小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

オミクロン株より、RSウイルスのほうが重症化しやすい

 新型コロナ流行当初は、MIS-Cなど様々な合併症や、呼吸障害が出るコロナを経験しました。オミクロン株が主体となってからは、(感染症法上の5類への以降もあり)入院が減ってきました。2023年は、感染対策の緩和から、RSウイルスが大流行し、今はインフルエンザが多い状況です。

 小児科医として、コロナよりもRSウイルスの方が、厄介というのが実感なのですが、この研究でもやはりRSウイルス感染のほうが、重症化しやすく、医療機関への負荷が大きいことが分かります。

 

Outcomes of Pediatric SARS-CoV-2 Omicron Infection vs Influenza and Respiratory Syncytial Virus Infections.

JAMA Pediatr. 2023 Dec 26:e235734. 

 

はじめに

 救急外来(ED)を受診した小児患者において、SARS-CoV-2オミクロン株感染の転帰をインフルエンザ、RSウイルス感染症転帰と比較した。

方法
 多施設共同後方視的コホート研究は、5つの人口ベースのデータを用い、スウェーデンストックホルムにある3つの小児救急外来すべてを対象とした。18歳未満の約500,000人を対象とした。解析は後方視的に収集されたデータに基づいて行った。2021年8月1日から2022年9月15日までにEDを受診した18歳未満の患者の内、受診前日から受診翌日までに、SARS-CoV-2、インフルエンザA/B、RSVが、PCR検査で陽性であった患者を対象とした。オミクロン株への感染者は、オミクロン株の比率が高い期間である2021年12月27日以降を対象とした。転帰は入院、集中治療室(ICU)入室、および30日全死因死亡とした。年齢、性別、合併症で調整したロジスティック回帰モデルを用いて、RSVおよびインフルエンザによる入院とオミクロンによる入院を比較した。

結果
小児患者2596例(オミクロン896例[34.5%]、インフルエンザA/B426例[16.4%]、RSV1274例[48.0%])が対象となった。2歳未満のRSV患者は990人(77.7%)、オミクロン患者は648人(72.3%)、インフルエンザ患者は81人(19.0%)であった。入院率はオミクロンで31.5%(n=282)、インフルエンザで27.7%(n=118)、RSVで81.7%(n=1041)であった。0~1歳では、入院オッズ比(OR)は、オミクロンに対しRSVで11.29(95%CI、8.91~14.38)、インフルエンザで1.67(95%CI、1.03~2.68)であった。2~4歳では、ORは3.96(95%CI、2.25-7.01)と0.31(95%CI、0.15-0.65)であった。5~17歳では、ORは5.22(95%CI、2.40-11.81)および1.10(95%CI、0.69-1.77)であった。ICU入室率は、オミクロンが0.7%(n=6)、インフルエンザが0.9%(n=4)、RSVが2.9%(n=37)であった。30日以内に死亡した患者は3例で、オミクロンで2例(0.2%)、RSVで1例(0.1%)であった。

考察
 入院率は、すべての年齢層で、オミクロンに比較しRSV感染した患者で高かった。インフルエンザとオミクロンで入院率に差は認められなかった。インフルエンザに感染した患者は年齢が高かった。RSV感染症は入院と呼吸補助を必要とすることが多い。RSVワクチンなどの予防策が重要である。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

ニルセビマブの有望な効果: RSV関連下気道感染からの入院を減少させる

 今週号のNEJMに、ニルセビマブの臨床試験の結果が掲載されました。ニルセビマブは、次世代のRSウイルスに対するモノクローナル抗体です。
 これまで、RSウイルスのモノクローナル抗体は、パリビズマブ(シナジス)が使用されていましたが、毎月接種が必要であることから、かなり大変でした。
 ニルセビマブは、半減期を大幅に延長したこと、対象となる抗原タンパクを変えたことで、よりRSウイルスへの親和性が増して、効果が期待できます。
 これまで、RSウイルス感染が重症化しやすい早産児を対照にした試験はありましたが、今回は、満期産児を含むデータです。比較的重症化しにくい集団ですが、RSV関連の入院を減らし、最重症となる患者を減らしました。
 日本でも早く導入が待たれます!!
 
Nirsevimab for Prevention of Hospitalizations Due to RSV in Infants
N Engl J Med 2023; 389:2425-2435
 
背景
 モノクローナル抗体ニルセビマブを健常児に投与した場合の安全性とRSウイルス関連下気道感染症による入院予防効果は不明である。
 
方法
 本研究では、フランス、ドイツ、英国において、生後12ヵ月以下で、在胎週数29週以上で出生し、最初のRSV流行期を迎える乳児を対象に、RSV流行前または流行中にニルセビマブ単回筋注を受ける群と標準治療(介入なし)群に1:1の割合で無作為に割り付けた。主要エンドポイントは、RSV関連下気道感染による入院症例とした。重要な副次的エンドポイントは、最重症RSV関連下気道感染とし、RSV関連下気道感染にで酸素飽和度が90%未満で酸素投与が必要である症例と定義した。
 
結果
 合計8058例の乳児が、ニルセビマブ投与群(4037例)と対照群(4021例)に無作為に割り付けられた。ニルセビマブ群では11例(0.3%)、対照群では60例(1.5%)の乳児がRSV関連下気道感染症で入院した。ニルセビマブの有効性は、83.2%であった(95%CI、67.8~92.0;P<0.001)。最重症のRSV関連下気道感染は、ニルセビマブ群で5例(0.1%)、対照群で19例(0.5%)に認められた。ニルセビマブの有効性は、75.7%(95%CI,32.8~92.9;P=0.004)であった。RSV関連下気道感染による入院に対するニルセビマブの有効性は、フランスで89.6%(95%CI、58.8~98.7;P<0.001)、ドイツで74.2%(95%CI、27.9~92.5;P=0.006)、英国で83.4%(95%CI、34.3~97.6;P=0.003)であった。有害事象は、ニルセビマブ群の86人(2.1%)に認められた。
 
結論
 ニルセビマブは、乳児のRSV関連下気道感染による入院および最重症RSV関連下気道感染を予防する。
 

非結核性抗酸菌でコッホ現象が起きるのか?

 日本の結核有病率の低下とともに、乳幼児の結核は激減しています。個人的にも、乳幼児の活動性結核は2例くらいしか見たことありません。

 一方で、BCG接種後1週間以内に、接種部位が発赤したり化膿したりする現象を、コッホ現象といい、結核感染を示唆する所見です。個人的な経験ですが、ここ数年、このコッホ現象のために紹介される例が増加しています。 

 以下のようなフローチャートがあり、多くは、結核感染ではないのですが、なぜコッホ現象が起きるのか、不思議でした。一つの可能性が、非結核性抗酸菌(NTM)による感作です。

www.bcg.gr.jp

 NTM患者さんは国内でも増加しており、乳児期にNTMに曝露され、感作されることで、軽いコッホ現象が起きてしまうというのは、筋は通っているものの、なかなか証明できませんでした。

 日本語の報告ですが、コッホ現象のために結核の精査をしたところ、胃からNTMが検出された症例です。この説を補強する報告で、興味深いです。

 

Mycobacterium aviumの感作が原因と示唆されたコッホ現象の乳児例

結核 93(5): 397-401, 2018.

 

 症例の概要

 生後7ヶ月でBCGを接種した男児。Grade 4(かなり強い)のコッホ現象が見られた。しかし、レントゲン、一般検査で異常なし、QFT陰性であったが、潜在性結核感染症(LTBI)として加療した。胃液培養で、M. avium complexが検出された。INHによる治療を継続した。

 

 結語で筆者らは、以下のように述べている。

 胃液培養でM.avium が検出された,コッホ現象を呈し ツ反陽性の7 カ月乳児例を報告した。BCG接種後のコッ ホ現象例の中にNTM の感作が原因となっているものが 含まれている可能性はこれまでにも指摘されていたが, 本症例がその推測の裏付けとなりうると考えられる。BCG 接種後のコッホ現象を機にLTBI と診断された症例が増加し,その中に真の結核感染症が原因でないものが少な からず含まれているのであれば,十分な疫学的調査を実施したうえで,BCG接種時期を早める等の対策を立てる必要があるかもしれない。

 

  現状では、強いコッホ現象が見られた場合には、たとえ、結核菌が検出できなくとも、LTBIとして治療するしか無いが、実は、NTMによるコッホ現象が含まれる可能性がある。

cir.nii.ac.jp

 

群馬大学での新生児のメトヘモグロビン血症集団発生の報告

 2021年に群馬大学で起きた新生児のメトヘモグロビン血症集団発生の報告がNEJMで発表されました。厚生労働省などのHPでは公開されていますが、このように世界に向けて発信されたのは、素晴らしいです。筆頭著者の先生もよく存じ上げていますが、おめでとうございます!

 ぜひ、小児科専門医試験の論文で使ってください。試験監督もびっくりですね。

www.asahi.com

 

Methemoglobinemia Outbreak in a Neonatal ICU and Maternity Ward

 

 N Engl J Med. 2023 Dec 21;389(25):2395-2397.

 後天性メトヘモグロビン血症は、ヘモグロビンの酸素運搬能力に影響を及ぼすまれな疾患であり、特定の化学物質や薬剤への曝露によって引き起こされる。メトヘモグロビン血症の集団発生は極めてまれであり、ほとんどの集団発生は井戸水を使用している発展途上国で起こる。三次医療センターの新生児集中治療室(NICU)と産科病棟で発生したメトヘモグロビン血症アウトブレイクを報告する。

 NICUでは新生児9例中6例に、同病院の産科病棟では新生児7例中4例に突然チアノーゼが認められた。チアノーゼを呈した患者に過呼吸や頻脈はなく、酸素投与によって酸素飽和度が改善することはなかった。

 


チアノーゼが複数の新生児に同時に発症したことから、大気・水質汚染が原因であると考えられた。NICUと産科病棟は別棟にあるため、空気汚染は考えにくかった。罹患した乳児はすべて人工栄養だったことから、粉ミルクを希釈した水の汚染が疑われた。血液ガス分析の結果、全例でメトヘモグロビン濃度の上昇が認められた(図1A)。病院内での粉ミルクの給与と水道水の使用を中止し、追加症例の報告はなかった。

 

 水道水を分析したところ、高濃度の亜硝酸塩が検出された。調査を進めた結果、バルブの誤作動により、防錆剤が含まれていた病院の暖房システムから水が逆流し、飲料水が汚染されたことが判明した(図1Bおよび1C)。乳児用調製粉乳は、細菌を除去するフィルターを通した水道水を使用していたが、亜硝酸を除去できなかった。病院全体の水道水が汚染されていたが、成人にメトヘモグロビン血症は発症しなかった。

 

 メトヘモグロビン血症は、生後2ヵ月未満の乳児に起こりやすい。乳児は体重当たりの飲水量が多く、メトヘモグロビンをヘモグロビンに変換する酵素活性が低い。さらに、乳児は胃のpHが高いため、上部消化管に硝酸塩を亜硝酸塩に変換する硝酸塩還元菌が存在しやすくなる。

 

 この事例は、適切にろ過された水を使用して調製された粉ミルクであっても、意図しない水の汚染によるメトヘモグロビン血症のリスクがあることを示している。乳幼児がメトヘモグロビン血症にかかりやすいことも明らかになった。

 

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

K. oxytocaによる抗菌薬関連下痢にも便移植(FMT)が有効

 Klebsiella oxytocaは、腸管内の常在菌ですが、抗菌薬関連下痢症を起こすことがあります。抗菌薬関連下痢といえば、C. difficileが有名ですが、K. oxytocaもあります。C. difficileについては、難治例では、便移植療法(FMT)が確立してきているが、K. oxytocaについては、FMTの有用性はよく分かりませんでした。
 今回、K. oxytocaの抗菌薬関連下痢症が難治例となり、複数回の抗菌薬投与で改善しなかったため、FMTを行い改善した報告が出ました。稀な病気ですが、未診断例も多いと思われるので、紹介します。
Chronic Diarrhea Caused by a Klebsiella oxytoca Toxin Producer Strain Following Antibiotic-Associated Hemorrhagic Colitis: Successful Treatment by Fecal Microbiota Transplant.
Clin Infect Dis. 2023 Dec 15;77(12):1700-1703. 
 
要旨
 Klebsiella oxytocaは、腸管内に存在するグラム陰性菌であり、抗菌薬関連出血性大腸炎などいくつかの感染症を引き起こす。今回、慢性下痢症から、K. oxytoca毒素産生株によって引き起こされた大腸炎を、便移植(FMT)によって治療することに成功した。
 本報告では、慢性下痢症から進展したK. oxytoca毒素産生株による大腸炎を便移植(FMT)で治療することに成功した症例を提示する。FMT後の臨床的、微生物学的変化、および菌株の分子学的特徴を示す。
 
症例提示
 2016年11月、基礎疾患のない43歳女性が、副鼻腔炎を発症し、アモキシシリン・クラブラン酸塩(875mgを1日2回)の経口投与を受けた。5日後に、血性・粘液性の下痢(15回/日以上)、腹痛、テネスムス、嘔吐で受診した。感染症との接触、旅行歴、汚染された食品の摂取はなかった。便培養は病原菌陰性(2回実施)であった。寄生虫スクリーニングとC. difficile毒素検出は陰性であった。PCR法で、志賀毒素産生性大腸菌も陰性であった。MacConkey寒天培地に便を培養したところ、K. oxytocaのムコイドコロニーが大量に認められた。水分補給と抗菌薬中止後、血便と下痢は減少し、患者は5日後に退院した。10日後、疼痛、下痢および血便が再発した。2ヵ月後の経過観察では、頻回の下痢は持続していたが、血便は消失した。便培養では、K. oxytoca陽性であり、他の病原体は陰性であった。
 
 繰り返し、ST合剤による治療を行ったが、すぐに再発した。PCRによりK. oxytocaの毒素産生株が検出された。糞便移植(FMT)を、症状発現から13ヵ月後に、11歳の息子の便を用いて行った。下痢は移植後1週間で消失した。FMT後2ヵ月と12ヵ月の細菌叢分析では、K. oxytocaの毒素遺伝子は陰性であり、α多様性の指標も改善した。患者はFMT後6年経過した現在も全く無症状である。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov