小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

症状によるスクリーニングでは、新型コロナ感染者の45%は特定できない

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行拡大により、院内感染が問題となっています。多くの病院が入院患者全員のスクリーニングに舵を切っています。当院でも、様々な経験を通じ、議論を経て、全入院患者へのスクリーニングを行うことにしました。
 果たして、「小児の入院患者を一律にPCR検査する意味があるのか?」というのは、甚だ疑問ですが、一方で、(保健所から指示される)患者発生による14日間の病棟の新規入院の停止、濃厚接触者とされたスタッフの出勤停止によるマンパワーの低下は、病院の機能を維持する上で、とてつもないダメージになります。
 今後は、ワクチン接種済み者に関しては、ルールの見直しが変更になるとは思いますが、現状では、過剰と思っても、入院患者全員へのスクリーニング検査は、やむを得ないと考えています。
 そんなモヤモヤを検討した論文が掲載されていましたので、紹介します。
 
<要点>
・フランスの小児病院で、入院するすべての小児患者を対象とした新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の系統的なスクリーニングが妥当であるかを評価した。
有症状者に対してのみSARS-CoV-2検査を行う戦略をとった場合、SARS-CoV-2に感染した小児の45%(95%信頼区間,24%~68%)を特定できない。
・院内感染を抑制するためには、入院している小児を系統的にスクリーニングすることを検討すべきである。
 
Systematic Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 Screening at Hospital Admission in Children: A French Prospective Multicenter Study
Clin infect Dis. 2021; 72: 2215-7.
 
はじめに
 フランスは、COVID-19の死者が3万人に達している。SARS-CoV-2の基本再生算数(R0)は、当初は過小評価されていたが、現在は3−6と推定される。無症候性感染者が多く、感染者の40%で、発症前に感染性があるため、適切な感染者のスクリーニングが必要である。医療従事者と入院患者の両方をお守るための対策が重要である。しかし、COVID-19の症状は、小児で流行している他のウイルス感染症と類似していることから、COVID-19患者をすべてを検出することが困難である。入院する小児のかなりの割合が、現行のSARS-CoV-2スクリーニング戦略(有症状者のみ検査)では検査されず、院内感染につながる可能性があるという仮説を立てた。フランス国内の小児病院において、外科的または内科的な理由で入院したすべての小児を対象に、系統的なSARS-CoV-2スクリーニングを実施する戦略を設定した。我々の目的は、SARS-CoV-2感染が確認された患者のうち、臨床症状だけで行うスクリーニング戦略によって発見できなかった患者の割合を評価することである。
 
方法
 パリにある4つの小児三次病院において,前向き多施設研究を実施した。フランスでは、2020年3月17日に全国的なロックダウンが実施された。我々は、2020年4月15日から4月30日の間(すなわちロックダウンの4週間後)に、研究を実施した。研究期間中に参加施設のいずれかに入院したすべての小児患者を対象とした。入院前に、患者は病院のガイドラインに従って,Xpert Xpress SARS-CoV-2アッセイ(Cepheid社)を用い、鼻咽頭SARS-CoV-2 rRT-PCR検査を受けた。人口統計学的データ、症状、臨床所見を記録した。SARS-CoV-2 RNAのコピー数を示す指標として,ウイルス量に反比例するCt値を用いた。主要評価項目は,rRT-PCRSARS-CoV-2感染が確認された小児のうち,COVID-19が疑われる症状のない患者の割合とした。COVID-19が疑われる症状は、「発熱、上気道症状(咳、鼻炎、扁桃炎、咽頭痛、耳痛、中耳炎、結膜炎)、インフルエンザ様疾患(無力症、頭痛、筋肉痛)、嗅覚異常、味覚障害、呼吸困難、胸痛、嘔吐・下痢、腹痛、皮膚病変、関節炎・関節痛、粘膜出血、川崎症候群、心筋炎」とした。
 
結果
 4つの病院に入院した446名の小児患者のうち、438名(98.2%)を対象とした。年齢の中央値は6.5歳(IQR,2.1~13.0歳)であった。209人(47.7%)が基礎疾患を有しており、33人が免疫抑制剤を投与されていた。全体で182名(41.6%)にCOVID-19の疑いのある症状が認められた。最も多い症状は、発熱(126/182 [69.8%])、下痢・嘔吐(83/182 [45.6%])、腹痛(60/182 [33.0%])、上気道感染症状(52/182 [28.6%])、呼吸困難(27/182 [14.8%])、皮膚病変(20/182 [11.0%])であった。
 SARS-CoV-2 PCRは,小児438人中22人(5.0%)で陽性であった。基礎疾患の有無により、SARS-CoV-2感染の頻度に差はなかった(それぞれ9/209 [4.3]対13/229 [5.7],P = 0.63)。SARS-CoV-2 PCR が陽性となる可能性が高い症状は、呼吸困難(positive LR,6.6[95% CI,3.1~14.0])、皮膚病変(positive LR,6.3[95% CI,2.5~15.7])、上気道症状(positive LR,2.9[95% CI,1.5~5.8]),下痢・嘔吐(positive LR,2.3[95% CI,1.3~4.0])であった。また、川崎病症候群と心筋炎もCOVID-19と強く関連していた。これらのパラメータのうち、感度が41%を超えるものはなかった。すべての症状や徴候を組み合わせても、感度はほとんど変わらなかった(55%[95%CI、32%-76%])。陽性となった22人中10人(45%[95%CI,24%-68%])は,COVID-19が疑われる症状や徴候が無かった。このうち、5人にCOVID-19の家族歴があった。COVID-19の症状に関わらず、Ct値の中央値は同じであった。
 

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結論
 症状に基づいてSARS-CoV-2を検査する方法では、SARS-CoV-2に感染した入院中の小児の最大45%を特定できないと考えられる。医療従事者や入院患者への院内感染を防ぐためには、特にロックダウン解除後には、入院するすべての小児の系統的なスクリーニングを検討すべきである。
 
 
この論文に対して、Editorのコメントがありましたので、追加します。
 今回のパンデミックの最も重要な教訓の1つは、現在、事実として受け入れられていることが、来月、あるいは来週には大きく異なる可能性があるということである。このことは、小児のSARS-CoV-2感染症に対する理解によく表れている。
 
 初期の報告では、小児の感染率は成人よりも低く、多くは軽症あるいは無症状であるとされていた。現在、小児が重症化する可能性があること、小児の感染率が以前よりも高くなっていることがわかっている。
 
 今回のPoulineら[4]は、COVID-19と小児についてのパズルに新たなピースを加えました。発熱、上気道症状(咳、鼻炎、扁桃炎、咽頭痛、耳痛、耳炎、結膜炎)、インフルエンザ様症状(無力感、頭痛、筋肉痛など)、嗅覚障害、味覚障害、呼吸困難、胸痛、嘔吐・下痢、腹痛、皮膚病変、関節炎・関節痛、粘膜出血、川崎病症候群、心筋炎を、SARS-CoV-2が疑われる症状・徴候と幅広く定義した。しかし、単一の症状や複数の症状の組み合わせでも、感染者を識別するのに十分な感度は得られなかった。小児科医にとっては、COVID-19が他の多くの一般的な小児のウイルス性疾患と臨床的に区別できないという課題が残っています。
 
 今回の研究で陽性と判定された小児の半数近く(45%)は、入院時に無症状であった。Ct値の中央値(ウイルス量と逆相関)は、症状のある小児と無症状の小児で差がなかった。成人では、症状のない人からの感染することについては、よく知られている。この事実が、小児医療施設における感染予防戦略にとってどのような意味を持つのかは、まだ分からない。
 
 小児患者からのSARS-CoV-2の医療関連感染について述べた論文はほとんどない。フランスの2つの病院で行われた、症状のある医療従事者(HCP)を対象とした前向き研究では、小児の世話をした65人のHCPでCOVID-19が診断された。うち13人は、個人防護具(PPE)を着用せずに感染した患者との密接な接触を少なくとも1回は報告しており、職業感染の可能性が指摘されている。
 
 韓国で最近報告された事例は、入院中の小児患者からSARS-CoV-2の医療関連感染が起こる可能性があることを示している。発熱と脳内出血を伴う9歳の女児が、他の病院からの転院で小児病棟の6床室に入院した。入院当日のSARS-CoV-2のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査は陰性であった。その5日後、SARS-CoV-2のPCR検査は陽性となり、濃厚接触者1人(同室者の母親)が、感染していることが判明した。少なくともエアロゾル発生手順(AGP)がない場合には、医療現場では症状の無い小児患者からの感染は限定的であることを示す限定的な証拠となる。
 
 Poulineらは、医療関連感染を抑制するために、入院中の小児を対象とした系統的なSARS-CoV-2検査を検討すべきだと提案しています。残念ながら、検査キットの入手が困難なため、この戦略が取れない病院もある。米国における現在の感染予防の推奨事項は、感染した無症候性の個人からの伝播のリスクを認め、それを軽減しようとするものである。医療従事者は常にサージカルマスクを着用すべきであり、2歳以上の患者は入院中、布製のフェイスカバーまたはフェイスマスクを着用するように勧められています。これは、小児の患者に対しては言うは易し行うは難しです。