小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

妊婦の新型コロナスクリーニング検査

 COVID-19の流行の拡大により、院内クラスターの報告が相次いでいます。入院時スクリーニング検査で陰性だったのに、入院後発症した例もあります(病気と検査の特性を考えれば、発生して当然ですが…)。
 
 分娩のために入院した妊婦にもPCRスクリーニング検査を実施したらどうなるかを検討した論文です。すでにNEJMでは、流行ピークの時期のニューヨーク(人口839万人で毎日1万人以上の新規感染者)で、妊婦の13%以上が陽性で、そのほとんど(87.9%)が無症状であったとのかなり衝撃的な報告があります。
 すごい数ですが、ニューヨークでの流行状況を考えるとやむを得ないかな、という印象を持ちます。今の日本の状況(1億2千万人で4000人程度)で実施するとどうなるか、知りたいところです。
 
 
 今回紹介するのは、2020年3月の新規患者数のピークを乗り切った直後のスペイン・マドリッドで実施した妊婦スクリーニングの結果です。マドリッドの1日あたり患者数にはたどり着けませんでしたが、スペイン全土(人口4600万人)で、新規患者数が1日5000人から500人に減少する時期に当たります。人口100万人あたりでは、100名→10名程度に減少する時期です。日本は、1日あたり33名/100万人の患者が出ていますので、日本の状況に近い医療現場での研究だと思います。
 
要点
100万人あたり10-100名の新規感染者が出ている地域で妊婦スクリーニングをすると
・無症状妊婦の陽性率は0.5%程度
・症状がある妊婦は7名中1名が陽性
 
場所
ニューヨーク
日本
1日あたり
新規患者数
1200人/100万人
(1万人/840万人)
10-100/100万人
(500-5000/4600万人)
33/100万人
(約4000人/12000万人)
無症状妊婦の
PCR陽性率
13.5%
0.5%
不明
 
Universal screening for SARS-CoV-2 before labor admission during Covid-19 pandemic in Madrid
Herraiz I, et al. J Perinat Med. 2020; 48: 981.
 
 
目的
 分娩のために入院した無症状の女性から、COVID-19が拡大する可能性がある。そのため、入院時のユニバーサルスクリーニングが提案されている。本研究の目的は、陣痛で入院した女性を対象に、定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(qRT-PCR)検査を用いた SARS-CoV-2 のユニバーサルスクリーニングの性能を評価することである。
 
方法
 マドリードの大規模な産科病院で、2020年4月8日から5月2日までの間に分娩のために入院した妊婦のコホートを対象とした後方視的観察研究。鼻咽頭・口腔スワブを合わせたものからのqRT-PCRによるSARS-CoV-2スクリーニングを実施した。
 
結果
 212 例の患者が対象となった。入院前にCOVID19の診断を受けたいた9例は除外した。残りの203人の患者で、7人がCOVID-19に関連した症状を訴えたが、qRT-PCRが陽性であったのは1人だけであった。無症状の194人のうち、qRT-PCR陽性は1例(0.5%)のみであった。
 
結論
分娩のため入院した無症候妊婦におけるSARS-CoV-2のPCR陽性率は、患者数がピークを超えた時期において0.5%のみであった。
 

f:id:PedsID:20210129064735p:plain

 日本で、頑張って無症状妊婦のスクリーニング検査をしても、かなり陽性率は低いと思われます。PCR陰性で安心するより、入院後の標準予防策を徹底し、ユニバーサルマスク、分娩時の飛沫感染対策を十分に行うことの方が重要と思います。
 

虫垂炎が穿孔した時の抗菌薬は?

 虫垂炎穿孔による腹膜炎は、適切な抗菌薬投与と迅速な手術・ドレナージ(最近は保存的に頑張ることも多いが)が必要な病態です。抗菌薬に関しては、広域抗菌薬が選択されやすいですが、緑膿菌までカバーが必要かを検討した研究です。
 
要点
・穿孔性虫垂炎の手術では、緑膿菌までカバーしても術後合併症の発症率は変わらない。(セフトリアキソン+メトロニダゾールと同じ)
・ただし本研究では、カテコラミンを必要とするショックや免疫不全状態の患者は除外されている。
 
Comparative Effectiveness of Ceftriaxone plus Metronidazole versus Anti-Pseudomonal Antibiotics for Perforated Appendicitis in Children
Hamdy RF, et al. Surg Infect (Larchmt). 2019;20:399.
 
背景:
 虫垂炎は小児外科で最も一般的な緊急手術であり、入院中の小児において抗菌薬が使用される最も一般的な疾患の1つである。抗菌薬の選択は小児医療施設によって大きく異なり、穿孔性虫垂炎に対する最適なレジメンは不明である。
 
方法:
 我々は、第三次医療施設であるフィラデルフィア小児病院において、穿孔性虫垂炎の初期抗菌薬レジメンを比較する後方視的コホート研究を行った。2011年1月から2015年3月までの間に穿孔性虫垂炎に対して外科手術を受けた小児患者をICD-9コードで同定し、カルテで確認した。診断の48時間以上前から入院していた患者、虫垂炎の既往歴がある患者、カテコラミンを投与された患者、免疫不全者、または診断後2日以内にセフトリアキソン+メトロニダゾール(CTX/MTZ)以外の抗菌薬レジメン、または抗緑膿菌薬(セフェピム、ピペラシリン/タゾバクタム、シプロフロキサシン、イミペネム、メロペネム)を投与されていた患者は除外した。主要アウトカムは、術後合併症の頻度(退院後6週間以内の創部感染または膿瘍である。
 
結果:
 対象となった353例のうち、252例(71%)にCTX/MTZが投与され、その他の例には抗緑膿菌薬が投与された。術後合併症はCTX/MTZ群で37例(14.7%)、抗緑膿菌薬群で18例(17.8%)に発生した。抗菌薬関連の合併症は、CTX/MTZ群では4.4%、抗緑膿菌薬群では6.9%に発生した(p=0.32)。多変量ロジスティック回帰モデルで、性別、年齢、人種、発症前の症状の持続期間を調整したところ、抗緑膿菌薬投与群の術後合併症の調整オッズ比は1.25(95%信頼区間0.66-2.40)であった。
 
結論:
 CTX/MTZとより広いスペクトルのレジメン(抗緑膿菌薬群)では、術後合併症の発生率に差はなかった。
 
 

 

抗菌薬
合併症あり
Odds比
(95% CI)
p値
CTX/MTZ
37/252例 (14.7%)
[Ref]
 
緑膿菌
18/101例
(17.8%)
1.26
(0.7-2.3)
0.46

 

CTX/MTZと比較された抗緑膿菌薬群の処方は、
シプロフロキサシン+メトロニダゾールが68例
ピペラシリン/タゾバクタムが36例
でした。
外科医による抗菌薬選択もまちまちで
緑膿菌薬を全く使わない外科医から60%の症例で抗緑膿菌薬を使う外科医までいました。
 結論としては、カテコラミンを使用するようなショック、免疫不全が無ければ、虫垂炎がたとえ先行していても、セフトリアキソン+メトロニダゾールで十分と考えられる。

f:id:PedsID:20210128061304p:plain

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

バンコマイシンヘテロ耐性は治療失敗を増やすかも

 連続でバンコマイシンヘテロ耐性の話題です。St. Jude病院で白血病患者のコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CoNS)によるカテーテル関連血流感染症を対象にした研究です。
 ヘテロ耐性がある株(すべてが表皮ブドウ球菌)と無い株で、患者背景や予後を検討しました。後方視的な検討なので、限界はありますが、それでも、ヘテロ耐性は患者の予後を悪化させる可能性があります。
 
要点
バンコマイシンの予防的投与が行われた患者で、バンコマイシンヘテロ耐性が検出されやすい。
バンコマイシンヘテロ耐性株が原因となると、治療失敗のリスクが高くなる
 
 
Vancomycin Heteroresistance and Clinical Outcomes in Bloodstream Infections Caused by Coagulase-Negative Staphylococci
Dao TH, et al. Antimicrob Ageents Chemother. 2020;64:e00944-20.
 
 コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CoNS)は、免疫不全患者における重症感染症や再発性感染症の一般的な原因菌である。ほとんどの分離株はバンコマイシンに感受性があるように見えるが、1つの株に薬剤耐性を有する亜集団が存在する場合がある。この現象はヘテロ耐性と呼ばれ、治療に対する反応に悪影響を及ぼす可能性がある。St. Jude Children's Research Hospitalで治療を受けた小児白血病患者で、CoNSによる中心静脈カテーテル関連血流感染症(CLABSI)を発症した患者を対象に、後方視的コホート研究を行った。入手可能な分離株を配列決定し、集団解析プロファイリング(PAP)によりバンコマイシンヘテロ耐性の検査を行った。ヘテロ耐性の危険因子およびヘテロ耐性と治療の失敗(死亡または感染の再発)またはバンコマイシン療法に対する臨床反応不良(バンコマイシン開始後の治療失敗または持続的な菌血症)との関連が評価された。CoNSによるCLABSIを発症した65人の対象患者について、62の初期分離株が評価可能であった。そのうち24株(39%)がバンコマイシンヘテロ耐性であった。ヘテロ耐性株はすべてStaphylococcus epidermidisであり、複数のSTから構成されていた。ヘテロ耐性株が検出された患者では、感染前の60日間にバンコマイシンの予防投与を受けている割合が多かった(P=0.026)。臨床転帰について評価可能な40人の患者のうち、ヘテロ耐性は治療失敗(P=0.012)と臨床的な治療反応不良(P=0.001)のリスクを増加させた。この影響は同定された交絡因子を調整した後も認められた。この結果から、バンコマイシンヘテロ耐性は小児白血病患者のCLABSIから分離されたCoNS分離株でよく見られ、治療成績の悪化と関連していることを示している。これらの知見を独立したコホートで検証し、ヘテロ性感染症患者において代替抗菌薬の効果を評価することは、重篤なCoNS感染症に対するケアを改善する可能性がある。
 

f:id:PedsID:20210127071214p:plain

(繰り返しになりますが、このヘテロ耐性という現象自体を認めないという立場の専門家もいます。私自身としては、まだ勉強中ですので、強いことは言えませんが、臨床的な治療失敗の原因として、あっても良いのではないかと思います。CoNSのCLABSIの場合には、重症例では早期のカテーテル抜去、十分量のバンコマイシンを投与し、改善しない場合には、早めにダプトマイシンなどの代替薬に切り替えることが重要と思います。)

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

バンコマイシン感受性株の治療失敗はヘテロ耐性を考慮

 Gram陽性ブドウ球菌は、黄色ブドウ球菌とコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(CNS)からなります。メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(いわゆるMRSA)は40%程度、メチシリン耐性CNS(MRCNS)は70−80%程度の頻度で国内では見られます。
 バンコマイシンの最小発育阻止濃度(MIC)が、2μg/mL以下がバンコマイシン感性になります。国内では、バンコマイシンでの治療が困難なVISAやVRSAの報告はほとんどありません。
 しかし、バンコマイシン感受性の菌の集団が中のごく一部にバンコマイシン低感受性の菌が混じっている事があります。この状態をバンコマイシンヘテロ耐性といいます。問題点は、一般的な検査でバンコマイシンが無効の菌が混じってますよとわかれば良いのですが、通常の細菌検査では判断出来ません
 つまり、バンコマイシンのMICが2μg/mL以下の「バンコマイシン感性」と判定されるのに、実際には「バンコマイシンでの治療が困難」となります。
 ただ、臨床からの報告が、ほとんど海外のもので、ヘテロ耐性がどれだけ日本で一般的なことなのかは不明です。
 ただし、このヘテロ耐性という概念自体に疑問を呈する専門家もいるので、バンコマイシンでの治療失敗例を、ヘテロ耐性のせいにして、適切なトラフ値の維持や感染巣の除去をおろそかにしてはいけない
 
ポイント
バンコマイシンのMICが2μg/mL以下でも、バンコマイシン無効の菌がいる(可能性)
・「十分量のバンコマイシンを投与し、感染巣のコントロールを行ったにも関わらず菌血症が持続する」時、バンコマイシンヘテロ耐性も考え、バンコマイシンにこだわらず他の系統の抗菌薬(ダプトマイシンなど)に変更する事が重要。
 
Vancomycin heteroresistance in coagulase negative Staphylococcus blood stream infections from patients of intensive care units in Mansoura University Hospitals, Egypt
Mashaly GES, et al. Ann Clin Microbiol Antimicrob. 2017;16:63.
 
背景
 近年、コアグラーゼ陰性黄色ブドウ球菌(CoNS)におけるバンコマイシンヘテロ耐性は、特に血流感染症のような重感染症の治療の失敗につながる可能性があるため、注目されている。Mansoura大学病院(MUHs)の集中治療室(ICU)患者の血流感染症の原因となるCoNSにおけるバンコマイシンヘテロ耐性の有病率については、ほとんど情報が得られていない。
 
方法
 本前向き研究では、2014 年 1 月から 2016 年 3 月までの期間に血流感染症の臨床症状を呈した ICU 患者から採取した 743 例の血液サンプルを対象とした。ルーチン検査でコアグラーゼ陰性ブドウ球菌を同定した。菌株同定は、API Staph 32で行った。オキサシリン耐性CoNSはcefoxitinディスク拡散法により同定した。分離されたCoNSのバンコマイシンに対する感受性試験はバンコマイシン寒天希釈法を用いて行った.オキサシリン耐性についてはPCRによるMec A遺伝子検出を行った。バンコマイシンヘテロ耐性のスクリーニングは、4μg/mLのバンコマイシンを含むbrain heart infusion(BHI)寒天を用いて行った。バンコマイシンヘテロ耐性の確認は、population analysis profile(PAP)により行った。
 
結果
 臨床的に血流感染が疑われる患者から,合計58株がCoNSとして同定された.確認された菌種は、S. epidermidis33株(56.9%)、S. capitis12株(20.7%)、S. haemolyticus7株(12.1%)、S. lugdunensis3株(5.2%)であった.3株はAPI Staph 32で同定不可能であった。オキサシリン耐性菌は44株(75.9%)であった。オキサシリン耐性株の全株にMec A遺伝子が検出された。また、寒天希釈法によるバンコマイシンのMICは全株が感受性であった。9株(15.5%)が4μg/mLのバンコマイシンを含むBHI寒天培地で生育した(バンコマイシンヘテロ耐性)。これらの分離株はPAPからvancomycinに対する耐性のプロファイルが不均一であった。
 
結論
 バンコマイシンヘテロ耐性のCoNSは、ICU患者において、認識されていないが増加しつつある問題である。これらの分離株はバンコマイシンに対して感受性を示すMICを有している。これらの高リスク患者の臨床転帰を改善するためには,スクリーニング法が推奨される。
 
 

f:id:PedsID:20210126061018p:plain

 細菌検査室のルーチンの測定では、すべての株でバンコマイシンのMICは2μg/ml以下

→つまり「バンコマイシンは効く」ことになる

 しかし、実際には…

f:id:PedsID:20210126061132p:plain

 9株のPAP。バンコマイシン濃度が4μg/mL以上でも、発育していることがわかる。
 

f:id:PedsID:20210126061212p:plain

 バンコマイシンヘテロ耐性を示した株のプロファイル

 検査室で測定されたバンコマイシンのMICは、1か2なのに関わらず、PAPのMICは10以上を示していた

化膿性頸部リンパ節炎と川崎病を見分ける

 川崎病は、小児に多い血管炎症候群です。発熱、発疹、口唇変化、手掌足底の変化、眼球結膜充血、頸部リンパ節腫脹が特徴的な疾患です。すべてが揃えば、診断は容易ですが、そうでない症例も多いです。
 割と年長児で多いのが、「発熱+頸部リンパ節腫脹」で、化膿性リンパ節炎と区別がつかないというパターンです。(lymph-node-first presentationとも言う)
 抗菌薬を投与しながら、様子を見るのですが、早く診断したい気持ちになります。韓国から、化膿性リンパ節炎とlymph-node-firstの川崎病を鑑別するために、診断ツリーを検討した報告です。感度89.5%、特異度88.9%と、診断精度はかなり良いのですが、やはり悩む症例は悩みますし、診断的治療を兼ねて大量ガンマグロブリン療法を行わざる得ない症例も、どうしても残ります。
 
 Lymph-node-firstの川崎病らしい症例は
・画像検査で膿瘍がない(多胞性リンパ節炎)
・抗菌薬開始後に、CRPが上昇している
 ということになります。
 
Prediction Model for the Differential Diagnosis of Kawasaki Disease and Acute Cervical Lymphadenitis in Patients Initially Presenting with Fever and Cervical Lymphadenitis
J Pediatr. 2020; 225: 30-36.
目的
リンパ節腫脹を初発症状とした川崎と化膿性頸部リンパ節炎を鑑別するために、臨床検査マーカーと画像所見を使用したアルゴリズムを開発すること。
 
方法
発熱と頸部リンパ節腫脹を初診時に呈した小児入院患者を対象とした。群間比較または単変量ロジスティック回帰分析により、化膿性頸部リンパ節炎と鑑別を鑑別するための因子を同定した。
 
結果
 対象患者を以下の2つのコホートに分けた:トレーニンコホート(206人)と検証コホート(103人)。トレーニンコホートのデータから作成したモデルには、3つの決定因子が含まれた:①頸部CTまたは超音波検査で膿瘍を認める、②血清CRPの変化率、③好中球数の変化率である。検証コホートに対するモデルの鑑別能力は、優れていた(感度89.5%、特異度88.9%、PPV95.8%、NPV75.0%、全体の診断精度89.3%、Youden指数0.784)。
 
結論
 本研究で作成したモデルは、リンパ節腫脹を初発症状とした川崎と化膿性頸部リンパ節炎を高精度に鑑別することができた。臨床応用には多施設データに基づく外部検証が必要である。
 

f:id:PedsID:20210123182711p:plain