小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

RSウイルス感染症が治療できる時代はもうすぐ

 今年は、RSウイルスが熱いです。昨年から今年にかけて、コロナ後初めての大きな流行になっています。一方でシナジスの適応拡大、ベイフォータスの認可、妊婦用ワクチンアブリスボの導入など、RSウイルス感染症は予防できる疾患になってきました。そこに来て、この論文がでた意義は大きいです。

 本日、紹介する論文は、Ziresovir in Hospitalized Infants with Respiratory Syncytial Virus Infection. (RSウイルス感染症で入院した乳児に対するZiresovirの効果) N Engl J Med. 2024 Sep 26;391(12):1096-1107.です。

 NEJMに掲載されたばかりの論文です。これまで、RSウイルス感染症に対する治療薬は、有効なものはなく、基本的には対症療法のみでした。このZiresovirの登場により、RSウイルスが治療できるウイルスになる可能性があります。中国の製薬メーカーからこのような画期的な薬剤が出てきたことがすごいと思います。とっくの前に、研究の量でも質でも日本を凌駕していますよね…。

 

要点

・RSV感染症で入院した乳児において、ziresovir投与すると、投与3日目の臨床スコアが改善する。

・治療5日目のウイルス量も減少する。

 

 

Ziresovir in Hospitalized Infants with Respiratory Syncytial Virus Infection.
N Engl J Med. 2024 Sep 26;391(12):1096-1107. 

 

はじめに
 呼吸器合胞体(RS)ウイルス(RSV)は、乳幼児における重篤な呼吸器感染症の主な原因であり、有効な治療法が限られています。Ziresovirは、RSV感染症の症状を軽減する可能性が示唆されており、Phase2試験で有望な結果が得られました。本研究は、RSV感染で入院した乳幼児におけるZiresovirの有効性と安全性を評価するために実施されました。

 

方法
 本研究は、中国で実施したPhase 3の多施設共同、二重盲検、ランダム化比較試験である。RSV感染症で入院した生後1〜24か月の乳幼児を対象にしました。被験者は、体重に応じ10〜40mgのZiresovir、または、プラセボを1日2回、5日間投与されました。主要評価項目は、ベースラインと比較した治療3日目の細気管支炎臨床スコア(Wangスコア)としました。

 

結果
 244人が解析対象となった。Ziresovir群ではプラセボ群に比べてWangスコアが有意に改善しました(−3.4点 vs. −2.7点、P=0.002)。また、5日目のウイルス量は、Ziresovir群で有意に減少した(−2.5 log10 vs. −1.9 log10、P=0.006)。副次的解析では、重症症例や6か月未満の乳児においても同様の改善が観察されました。副作用の発生率はZiresovir群で16%、プラセボ群で13%と大きな差はなく、安全性も確認されました。

 

考察
 Ziresovirは、RSV感染による細気管支炎の症状を軽減することが確認されました。副作用は少なく、安全性も良好でした。しかし、一部の患者で耐性関連の変異が発生したことから、今後はこれらの点についてさらに検討が必要です。Ziresovirは、RSV感染に対する有望な治療選択肢として、さらなる国際的な試験が求められます。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2313551

髄液細胞数が上昇しないエンテロウイルス髄膜炎

 一般小児科では、細菌性髄膜炎の症例が減り、見る機会は非常に減りました。相対的に無菌性髄膜炎・ウイルス性髄膜炎の頻度が多くなります。FilmArrayが出てから、髄膜炎診療も変わってきた部分が多いと感じます。

 亀田で研修していたときに、「髄液細胞数が上昇しない髄膜炎があるから気をつけるように」と教えられてきました。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 今日紹介する論文は、2019年の「Paediatric enterovirus meningitis without cerebrospinal fluid pleocytosis. (髄液細胞数が増加しないエンテロウイルス髄膜炎」(J Infect. 2019 Dec;79(6):612-625.)です。新生児のエンテロウイルス髄膜炎では、細胞数が上昇しないほうが普通と言われると、髄膜炎の定義ってなんだろうと思ってしまいます。

 

はじめに
 エンテロウイルス(EV)は、ウイルス性髄膜炎VM)の主要な原因であり、特に小児では90%を占めます。通常、EV髄膜炎(EVM)は髄液細胞数増加とEV遺伝子検出によって診断されます。近年、分子診断技術の導入により、髄液細胞数増加がないEVMの症例が報告されています。本研究の目的は、小児における髄液細胞数増加のないEVMの発生頻度と関連する要因を調査することです。

方法
 本研究は、フランスのリール大学病院で2013年から2018年の間に実施された後ろ向き研究です。17歳未満で髄膜炎が疑われ、髄液検査とEVのRT-PCR検査が行われた患者が対象です。髄液細胞増加は年齢によって定義され、新生児では15/mm³以上、3ヶ月から3歳では8/mm³以上、3歳以上では5/mm³以上とされました。最終的に、780人の患者データが分析されました。

結果
 EVは141名(18%)の患者から検出され、そのうち39%(55名)が髄液細胞増加を示しませんでした。髄液細胞増加のない患者は低年齢に多く、特に新生児では84%に達しました。また、神経症状や消化器症状は、髄液細胞増加のない患者で少ない傾向が見られました。末梢血白血球数が低く、CRPが高いことが特徴で、抗菌薬使用も少ない傾向がありました。多変量解析の結果、髄液細胞数増加が見られないことは、低年齢およびCRP値上昇と独立して関連していることが確認されました。

考察
 本研究は、髄液細胞数増加がないEVMが小児において一般的であることを示した。特に低年齢でその傾向が強い。迅速なEV検査は、抗菌薬の早期中止や不要な検査の回避、早期退院を可能にし、患者や家族にとっても利益が大きいと考えられます。したがって、髄膜炎が疑われる場合、髄液細胞増加がない場合でもEVの検査を行うことが重要である。

 

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生後40日未満の乳児のCOVID-19について

 国内では、COVID-19の11波が落ち着きました。小児では重症例は少ないですが、新生児のCOVID-19の場合には慎重な対応が必要です。これまでの経験上、新生児が重症化しやすいという感じは受けなかったのですが、ベルギーから大規模な調査結果が出ました。

要点
・生後40日未満のCOVID-19の症状は、発熱>気道症状>消化器症状が多い。
・酸素投与以上が必要となるのは、14.2%であるが、人工呼吸器管理を要する例は極めて稀。

 

SARS-CoV-2 Infection in Children Less Than Forty Days Hospitalized in Belgium Between 2020 and 2022.
2020年から2022年にベルギーで入院した生後40日未満の小児におけるSARS-CoV-2感染
Pediatr Infect Dis J. 2024 Sep 1;43(9):e307-e309.

 

背景
 乳児におけるCOVID-19感染についてのデータは限られている。特に生後40日未満の乳児に関する情報は少ない。これまでに重症例や呼吸サポートが必要なケースが報告されているが、その頻度や詳細は明確でない。本研究の目的は、ベルギー国内で入院した生後40日未満の乳児におけるCOVID-19の重症度と、ウイルス変異株(Alpha、Delta、Omicron)の影響を評価することである。

方法
 2020年3月1日から2022年12月31日までの間に、ベルギー国内の21病院でSARS-CoV-2のPCR検査が陽性となり、入院した生後40日未満の乳児を対象とした後ろ向き観察研究である。対象となった乳児のうち、無症状またはCOVID-19以外の理由で入院した乳児は除外された。

結果
 期間中、SARS-CoV-2に感染した生後40日未満の乳児391名のうち、365名が対象となった。58.1%が男児で、10.1%に合併症があった。主要な症状は、発熱(87.4%)、呼吸器症状(72.3%)、消化器症状(21.6%)であった。全体の14.2%(52名)が呼吸サポートを必要とし、そのうち25名が低流量酸素、16名が高流量酸素、9名が非侵襲的陽圧換気、2名が侵襲的陽圧換気を受けた。また、4.7%(17名)がICUに入室したが、死亡例は報告されていない。入院期間の中央値は3日(四分位範囲2~4日)であった。オミクロン株の流行期間中の入院者が多かったものの、AlphaやDelta株と比較して重症度に差は見られなかった。

 結論
 生後40日未満の乳児におけるSARS-CoV-2感染は一般的に軽症であり、呼吸サポートが必要なケースはあったものの、死亡例は確認されなかった。ウイルス変異株によるの重症度に大きな違いはなかった。



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研修医にとって、感染症科が魅力的に見えないのは何故か?

 「アメリカでは感染症科は儲からないから人気がないんだよ」と、米国帰りの先生が何度がおっしゃっていました。

 

 でも、日本では、感染症科医の給与も心臓外科医の給与も、基本的に変わりません(残業代の差はありますが。にも関わらず、感染症科はあまり人気がありません。パンデミック前から、人気はなかったのですが、コロナ後はより人気が下がっているように感じます。

 なぜなのか??

 その理由が、この論文を読んで、割と納得できる点が多くありました。

要点

感染症科が人気のない理由
 ・技術革新の遅れ→診断と治療におけるブレイクスルーが少ない
         キラキラした技術が少ない。職人芸のGram染色?

 ・医療の企業化→感染症診療は収益にならない
         以前から言われている儲からない科

 ・個人の権利と社会の利益の対立→コロナなど感染症科医が悪役になってしまうケース



Waning Interest in Infectious Diseases Among Trainees: Is Medicine Pulling the Goalie?
Clin Infect Dis. 2024;79(2):430-433.

Waning Interest in Infectious Diseases Among Trainees: Is Medicine Pulling the Goalie?

(研修医の感染症分野への関心低下:医療はゴールキーパーを外しているのか?)では、感染症に対する研修医の関心が低下している現状について議論している。

 著者は、感染症科が研修医を集められない理由は単なる低給与だけではなく、現代の医療や社会の複雑な要因が絡んでいると述べている。

 

 第一に、感染症分野における技術革新の導入が他の医療分野と比べて遅れていることが挙げられる。
 抗菌薬や診断技術は進展が限られており、感染症の治療方法は過去数十年間で大きく変わっていない。例えば、黄色ブドウ球菌菌血症の治療は1980年代とほぼ同じで、進歩が見られない点が指摘されている。一方で、他の医療分野では新しい治療法が次々と登場し、研修医が他分野に興味を持つ一因となっている。

 

 第二に、医療が企業化し、収益を優先する傾向が強まっている。
 感染症専門医の専門性や技術が軽視される要因となっている。感染症専門医は、患者全体を診る能力が求められるが、現代の医療機関では収益につながらず、その価値が正当に評価されていない感染症の診断や治療は時間を要し、迅速な収益化にはつながりにくいが、他の収益性の高い医療行為が優先されるため、感染症分野が敬遠される原因となっている。

 

 第三に、個人の権利が社会全体の利益よりも優先される風潮が、感染症専門医の倫理的責任と対立している。
 薬剤耐性菌の予防やワクチン接種は社会全体の利益を考慮した施策であるが、個人の選択がこれを妨げる場合がある。個人の治療を優先することが、感染症の拡散や耐性菌を増加させることがあり、感染症専門医はこのバランスに悩まされている。

 さらに、感染症専門医は、他の専門分野と比べて目立たない役割を担っている。医療システムでは、収益を生む手術や処置を行う医師が評価されやすい一方で、感染症専門医のような患者の治療を防御的に支える役割は軽視されがちである。

 サッカーの試合に例えるなら、感染症専門医はゴールキーパーのような存在で、試合を左右する重要な役割を担っているものの、攻撃的な選手に比べて目立たない存在だという指摘がなされている。

 

 最後に、現代の医療においては、医療が大量生産のような形で進行しており、医師と患者がじっくり対話する時間が減少していることが、感染症分野への関心低下に拍車をかけている。こうした状況下で、感染症専門医が持つ高度な技術や洞察力は評価されにくくなっている。感染症分野の将来を見据えて、教育者は創意工夫を凝らし、研修医に感染症分野の魅力を伝える必要がある。

 

 

 個人の努力では難いですが、感染症科のコンサルテーションフィーなど、診療報酬に盛り込まれることで、役割が評価されると良いと思います。

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新生児の敗血症に血培嫌気ボトルは必要??

 今年7月に、血液培養ボトルの出荷制限が通知されて、日本中の医療機関感染症部門が騒然としました。血液培養は、重症感染症において必須の検査で、この検査は正しい感染症診療の基本になります。

 そこで、血液培養を取らなくても良いケースを改めて見直したりして、ボトル使用量を減らしたり対応していました。10月ころから回復ということで一安心しています。

www.bdj.co.jp

 

 本日紹介する論文は、「Utility of Anaerobic Blood Cultures in Neonatal Sepsis Evaluation(新生児の敗血症評価における嫌気血液培養の有用性)」です。一般には、消化管穿孔・腹膜炎などでなければ、偏性嫌気性菌が血培から発育することは稀なので、嫌気ボトルは不要なはずですが、改めて検討しました。

 嫌気ボトルのみから有意な菌が検出されているケースがかなり多く、血培ボトルが不足しているというような特殊な状況でなければ、両方採取することも必要なのではと感じます。

 

要点

・17.6%の症例で、嫌気ボトルからのみ病原体が検出された。

大腸菌黄色ブドウ球菌、CNSなどが嫌気ボトルのみに発育した症例があった。

Utility of Anaerobic Blood Cultures in Neonatal Sepsis Evaluation

J Pediatric Infect Dis Soc. 2024 Aug 24;13(8):406-412.

要約

背景
新生児集中治療室(NICU)での敗血症評価の一環として、嫌気血液培養ボトルが使用されることはまれです。本研究の目的は、嫌気血液培養ボトルが、NICUでの敗血症評価において、臨床的に意義のある病原体の検出や、好気培養ボトルよりも早期に病原体を同定できるかどうかを調査することである。

 

方法
2015年8月から2023年8月まで、NICUに入院した乳児から採取された血液培養の後方視的コホート研究を実施しました。標準的な方法として、2mLの血液を好気性および嫌気性の培養ボトルに分注し、両方のボトルで病原体が発育するかどうか、またどちらが先に陽性になるかを比較した。

 

結果
全体で4599件の血液培養が行われ、そのうち5.8%(265件)が陽性でした。その中で182件は、好気性と嫌気性の両方のボトルを用いて病原体が回収されました。32件(17.6%)では嫌気性ボトルのみから病原体が回収され、嫌気性ボトルのほうが早期に陽性を示したケースもありました。主な病原体には、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌Escherichia coli、およびStaphylococcus aureusが含まれ、嫌気性ボトルが早く陽性になったケースでは抗菌薬の変更が早期に行われたことも確認されました。

 

結論
嫌気血液培養ボトルにも採取することで、好気ボトルでは検出されない病原体の同定や、より早期に病原体を同定できる可能性があることが示されました。

 

 

 

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