小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

MIS-Cが重症化する因子

 
小児多系統炎症性症候群(MIS-C)は、小児がCOVID-19に罹患した後に、発症する川崎病に類似の病態です。しかし、ショックや心筋炎などの重篤な合併症を起こすことがあり、死亡例も報告されています。
 今回紹介する論文は、MIS-Cが重症化する因子を検討したものです。
要点
・MIS-Cが重症化する因子は
 6歳以上、黒人、息切れ、腹痛炎症反応高値
 
 
Factors linked to severe outcomes in multisystem inflammatory syndrome in children (MIS-C) in the USA: a retrospective surveillance study
Abrams JY, et al. Lancet Child Adolesc Health. 2021;5:323-331.
 
背景
 小児多系統炎症性症候群(MIS-C)は、SARS-CoV-2感染に伴って生じる新たな疾患概念である。MIS-Cの臨床症状は様々であり、本研究の目的は、重篤転帰に関連する因子を調査することである。
 
方法
 本研究は、後方視的サーベイランス研究である。米国疾病予防管理センター(CDC)のMIS-C症例定義を満たす患者を対象とした。症例定義は、21歳未満、発熱、血液検査での炎症所見、入院、多臓器(2臓器以上)の病変(心臓、腎臓、呼吸器、血液、消化器、皮膚、神経)を有して、他の疾患が否定的で、発症前4週間以内に、RT-PCR、血清検査、抗原検査によりSARS-CoV-2感染が確認されたか、COVID-19への曝露が確認されたかのいずれかの患者である。重篤転帰と関連する可能性のある因子として、患者因子(性別、年齢、人種・民族、肥満、2020年6月1日以前のMIS-C発症)および臨床所見(徴候、症状、検査マーカー)を評価した。すべての因子を調整したロジスティック回帰モデルを用いて、因子と以下のアウトカム(集中治療室(ICU)入室、ショック、心機能低下、心筋炎、冠動脈異常)との間のオッズ比を推定した。
 
結果
CDCによるMIS-Cの症例定義を満たし、2020年3月11日-10月10日に発症した患者は1080人であった。ICU入室は、0~5歳の患者と比較して、6~12歳の患者(aOR 1.9[95%CI 1.4-2.6])および13~20歳の患者(aOR 2.6[1.8-3.8])で高く、黒人は非ヒスパニック系白人(aOR 1.6[1.0-2.4])と比較して高かった。息切れ(aOR 1.9 [1.2-2.9])、腹痛(aOR 1.7 [1.2-2.7])、CRP、トロポニン、フェリチン、Dダイマー、BNP、N-terminal pro B-type BNP、IL-6が上昇した患者、血小板やリンパ球が減少した患者で、ICU入室の可能性が高かった。また、心機能の低下、ショック、心筋炎についても関連性が認められた。冠動脈病変は、男性(aOR 1.5 [1.1-2.1])の方が多く、粘膜病変(aOR 2.2 [1.3-3.5])、結膜充血(aOR 2.3 [1.4-3.7])でも多く見られた。
 
結論
MIS-C患者の特徴を把握することは、MIS-C患者を早期に発見し、重篤転帰を回避するために役立つと考えられる。
 
 
 この研究では、1000例以上のMIS-Cが含まれておりますが、ヒスパニック41%、黒人36%、ヒスパニック以外の白人14%で、それ以外の人種は9%です。おそらくアジア系には少ないと思われます。日本からの報告は無いので、川崎病とは似ているけど病態は別物なんだという印象を持ちます。
 18例が亡くなっており、COVID-19の合併症としては重要です。
 

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小児のウイルス性筋炎(良性急性小児筋炎: BACM)のまとめ

 小児が、急に下肢の痛みを訴えたり、歩くのを嫌がった場合、ウイルス性筋炎≒良性急性小児筋炎(BACM)が鑑別に挙げられます。BACMは、自然軽快する疾患ですが、下肢痛の原因として見逃されることも多いです。典型的には、インフルエンザ罹患後に発症しますが、他のウイルスでも認められます。BACMについて論文を参考にまとめました。
 
要点
・左右対称性の下肢痛が急に見られる
・インフルエンザウイルスが多いが、他のウイルスでも起こす
・CPKの上昇が特徴的(中央値4100まで上昇する)
・自然軽快する
*コクサッキーウイルスでは、前胸部・背部・上腹部の筋肉痛が多く
 ヒトパレコウイルスでは、上腕と大腿の筋肉痛が多い
Viral myositis in children
Magee H, et al. Can Fam Physician. 2017;63:365
 
 
【疫学】
 BACMは、主に学童期に発症する疾患である。年齢の中央値は8.3歳(範囲7.3~10.3歳)、男女比は2:1、シックコンタクトは無いことが多く、同様の症状を呈した既往歴や家族歴もない。
 問診は、神経筋疾患の家族歴、最近の激しい運動や外傷歴、内服薬、筋痛や色素沈着のエピソード、既往歴(特に代謝性疾患、筋骨格系疾患、甲状腺疾患)が必要である。
 
【症状】
 ウイルス性疾患の一般的な症状改善から3日後(中央値)に、突然下肢の痛みを伴い歩くのを嫌がるようになる。ウイルス感染の症状として、鼻汁、微熱、咽頭痛、咳、倦怠感などがある。典型的には、左右対称の下肢痛が腓腹筋とヒラメ筋に限局してみられる。しかし、一部の症例は、大腿部前内側に圧痛を伴ったり、まれに上肢や体幹にも痛みや圧痛を伴うことがある。
 発熱は無く、バイタルサインは正常。疼痛部位は、軽度の浮腫が時々見られる。外観に以上はなく、圧痛があるが、通常は2~4日で疼痛は消失する。感覚・運動障害、深部腱反射の変化、足底反射に異常はない。
 
【原因となるウイルス】(UpToDateより引用)
・インフルエンザウイルス
・コクサッキーウイルス
・単純ヘルペスウイルス
・パラインフルエンザウイルス
・エコーウイルス
・麻疹ウイルス
・水痘・帯状疱疹ウイルス
HIV
・デングウイルス
・ヒトパレコウイルス
 
【検査】
 歩行が出来ない症例に限り、検査を行うべきである。95%の症例でCPKが上昇していた(中央値4100U/L)。ウイルス検査や筋生検、脊髄造影検査はルーチンで行うべきではない。
 画像検査は、他の診断を除外するためにのみ行う。適応は、外傷、骨髄炎、悪性腫瘍、深部静脈血栓症を否定できない症例である。MRIは確定診断に有用かもしれないが、明確な推奨はない。
 診断ガイドラインはないが、CPK値とウイルス検査でBACMの確定診断とすることが提案されている。急速に症状が悪化したり、症状が改善しない症例に対して、横紋筋融解や腎不全を除外するために、尿検査と腎機能検査が勧められる。定期的な血算、CRP、CPK値、肝機能検査、尿中ミオグロビン測定を推奨する専門家もいる。
 
【BACMと鑑別を要する疾患】
 BACM の痛みによる歩きにくさと、他の疾患に伴う筋力低下とを区別する必要があります。
外傷、非偶発的な損傷
皮膚筋炎
多発筋炎
横紋筋融解症
骨髄炎
頭蓋内病変
悪性腫瘍
若年性特発性関節炎
 
 
 
【管理】
 臨床的症状は、3日後(中央値)には回復する。カナダの大規模な前向き研究では、インフルエンザシーズンに、5−15歳の小児BACM症例26人中5人が入院した。Moonらは、全例が完全に回復したと報告しており、Agyemanらも患者5例の回復を報告している。H1N1が原因のBACM4例のケースシリーズで、平均4日で完全に回復したという報告もある。
 横紋筋融解症は、合併症としては非常に稀である。男子より女子の方が4倍多く発症する。全症例の86%がA型インフルエンザと関連していた。横紋筋融解症を発症した小児は、急性腎不全、電解質異常、コンパートメント症候群を見逃さないよう、入院して腎機能をモニタリングすることが望まれる。
 再発はまれだが、 311 例中 10 例で再発した報告もある。抗ウイルス剤は無効と考えられる。
 
 
 国内でも、1999年に愛知県でコクサッキーウイルスB群による流行性筋痛症、2008年に山形県、2016年に神奈川県でヒトパレコウイルス3型による流行性筋痛症が報告されている。筋肉痛の部位は、コクサッキーウイルスでは、前胸部・背部・上腹部ヒトパレコウイルスでは、四肢近位筋(上腕と大腿)に多く報告されている。

小児心臓外科術後の感染症の解析

 小児の心臓外科術後の炎症反応上昇は、アプローチが難しく、いつも苦戦します。理由としては、侵襲が大きくCRPが上昇しやすい、医療関連デバイスが多い(気管内挿管、中心静脈カテーテル、腹膜透析カテーテル尿道カテーテル、Aライン等)、身体所見が取りにくい(もともと低年齢、さらに鎮静、筋弛緩の影響)、薬剤(特にステロイド)の影響などが挙げられます。
 本研究は、スイスの大学病院で「病原体が確定した心臓外科術後の感染症」のまとめです。菌血症(おそらくカテーテル関連血流感染が多いと思われる)、肺炎、SSI、UTIなどが多いという結果でした。
 これは、おそらく他の外科領域の術後感染症と同じ傾向と思いますが、発生時期について、分析しているのがとても参考になります。
 菌血症は比較的術後早期に起き、SSIはある程度時間が経過してから発症することが多いです。
 
Invasive Bacterial and Fungal Infections After Pediatric Cardiac Surgery: A Single-center Experience
Pediatr Infect Dis J. 2021 Apr 1;40(4):310-316.
 
