小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

ニルセビマブはRSウイルス感染症予防に有効

 今年からついに日本でも発売となったニルセビマブ(ベイフォータス)ですが、臨床現場からの効果を示すデータが続々と出てきています。既に、全出生児を対象に接種している地域もあり、RSウイルス感染症の疫学が変わりそうです。

 

Early Impact of Nirsevimab on Ambulatory All-Cause Bronchiolitis: A Prospective Multicentric Surveillance Study in France.

J Pediatric Infect Dis Soc. 2024 Jul 20;13(7):371-373. 

 

 RSウイルス感染予防のためのモノクローナル抗体であるニルセビマブが、外来において乳児の細気管支炎に影響を与えるかを調査した研究である。フランス国内の複数の医療施設を対象に、2023年9月15日から2024年1月15日に、ニルセビマブ導入前後のデータを比較した。

 

主な結果:
1. 細気管支炎症例の減少: ニルセビマブの導入後、特に生後3か月未満の乳児において、細気管支炎の症例が大幅に減少した(前シーズンと比較して52.7%減少)。生後3〜12か月および生後12か月以上の小児でも減少が見られましたが、その程度は少ない。

2. RSVの検査陽性率は不変: RSV検査を実施した割合は、特に生後3か月未満の乳児で大幅に増加した(38.1%から75.6%)。しかし、検査陽性率は2つのシーズン間で変化はなかった。細気管支炎症例の減少は、検査数の減少など他の要因に起因しないことが示唆された。

3. ニルセビマブのカバー率: RSV陽性となった生後3か月未満の乳児のうち、ニルセビマブが投与されたのは33.3%のみであった。接種率が比較的低いにもかかわらず、細気管支炎の減少に大きな影響を与えていることが示唆された。

4. 考察: この研究は、ニルセビマブが細気管支炎の発生率を減少させる可能性を示している。細気管支炎の年による流行状況や医療受診行動の違いなど、他の要因がこの研究に影響を与える可能性はある。今後も、継続的なサーベイと接種率率の向上をはかることで、ニルセビマブの効果をさらに実証することが可能になる。

 

赤線が3ヶ月未満の児ですが、例年と比較し、非常に少ないことがわかります。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

総合病院・大学病院にも小児感染症の専門家を!

 先日、小児感染症の集まりで、全国の小児病院や大学病院での広域抗菌薬(カルバペネム系)の使用量が比較された資料をみました。
 全般的には、小児病院では広域抗菌薬の使用量が少なく、大学病院で多い傾向がありました(入院している患者層の影響は大きいとは思います)。個人的な感想としては、抗菌薬適正使用プログラム(ASP)がうまく行っている小児病院では、なかなかこれ以上の削減は難しく感じます。一方で、大学病院などでは、削減の余地が大きい印象がありました。

 今回の研究は、米国の大学病院(やはり広域抗菌薬が多い)で、小児専用のASPを立ち上げた後の、効果をみたものです。日本でも全国の大学病院に1名くらいは小児感染症指導医が配置されるようになると良いと思いました。

 

要点
・成人と小児の入院患者がいる大学病院で、小児のASPを導入(常勤の小児感染症の専門家)したら、広域抗菌薬・バンコマイシンの使用量が減少した。

 

Pediatric Antimicrobial Stewardship Programs Reduce Antibiotic Use at Combined Adult-Pediatric Hospitals.

Clin Infect Dis. 2024 Aug 16;79(2):321-324. 

 

 この研究は、成人と小児が入院する総合病院における小児抗菌薬管理プログラム(ASP)の導入が、抗菌薬使用量の削減に与える影響を評価したものである。具体的には、2つの大学病院(ミシガン大学病院とデューク大学病院)で、小児専門のASPを導入し、小児および成人の抗菌薬使用の変化を比較した。

 

結果
- 小児の抗菌薬使用量が減少: 小児ASP導入後、小児における抗菌薬使用量は有意に減少した。ミシガン大学病院では、広域抗菌薬使用量が15%、バンコマイシン使用量が32%減少した。
- 成人の抗菌薬使用量との比較: 同期間に成人の抗菌薬使用量も減少したが、小児に比べてその減少幅は小さく、ASP導入が小児に特に効果的であることが示された。
- ベンチマークとの比較: ミシガン大学病院の小児の抗菌薬使用量は、研究開始時には他の小児専門病院よりも高かったが、研究終了時には同等またはそれ以下にまで減少した。

 

結論
 この研究は、小児専門のASPが成人・小児が入院する総合病院においても、小児の抗菌薬使用量を効果的に削減できることを示している。また、小児感染症の専門医や薬剤師が配置されることが、適切な抗菌薬使用の促進に不可欠であると強調している。この結果を踏まえ、小児患者のためのASPの強化が推奨される。

