturable Virus Shedding in Children.
JAMA Pediatr. 2023 Oct 23:e234511.
 
はじめに
 COVID-19による自己隔離は、一般的に日常的なウイルス性疾患の場合よりも厳しくなっている。小児におけるSARS-CoV-2の感染性期間(感染力がある期間)は不明である。ロサンゼルス郡の小児を対象に、検査陽性後10日間のウイルス培養を行い、感染期間とワクチン接種との関連を検討した。
 
方法
 このコホート研究では、COVID-19のPCR検査陽性の7~18歳の小児を2022年4月から9月の間に募集した。10日間に5回の家庭訪問を行い、咽頭ぬぐい液を採取した。主要評価項目は、顕微鏡検査により確認されたcytopathic effect (CPE)(ウイルスが細胞に感染したことを示唆する所見)とした。Kaplan-Meier曲線を用いて経時的な感染性を可視化した。
 
結果
 小児76人が参加した。52人(68.4%)がワクチン接種を受けており、41人(55.4%)が7~12歳、38人(50.0%)が男性、38人(50.0%)が女性であった。感染性期間の中央値は3日(95%CI、3-3)であり、5日目に14人(18.4%)、10日目に3人(3.9%)に感染性が残っていた。ワクチン接種と感染性期間に関連は無かった。
 
考察
 SARS-CoV-2オミクロン株に感染した小児において、診断からの感染性期間の中央値は3日間であった。ワクチン接種との関連はみられなかった。今回の結果から、検査陽性後5日間の隔離を義務付ける現行の方針は、適切であると示唆された。さらに、学校に復帰する時期の方針は、ワクチン接種の有無で区別する必要はないかもしれない。
 
 このグラフをみると、4−5日目までは順調に減ってゆき、10日目まで感染性が残るのは少数であることがわかります。日本の5日目までは自宅療養、10日目までは不織布マスクしていたらOKという基準は、とても妥当であると思います。