背景
 心臓外科手術後に炎症を呈する小児において、感染症と非感染性合併症の鑑別は困難である。心臓外科手術後の感染症の発症率は低いことを考えると,抗生物質を過剰に使用する可能性がある。我々は、当院における心臓外科手術後の小児の侵襲性細菌・真菌感染症の発生率を調べ、術後管理を評価するために本研究を行った。
 
方法
 本研究は、単一施設の後方視的観察研究である。2012年1月から2015年12月までに当施設で心臓手術を受けた16歳以下の小児を対象とした。
 
結果
 395件の心臓外科手術を分析した。35回の術後の侵襲性細菌・真菌感染症を、29件の手術で認めた(7%、入院100日あたり0.42)。細菌感染症のうち、最も多かった感染巣は、菌血症と肺炎で、それぞれ37%(13/35)、23%(8/35)であった。術後感染症の発生率は,手術の複雑性スコア(STAT mortality category)や術後の小児集中治療室(PICU)の滞在期間と関連していた。微生物が確定した感染症を発症しなかった357例のうち154例(43%)では、術後の抗生物質投与が3日以上継続され、80例(22%)では5日以上継続された。
 
結論
 当院における術後の細菌・真菌感染症の発生率は、これまでの文献と同程度であった。手術の複雑性スコアが高く、PICU滞在期間が長いことは、リスク因子であった。

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期待が持てるデング熱ワクチン

 デング熱は、年間3億9000万人が感染し、50万人が入院する、熱帯地域に多い疾患です。デングウイルスが原因ですが、蚊が媒介して、人に感染します。デングウイルスは4つの血清型(DEN-1〜DENV-4)があり、異なる血清型に複数回感染することがあります。1回目の感染より、2回目に感染した時が、強い免疫反応が生じて重篤することが知られています。予防は、蚊に刺されないことしかありません。
 2015年にCYD-TDVというワクチンが認可されましたが、デング熱罹患歴がない人(デングウイルスの抗体陰性者)に接種をすると、デング熱に罹患した時に重症化しやすい事がわかりました。また、罹患歴がある人(抗体陽性者)に接種すると、そのような現象は見られず、有効性が確認されました。
 そのため、現在は、CYD-TDVは、9−45歳のデング熱流行地域に居住している人のうち、デングウイルス抗体が陽性の人にのみ接種が推奨されます(WHO)。
 
 今回、紹介するのは、新たなデング熱ワクチンです。武田薬品アメリカのCDCが開発した弱毒生ワクチンです。DENV-2をベースとしていますが、4種類のウイルスのバックボーンをすべて有しているウイルスになります。
→つまりこれで2回目に感染した時に、強い免疫反応が起きることを抑制します。
 8カ国(フィリピン、スリランカ、タイ、ブラジル、コロンビア、ドミニカ共和国ニカラグアパナマ)で実施された臨床試験の接種後2年目までの長期的な効果が報告されました。患者数が多い疾患であるだけに、インパクトの大きい研究だと思います。
 
 本日、EUでの承認申請が開始されたようです。
 
要点
デング熱ワクチン(TAK-003)は、初回接種から27ヶ月までで、有効率は72.7%であった。
・2年目になると有効率が低下(56.2%)したが、年齢や血清型による違いがあった。
・更に有効性が持続するかに関しては、フォローが必要である。
 
Efficacy of a dengue vaccine candidate (TAK-003) in healthy children and adolescents two years after vaccination
J Infect Dis. 2020 Dec 15;jiaa761.
 
背景:
 武田薬品デング熱ワクチンは、現在進行中の第3相有効性試験で評価されている。試験開始2年後の最新情報を報告する。
 
方法:
 20,099名の小児(4−16歳)を対象に、TAK-003(デング熱ワクチン)またはプラセボを3ヶ月間隔で2回投与する群に無作為に割り付け、RT-PCR法によりデング熱を検出するために、長期間の発熱サーベイランスを実施している。(NCT02747927)
 
結果:
 初回接種から27カ月までのデング熱に対する累積有効率 (vaccine efficacy)は72.7%(95%CI:67.1-77.3)であった。デング熱未感染者に対する有効率は67.0%(95%CI:53.6~76.5)、入院が必要なデング熱に対する有効率は89.2%(82.4-93.3)であった。接種後2年目には有効性の低下が認められた[56.2%(42.3~66.8)]。4~5歳児での有効性の低下が最も大きく[24.5%(-34.2~57.5)],6~11歳児では60.6%(43.8~72.4),12~16歳児では71.2%(41.0~85.9)であった。TAK-003の有効性は血清型によって異なるため、流行する血清型の変化により、年ごとの解析における有効性の変化に一部寄与していた。なお、2年目には関連する重篤な有害事象は発生しなかった。
 
結論:
 接種前にデング熱に罹患歴があるかに関わらず、TAK-003 はデング熱の予防効果を継続して示したが、2 年目には若干の有効性の低下が見られた。有効性が安定したままか、さらに低下するかは、3年間のデータを確認することが重要である。
 

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下気道症状がない肺炎(occult pneumonia)について

 明らかな下気道症状がない肺炎を、occult pneumoniaと言います。不明熱と紹介されて、肺炎が見つかることもあります。このoccult penumoniaをどのような状況で疑うのか、なかなか難しいですが、遷延する発熱(特に5日以上)、咳嗽(特に10日以上)、WBC高値はヒントになる可能性があります。
 咳嗽が全く無い肺炎(OP)は、まれです。(OPの46例中2例のみ)
 
Clinical predictors of occult pneumonia in the febrile child
Acad Emerg Med. 2007;14:243
 
背景
 小児の下気道症状がない肺炎(潜在性性肺炎, occult pneumonia: OP)を検出するために、胸部レントゲン(CXR)が有用であるという研究はあるが、OPの予測因子として白血球数(WBC)と発熱以外については検討されていない。
 
目的
 結合型肺炎球菌ワクチン導入後の小児のOPの予測因子を明らかにすること。
 
方法  
 本研究は、都市部の大規模な小児科病院(ボストン小児病院)で行われた後方視的横断研究である。発熱(38℃以上)を呈し救急外来を受診し、肺炎を疑いCXRを撮影した10歳以下の患者のカルテ記載を確認した。呼吸窮迫、頻呼吸、下気道症状の有無により、患者を「肺炎症状あり」と「肺炎症状なし」の2群に分類した。OPは、肺炎症状のない患者のCXRで肺炎を認めた症例と定義した。
 
結果
 2,112名の患者が対象となった。「肺炎症状なし」と分類された患者(n=1,084)のうち、5.3%(95%CI; 4.0~6.8%)にOPが認められた。「咳がある」と「咳の持続期間(10日以上)」の陽性尤度比(LR+)は、それぞれ1.24(95%CI; 1.15~1.33)と2.25(95%CI; 1.21~4.20)であった.咳がなかった場合の陰性尤度比は0.19(95%CI; 0.05~0.75)であった。発熱期間が長くなるほど、OPを認める可能性が高かった。(発熱期間が3日以上および5日以上の場合、LR+は1.62 (95%CI=1.13~2.31)および2.24 (95%CI=1.35~3.71))。 患者の56%にWBCを測定していたが、WBCが15,000/mm3以上および20,000/mm3以上の場合、LR+が1.76(95%CI; 1.40~2.22)および2.17(95%CI; 1.58~2.96)となり、OPの予測因子となった。
 
結論
 発熱があり、下気道所見、頻呼吸、呼吸窮迫がない患者の5.3%にOPが認められた。咳のない発熱の小児にCXRを撮ることの有用性は限られている。OPは、咳や発熱の期間が長い場合,白血球増加がある場合に、可能性が高くなる。
 
 
今回の研究では、患者の平均年齢は2-3歳です。
「肺炎症状あり」と「なし」の定義は以下になります。どちらも咳嗽や鼻汁・鼻閉などのいわゆる上気道症状はあっても良いのですが、呼吸窮迫、頻呼吸、低酸素血症、呼吸音の異常の全てがない患者が肺炎症状なしです。結構厳密な定義ですが、後方視的検討なので、カルテに記載がない場合には、無いとされてしまうというバイアスはあります。
肺炎症状なし 
肺炎症状あり
以下の全てを満たす
・呼吸窮迫の徴候(陥没呼吸、鼻翼呼吸、喘ぎ呼吸)がない
・頻呼吸がない
(呼吸数が、2歳以下は60以上、3−5歳は50以上、6−10歳は30以上)
・低酸素血症がない(室内気でSpO2>95%)
・身体所見で下気道感染を示唆しない
(喘鳴、ラ音、呼吸音低下、呼吸音の左右差なし)
左記以外の場合
 

 

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咳嗽が長いこと、発熱が長いこと、WBCが高いことが、OPの可能性を高めます。
また、咳嗽が無いとOPのLR-は0.19となります。咳嗽がなければ、OPの可能性がかなり低くなることが分かります。