 

本研究の小児ASPとは

常勤の小児抗菌薬適正使用を担当する医師を配置した→その後、薬剤部のサポートが加わった。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

RSウイルス感染における母親のリスク

 今年も多くのRSウイルス感染の症例を経験しました。一般的には、早産児や基礎疾患があるお子さんが重症化しやすいのですが、特にリスクの無い赤ちゃんでも、呼吸不全まで至ることもあります。様々な予防手段が出ているものの、重症化に関して、母親のリスクを検討した論文です。

要点
・母親の喫煙は、RSV重症化のリスクを上げる
・母乳育児は、RSV重症化のリスクを下げる

 

Maternal Risk Factors for Respiratory Syncytial Virus Lower Respiratory Tract Infection in Otherwise Healthy Preterm and Term Infants: A Systematic Review and Meta-analysis.

Pediatr Infect Dis J. 2024 Aug 1;43(8):763-771.

 

目的
 本研究の目的は、健常な早産児および正期産児におけるRSウイルス(RSV)による下気道感染症(LRTI)のリスクに影響を与える母親のリスク因子を特定し、その影響を体系的に評価することである。

 

方法
 RSV-LRTIに関連する母親のリスク因子を評価するために、系統的文献レビューとメタアナリシスが実施された。PubMed、Embase、およびCochrane Libraryのデータベースを用いて、RSV/LRTIに関する研究を検索し、基準を満たした20の研究が最終的なレビューに含まれた。母親のリスク因子とRSV-LRTIまたはRSVによる入院(RSVH)の関連を調査した。

 

結果
 妊娠中の喫煙は、RSVHリスクを2.01倍に増加させた(95% 信頼区間:1.52–2.64)。一方、母乳育児は、RSVHのリスクを0.73倍に低下させることが確認された(95% 信頼区間:0.58–0.90)。他のリスク因子として、母親の教育水準が低いこと、帝王切開が挙げられたが、統計的な有意差を示さなかった。

 

考察
 本研究で、母親の喫煙や母乳育児などの介入可能なリスク因子が、乳児のRSV-LRTIおよびRSVHリスクに大きく関連することが明らかになった。母親に対して、妊娠中に喫煙しないことや母乳育児を奨励することが、RSV-LRTIのリスクを低減させるための有効な方法であると考えられる。

 

 

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

AmpC産生菌の治療薬と治療失敗のリスク

 AmpC産生菌は、治療中にAmpC過剰産生を始める(脱抑制)ケースがあります。主な菌種としては、Enterobacterなどで、治療中に3世代セフェムなどの抗菌薬が効かなくなってしまうと、治療失敗に繋がります。

 前任地の先生が調べてくれたまとめがあります。実際には、亀田総合病院では、Enterobacterが治療中にAmpC過剰産生するケースは少なかったと記憶しています。

microbiology round - 亀田総合病院 感染症内科

 特にEnterobacterなどではAmpC過剰産生になるリスクが高く、Serratiaなどはリスクが低いと考えられています。

 今回の論文は、AmpC産生菌(で最初は過剰産生していない)の感染症で、3世代セフェム、ピペラシリン・タゾバクタム、標準治療(セフェピムやカルバペネム)を使用した場合の、治療成績をみたものです。

 

要点
・高リスクの菌種・低リスクの菌種とも、死亡率に関しては、治療薬による有意差なし。
・AmpC過剰産生による治療失敗リスクは、3世代セフェムとピペラシリン・タゾバクタムで高い。(高リスク菌種:3世代で22%、P/Tで12%、標準治療で4%、低リスク菌種:3世代で15%、P/Tで6%、標準治療で1%)。

 

Mutation Rate of AmpC β-Lactamase-Producing Enterobacterales and Treatment in Clinical Practice: A Word of Caution.

Clin Infect Dis. 2024 Jul 19;79(1):52-55. 

 

目的
 AmpC β-ラクタマーゼを産生する腸内細菌科細菌(Enterobacterales)による感染症に対する治療については、様々な意見がある。特にAmpC過剰発現による治療失敗リスクに焦点を当て、AmpC脱抑制と治療結果の関連を調査することを目的とした。

方法
 フランス国内の大学病院8施設で、AmpC β-ラクタマーゼ産生菌による菌血症または肺炎を発症した575人の患者を対象に、後方視的な多施設研究を実施した。患者は、3世代セファロスポリン(3GCs)、ピペラシリン(±タゾバクタム)、標準治療(セフェピムまたはカルバペネム)で治療され、その治療結果が比較された。

結果
 AmpC過剰産生になりやすい菌種(Enterobacter cloacae、Klebsiella aerogenes、Citrobacter freundiiなど)では、標準治療と比較し、3GCsやピペラシリンによる治療では、AmpC過剰発現が原因となる治療失敗が多かった(22%, 12%, 4%)。一方、AmpC過剰産生になりにくい菌種(Serratia, Morganellaなど)に対しても同様の治療失敗が見られましたが、その頻度は比較的少なかった(15%, 6%, 1%)。死亡率に有意差はなかった。

考察
 AmpC産生菌による感染症の治療には慎重さが求められる。特にAmpC過剰産生になりやすい菌種に対しては、3GCsやピペラシリンの使用は避け、セフェピムやカルバペネムの使用が推奨されている。今後は、ランダム化比較試験による検証が必要である。

筆者らは結論として、より確実なエビデンスが得られるまでは、菌種にかかわらず、AmpC産生EnterobacteralesによるBSIおよび肺炎に対しては、IDSAガイドラインが提案する基準療法(セフェピムまたはカルバペネム系抗菌薬)に頼るのが最良の選択であろう。としています。

 

 後方視的検討であり、解釈するのが難しい、結果ではあると思います。

・Enterobacter菌血症で、3世代やP/Tを使用しても、8−9割はAmpC過剰産生にならない(死亡率に影響しない)という事です。重症例に、セフェピムやカルバペネムを使用することに依存はありませんが、比較的軽症例では、3世代やP/Tでの治療は許容されるのではないかと思います。

・尿路感染症など、重症度の低い感染症では、より安全に3世代セフェムでも治療できるのではないかと推測もできます。

AIを使って胎児の妊娠週数を推定する

 初期研修のとき、産科で胎児エコーをさせていただきましたが、計測が上手にできず、指導医の計測値とずいぶんズレがあった事を思い出します。妊娠週数を決定するエコーは、経験値と技術が必要です。また、そもそも超音波が利用しにくい途上国などの地域では、実施が難しいです。

 AIにより単純に妊婦のお腹にプローベを操作し、勝手に妊娠週数を測定するソフトを作成したという論文です。操作も単純で、短時間でできているにも関わらず、驚異の一致率で驚きです。

 タブレットに、細いケーブルでプローベを接続しており、持ち運びも楽そうです。

 AI技術の進歩はすごいです。興味ある方は、実際の動画ありますので、ご参照ください。

 

Diagnostic Accuracy of an Integrated AI Tool to Estimate Gestational Age From Blind Ultrasound Sweeps

JAMA. 2024 Aug 1. doi: 10.1001/jama.2024.10770. 

 

目的
 妊娠週数(GA)の正確な評価は、適切な妊娠管理に不可欠であるが、医療資源の乏しい地域では、超音波検査が利用できないことが多い。本研究は、盲目的な超音波スキャンにより妊娠週数を推定する深層学習AIモデルを開発し、低コストで電池駆動の超音波デバイスに統合することを目的とした。胎児の超音波の訓練を受けていない初心者が、このツールを使用した場合の妊娠週数推定精度を評価した。

 

 方法
 この前向き診断精度研究は、ルサカザンビア)およびチャペルヒルノースカロライナ)の2地点で実施した。健康な単胎妊娠中の400名を対象にした。認定された超音波技師が経膣超音波により「基準」としての妊娠週数を計測した。妊娠14〜27週の間に、初心者がAI対応デバイスを使用して盲目的な腹部スキャンを実施し、標準機械を用いた場合と比較した。

 

結果
- 主要評価期間(14〜27週)では、AIデバイスの平均絶対誤差(MAE)は3.2日(SE=0.1)で、標準機械の3.0日(SE=0.1)と同等であった(差異0.2日、95%CI -0.1〜0.5)。
- 評価精度: 推定妊娠週数と基準のずれが7日以内なる割合は、AIデバイスで90.7%、標準機械で92.5%でした。

 

結論
 妊娠14〜27週の間、超音波の訓練を受けていない初心者ユーザーは、低コストのAIツールを用いることで、認定された超音波技師と同等の精度で妊娠週数を推定できた。この成果は、医療資源の乏しい地域における産科ケアに影響を与え、全ての妊婦に対する超音波妊娠週数推定の目標を進展させる可能性がある。

 

この論文の限界として、

・一般的な妊婦集団を対象にしているので、妊娠週数が不正確になりやすい、妊娠高血圧、糖尿病、高度肥満などのケースを想定していない。

・胎児に異常がある場合には、判定できない。

という点は注意かと思います。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov