小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

パラインフルエンザウイルスへの感染対策

はじめに
 パラインフルエンザウイルス(PIV)は、いわゆる感冒の原因となるウイルスですが、小児に感染するとクループ症候群を引き起こしたり、気管支炎・肺炎などの下気道感染症を起こすこともあります。特にPIV3型は、細気管支炎・肺炎の原因となることがあり、免疫不全者では重症肺炎を起こすこともあります。
 例年、初夏に流行があることが多いです。国立感染症研究所のデータでは、昨年は(おそらく新型コロナウイルスの影響で)全く流行しませんでしたが、今年は大きな流行があります。群馬でも患者さんを見ることが多くなり、病棟での感染対策などをまとめました。

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参考文献:国立感染症研究所の流行データ
 
 
 Red bookやCDCのガイドラインを見ても、接触感染対策を罹病期間に行うことになるが、いつまでどのような対応をしたら良いかという具体的な記載はありません。特に、免疫不全者ではウイルス排泄が遷延することがあり、より長期間の隔離が必要と考えられます。
 
パラインフルエンザウイルス(PIV)の感染対策などをまとめました。
感染経路:直接接触や気道からの分泌物、タオルや衣類などの媒介物を通じて感染者の鼻咽頭分泌物への曝露により感染伝播する。(Red Book)
 
潜伏期間:2-6日間 (Red Book)
 
重症化しやすい患者HIV感染症、T細胞免疫不全、血液悪性腫瘍(特にALL)、リンパ球減少、造血幹細胞移植後、固形臓器移植後
 
血液悪性腫瘍の患者の症状:
 小児の83例の報告。PIV3型が61%を占めた。2歳未満に多い。ALLに多い。80%の症例は上気道炎であった。好中球数が少ない(ANC<500)患者で、下気道感染症を発症した症例が有意に多かった。PIVによる死亡例は無かったが、3名が気管内挿管された。
Pediatr Infect Dis J. 2011;30:855-859.
 
 
隔離期間の参考になる論文
  1. 発症3週間程度まではウイルス培養陽性になる
 古い論文ですが、健康な小児が気道ウイルスに感染した場合、発症何日後までウイルス培養が陽性かを検討しています。●がパラインフルエンザウイルスが陽性になる割合です。発症1-4日前から陽性になり、発症後3週間経過するまで陽性者がそれなりにいることが分かります。

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J Infect Dis. 1981;144:433-41.
 
 
  1. 造血幹細胞移植後はウイルス排泄が最長4ヶ月にも及ぶ
 成人の造血幹細胞移植病棟でのアウトブレイクの報告です。2回のアウトブレイクで、15名の患者が感染し、5名死亡(33%)しています。●が検査陽性を示しています。4名の患者が1ヶ月以上ウイルスを排泄し続け、最長は4ヶ月でした。

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J Clin Microbiol. 1988;36:2289-93.
 
  1. ウイルス排泄期間は、造血幹細胞移植後の患者で35.8日(13-89日)、そうではない血液悪性腫瘍患者で17.6日(4-62日)
 考察で、筆者らは、免疫不全者ではウイルス排泄が遷延し、ウイルス量の変動が大きいので、最低でも2回ウイルス陰性化を確認することが重要と述べています。
 
J Infect. 2012;65:246-54.
 
まとめ
・パラインフルエンザウイルスは免疫不全者では重症化しうる
健常者で3週間程度はウイルスが排泄され、免疫不全者(特に造血幹細胞移植後)では更に遷延(1ヶ月以上)するため、感染対策を行う期間の延長が必要と考えられる
・ウイルス陰性化(2回連続)を確認することを勧める専門家もいる
 

建物の入り口での体温測定は意味があるのか?

 COVID-19の流行に伴い、いろいろな場所で、非接触式の体温測定がされるようになりました。病院はもちろん、デパート、図書館、レストラン等。体温測定、手指消毒が、建物に入るための儀式となっています。
 最近、外来をしていると、37℃台の体温のお子さんをよく見ます。おそらく外気温が高いせいで、本当は熱ではないのだと思います。
 おでこで測定する体温計が、スクリーニングの役に立っているのかを検討してみた研究です。
 
要点は、自明のことに思えるのですが…
・寒い地域では、非接触式の体温計で体温を測ると、低くなる
 →よって発熱者をスクリーニングできない
 
Covid-19 screening: are forehead temperature measurements during cold outdoor temperatures really helpful?
Dzien C, et al. Wien Klin Wochenschr. 2021; 133: 331.
 
概要
研究の背景: 体温測定は、COVID-19などの感染症のスクリーニング検査として頻繁に行われるようになった。2020年3月にCOVID-19が発生したチロル地方オーストリア)の病院で、病院のスタッフの体温を計測した。病院は海抜995mの山岳地帯にあり、初春に外気温が低くなる。このような状況で、前額部での体温測定が感染症のスクリーニングツールになるかどうかを分析した。
 
方法:病院スタッフ101名を対象に、来院直後(0分)に非接触式の体温計で前額で体温を測定し,さらに1分後,3分後,5分後,60分後にも測定した。また、外気温と病院のエントランスホールの温度を追跡した。
 
結果:女性46名と男性46名の参加者の体温のデータが得られた。入院直後に測定した平均体温は、0分後に33.17±1.45℃と最も低く、1分後に34.90±1.49℃、3分後に35.77±1.10℃、5分後に36.08±0.79℃、60分後に36.6±0.24℃と上昇した。外気温は-5.5℃から0℃の間で、室内温度は20.5℃で一定していた。
 
結論:この研究から、少なくとも外気温の低い季節に、前額部で非接触式の体温計を用いた体温測定は、感染症のスクリーニングに適切なツールではない。
 
 あまりに低いときには、5分くらい経過して測定するのが良いと思いますが。直後に体温正常で入った人が、発熱している可能性があるので、やっぱりスクリーニングとしては機能しにくいですね。
 

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新生児の虫垂炎について

 虫垂炎(いわゆるアッペ)は、小児科ではよく見る病気ですが、発症年齢の分布が特徴的です。思春期や学童期に多く、年少児にはまれ、新生児では「極めてまれ」な病気です。

 その理由は、虫垂の形状が閉塞しにくく、炎症を起こしにくい。ミルクがメインの食事なので、食物残渣が詰まりにくいなど、色々あるようです。

 

新生児虫垂炎を起こしうる基礎疾患として重要なのは以下です。

・早産児

・鼠径ヘルニア(鼠径ヘルニア嚢内に虫垂がはまり込んだ虫垂炎はAmyand's herniaと呼ぶ)

ヒルシュスプルング病

・嚢胞線維症

・心疾患

・気管食道瘻

 

今回紹介する論文は、その超まれな新生児の虫垂炎の3例と、臨床的特徴と治療アルゴリズムの提案です。

 

Neonatal acute appendicitis: a proposed algorithm for timely diagnosis

J Pediatr Surg. 2011; 46: 2060-4.

 

概要

【背景】
新生児虫垂炎(NA)は死亡率の高い稀な疾患である。術前に診断された新生児虫垂炎の症例報告はなく、診断が難しいことでも知られている。
【方法】
1995年以降、生後28日未満の新生児で虫垂炎と診断されたカルテを後方視的に検討した。この期間に当院(アルバータ小児病院 カナダ)で受診したNAの3例を報告する。
【結果】
 3症例はいずれも基礎疾患はなく、満期産であった。敗血症に一致する徴候を呈した。最初の2例は死亡し、剖検で診断がついた。3例目は緊急CT検査、開腹手術を行い盲腸切除を行った。
【考察】
 NAの一般的な症状をまとめた文献をレビューする。新生児虫垂炎の早期診断と予後の改善を目的としたアルゴリズムを紹介する。
 
<症例のまとめ>
症例
日齢
9日
13日
15日
性別
女児
女児
出生週数
42週
40週
40週
ショック
発熱
腹部症状
嘔吐、閉塞
膨隆、腹膜炎
疼痛、圧痛、下痢
穿孔
死亡
死亡
生存
 
<文献レビュー>
・1978年以降、44例の新生児虫垂炎が報告されている。
死亡率:34.1%(15/44例)→free airあり、敗血症なしの症例は予後が良い
穿孔率:82.5%
・基礎疾患(早産、その他)あり 60%
  ヒルシュスプルング病(4例)、先天性心疾患(3例)、気管食道瘻(2例)、
  嚢胞線維症(1例)、サイトメガロウイルス感染症など
・臨床症状(図を参照)
 腹部膨隆、嘔吐、哺乳不良などが多い→非特異的な症状

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<診断アルゴリズム
 新生児においては、壊死性腸炎NEC)と虫垂炎の鑑別が重要になる。前者は、保存的に抗菌薬で加療することが一般的であるが、後者では早期の外科的治療が必要である。下記を組み合わせてアルゴリズムを提唱している。
 1. 単純レントゲンNECでは腸管気腫が認められることが多く、free air虫垂炎や腸管穿孔を示唆する)
 2. ドップラーエコー(腹水、腸管壁肥厚、腸管血流の評価を行う)
 3. 造影CT
 
 要約すると、
 レントゲン  腸管気腫→保存的にNECとして治療
        free air→試験開腹・腹腔鏡手術
        どちらもない→ドップラーエコー
 ドップラーエコー NECの所見がある→保存的加療
          NECの所見がない→試験開腹・腹腔鏡手術
          すぐにできない→造影CT
 造影CT NECの所見がある→保存的加療
      NECの所見がない→試験開腹・腹腔鏡手術

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胆道閉鎖症術後の胆管炎の特徴

 小児では、胆管炎はまれな疾患です。しかし、例外として、胆道閉鎖症術後(葛西手術の術後)と肝移植後は、胆管炎のリスクが高くなります。

 また、胆道閉鎖症術後では、胆管炎を繰り返すと、肝移植が必要となるリスクが増加するため、なんとか、胆管炎を避けたいと、いろいろな方策が行われます。

 

 そもそも胆道閉鎖症は、稀な疾患なので、大規模な研究は多くはないのですが、韓国から胆道閉鎖症術後の胆管炎の臨床研究が出ましたので、紹介します。

 

要点

・葛西手術後、約8割の症例が胆管炎を発症し、多くが繰り返す。

・胆管炎の起炎菌が判明するのは2割強。

・起炎菌は、腸球菌、大腸菌などが多い。

・Gram陽性菌はアンピシリン耐性、Gram陰性菌はセフォタキシム耐性がかなり多い。

 

The Epidemiology and Etiology of Cholangitis After Kasai Portoenterostomy in Patients With Biliary Atresia
J Pediatr Gastroenterol Nutr. 2020;70:171
 
目的
 胆道閉鎖症に対して葛西手術を行った後の患者の胆管炎の頻度や臨床的な特徴を検討した。さらに、血液培養と腹水から検出された原因微生物の頻度や抗菌薬感受性を検討した。
 
方法
 本研究は、2006から2015年に、韓国のSeverance小児病院で実施された後方視的カルテレビューによる研究である。胆管炎の累積発生率を検討するためKaplan-Meier法を用いた。
 
結果
 160名の患者が対象となった。126名(78.8%)の患者に494回の胆管炎のエピソードがあった。葛西手術後1年、5年での胆管炎の累積発生率は各々75.5%と84.2%であった。76.2%の患者が胆管炎を再発した。起炎菌が判明した胆管炎の累積発生率は、22.1%と23.9%であった。検出された微生物は、Enterococcus faecium (27.7%)、Escherichia coli (14.9%)、Enterobacter cloacae (10.6%)、Klebssiella pneumoniae (8.5%)であった。Gram陽性菌は、アンピシリンとゲンタマイシンへの感受性が低かった(各々42.1%、66.7%)。Gram陰性菌のセフォタキシムへの感受性は38.1%であった。
 
結論
 本研究は、葛西手術後の胆管炎の頻度と特徴に関する最大規模の研究である。Enterococcusは胆管炎の原因微生物として、最も頻度が高く、初期治療薬を選択する上で、検討するべきである。
 

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ファイザーワクチンの小児 (12−15歳)への効果と安全性

 新型コロナウイルスに感染した小児が重症化することは極めてまれです。MIS-Cなど重症化例が注目されますが、基本的に、小児のコロナは風邪です。高齢者へのワクチン接種が進みましたが、集団免疫を獲得し、新型コロナウイルスの制圧するには、人口のなるべく多くが免疫を有する必要があるので、小児への接種をどのように進めるかが問題になります。

 

小児への接種の問題点

・小児はほとんど重症化することは無いので、ワクチンによる個人的な利益はほぼ無い。

・家庭・社会で、高齢者・免疫不全者と接触することがあるため、小児からリスクの高い人へ感染しうる。

・低年齢への効果と安全性への検討が研究途上。

 

 12−15歳での効果と安全性の報告が出ました。結論から言うと、上の世代(16−25歳)と比較して、安全性は変わらず、抗体価の獲得はむしろ高く、確実な予防効果を見込めますです。小児科医の中でも、新型コロナウイルスワクチンに関しては、いろいろな意見があると思います。個人的には、効果と安全性が確認できた年齢層から「ワクチンを進めるべき」と考えています。

 

Safety, Immunogenicity, and Efficacy of the BNT162b2 Covid-19 Vaccine in Adolescents
N Engl J Med. 2021; 385: 239-250.
 
背景
最近まで、新型コロナウイルスSARS-CoV-2)に対するワクチンは、16歳未満への緊急使用が認められていなかった。この年代の人々を保護し、対面での学習や社会的交流を促進し、集団免疫に貢献するためには、安全で効果的なワクチンが必要である.
 
方法
 現在進行中の多国籍、プラセボ対照、観察者盲検試験において、参加者を1対1の割合で無作為に割り付け、ファイザーワクチン(BNT162b2) 30μgまたはプラセボを21日間隔で2回注射した。12~15歳の参加者におけるBNT162b2に対する免疫反応が、16~25歳の参加者における免疫反応と比較して非劣性であると確認することを目的にした。12~15 歳における安全性および新型コロナウイルス感染症 (Covid-19)の予防に対する有効性を評価した。
 
結果
 12~15歳の2260人が接種を受け、1131人がBNT162b2、1129人がプラセボを投与された。他の年齢層と同様に、BNT162b2の安全性と副作用は大きな問題なく、一過性の軽度〜中等度の副反応(主に注射部位の痛み(79~86%)、疲労感(60~66%)、頭痛(55~65%))が見られた。ワクチンに関連した重篤な有害事象はなかった。接種 2 回目以降の SARS-CoV-2 50%中和力価の平均比は1.76(95%信頼区間[CI],1.47~2.10)、 16-25歳と比較し、12-15 歳の参加者でより高かった。SARS-CoV-2 感染歴がない参加者において、2回目の接種から7日以降を経過した後に発症した Covid-19 症例は、BNT162b2接種では0名例、プラセボ接種では 16 例であった。ワクチンの有効性は100%(95%CI,75.3-100)であった。
 
結論
 12~15 歳を対象とした BNT162b2 ワクチンは、安全性に問題なく、免疫反応も良好で、Covid-19 に対して高い予防効果を示した。
(BioNTech社およびPfizer社が資金提供。C4591001 ClinicalTrials.gov番号、NCT04368728。)
 
 
<局所の副反応>
 
1回目の接種
 
BNT162b2
 
12−15歳
16−25歳
12−15歳
16−25歳
発赤
6%
6%
1%
1%
腫脹
7%
8%
1%
1%
疼痛
86%
83%
23%
16%
 
2回目の接種
 
 
BNT162b2
 
12−15歳
16−25歳
12−15歳
16−25歳
発赤
5%
6%
1%
0%
腫脹
5%
7%
1%
0%
疼痛
79%
78%
18%
12%
 
 
<全身の副反応>
1回目の接種
 
BNT162b2
 
12−15歳
16−25歳
12−15歳
16−25歳
発熱
10%
7%
1%
1%
倦怠感
60%
60%
41%
39%
頭痛
55%
54%
35%
37%
悪寒
28%
25%
10%
9%
下痢
8%
11%
7%
11%
筋肉痛
24%
27%
13%
14%
 
2回目の接種
 
BNT162b2
 
12−15歳
16−25歳
12−15歳
16−25歳
発熱
20%
17%
1%
0%
倦怠感
66%
66%
25%
23%
頭痛
65%
61%
24%
24%
悪寒
42%
40%
7%
4%
下痢
6%
8%
4%
5%
筋肉痛
32%
41%
8%
10%
 
効果 ワクチン有効性(95% CI) 100% (75.3-100)
 
COVID-19と診断
BNT162b 1005名
0名
プラセボ 978名
16名

 

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