小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

感染性心内膜炎の初期治療のまとめ

感染性心内膜炎(IE)は突然やってくる…。
IEの初期治療は、ガイドラインの該当箇所が分かりにくく、
急いで治療したいのに、なかなか見つからなくて焦ることがあります。
 
起炎菌が判明していないIEの初期治療のレジメンをまとめました
ペニシリンアレルギーの場合などは省略しております)
なんというか、JCS(日本)の独自路線っぷりが、なかなかすごいと思います。
まじで左心系IEでもダプトマイシン使うのか…という感じです。
 
おおまかな考え方としては
・初期治療は外したくないので、ブドウ球菌、連鎖球菌、陰性菌をカバー
 (カンジダまではカバーしない)
急性は黄色ブドウ球菌が多く、亜急性は連鎖球菌が多い
 (でも、発症形式だけで起炎菌は語れない)
人工弁IE(医療曝露があるので)、MRSAと陰性菌をしっかりカバーする。
人工物があれば、リファンピシンを追加する
市中MRSAが多い地域や重症度が高い場合には、MRSAをカバーする。
 
臨床状況
 
AHA成人1)
急性発症
VCM + CFPM
亜急性発症
VCM + ABPC/SBT
術後1年未満の人工弁IE
VCM + RFP + GM + CFPM
術後1年以上の人工弁IE
VCM + CTRX
AHA小児2)
市中発症の自然弁IE
術後1年以上の人工弁IE
ABPC/SBT + GM ± VCM
(人工弁IERFP追加)
院内発症
術後1年未満の人工弁IE
VCM + GM + (CFPM or CAZ)
(人工物留置あればRFP追加)
ESC3)
市中発症の自然弁IE
術後1年以上の人工弁IE
 
術後1年未満の人工弁IE
院内発症または医療関連IE
VCM + GM + RFP
JCS4)
MRSAの可能性低い自己弁IE
ABPC/SBT+CTRX
MRSAの可能性ある自己弁IE
DPT + (ABPC/SBT or PAPM/BP)
人工弁IE
VCM + GM, DPT + CTRX, DPT + PAPM/BP
ABPC/SBT:アンピシリン・スルバクタム、GM:ゲンタマイシン、VCM:バンコマイシンRFP:リファンピシン、CFPM:セフェピム、CAZ:セフタジジム、DPT:ダプトマイシン、PAPM/BP:パニペネム・ベタミプロン
 
  • 1)Baddour LM, Wilson WR, Bayer AS, et al: Infective endocarditis in adults: diagnosis, antimicrobial therapy, and management of complications: a scientific statement for healthcare professionals from the American Heart Association. Circulation 132: 1435-1486, 2015.
  • 2) RS, Gewitz M, Baddour LM, et al: Infective endocarditis in childhood: 2015 update: a scientific statement from the American Heart Association. Circulation 132: 1487-1515, 2015.
  • 3)Habib G, Lancellotti P, Antunes MJ, et al: ESC guidelines for the management of infective endocarditis: the task force for the management of infective endocarditis of European Society of Cardiology (ESC). Eur Heart J 36: 3075-3128, 2015.
  • 4)日本循環器学会: 感染性心内膜炎の診断と治療に関するガイドライン 2017年改訂版 https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_nakatani_h.pdf 
 
 

やっぱりブドウ球菌用ペニシリンは必要だよね

当院の浅見先生の論文です。
欧米では、MSSA(メチシリン感性黄色ブドウ球菌)の感染性心内膜炎(IE)の治療は、ナフシリンやオキサシリンなどのブドウ球菌ペニシリンが使用されますが、日本には有りません。代替薬として、セファゾリンが使用されます。
多くはこれで問題ないのですが、唯一「中枢神経病変を合併したIEでは、セファゾリンは髄液移行が悪く、治療できません。今回は、そんな症例を経験したので、
「やっぱりブドウ球菌ペニシリンは必要だよ」
と訴えたかったので、論文化しました。
 
浅見先生、publishおめでとうございます!!
 
細菌性髄膜炎を合併したメチシリン感性黄色ブドウ球菌による感染性心内膜炎
 
日本小児科学会雑誌 2020;124(11):1614
群馬県立小児医療センター 浅見雄司, 清水彰彦, et al.
 
■要旨
 黄色ブドウ球菌は近年,感染性心内膜炎(IE)の最も多い原因の一つである.ブドウ球菌ペニシリンASP)が使用できない本邦では,黄色ブドウ球菌IEの治療には通常セファゾリンが用いられる.しかし,セファゾリンは髄液移行性が低く,髄膜炎を合併したIEに対する使用は不適切である.我々は,細菌性髄膜炎を合併したメチシリン感性黄色ブドウ球菌(MSSA)によるIEの症例を経験した.
 症例はアトピー性皮膚炎で治療中の12歳男児で,発熱と意識障害を主訴に前医を受診した.髄液穿刺で多核球優位の細胞数増加を認め,血液培養からMSSAが検出され,心臓超音波検査で僧帽弁に付着する疣腫と僧帽弁逸脱を認めた.髄膜炎を合併したIEと診断され当院に転院し,翌日,疣腫除去術と僧帽弁形成術を施行した.ASPの代替薬としてセフォタキシムとバンコマイシンを併用した.6週間抗菌薬で治療を行い,後遺症なく退院した.
 本症例は,僧帽弁逸脱症とアトピー性皮膚炎がIE発症の原因となった可能性がある.ASPが使用されるべき症例であったが,本邦ではASPが未承認のため治療薬の選択肢が少なく,代替薬を使用した.国内でのASPの早期発売と抗菌薬供給の安定化は,ブドウ球菌による心内膜炎と髄膜炎の治療の質を改善するために重要である.
 

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BCG(TOKYO-172株)の副作用(タイからの報告)

 BCGは日本でも定期接種になっているワクチンです。結核の発症(特に重症化)を防ぐ効果が高く、多くの国で実施されています。
 この論文は、タイからのBCG副作用の報告です。タイでは、BCGワクチンは生後すぐに接種し、皮内注射になります。日本とは接種時期・方法とも異なりますが、重要な副作用は同じです。写真も豊富なので、勉強になります。
 
要点
・BCGワクチンの副反応は、リンパ節炎が最多
・まれに骨炎や播種性感染症が生じる
重篤な副反応を起こした症例は、先天性免疫不全症候群の可能性がある
 
Clinical features and outcomes of Bacille Calmette-Guérin (BCG)-induced diseases following neonatal BCG Tokyo-172 strain immunization
Vaccine. 2018; 36: 4046
 
背景:出生時に接種するBCGワクチン(注:日本では5-8ヶ月での接種が推奨)によって、軽度の副反応が見られることがある。しかし、重篤な副反応もまれに報告されている。
 
目的:BCGワクチン(TOKYO-172株)(注:日本と同じもの)による副反応のうち、バンコクの小児3次医療機関に受診が必要となった症例の臨床的な特徴と予後を調査すること。
方法:我々は、2007年1月から2016年12月まで、ICD-10に基づく病名で選ばれた患者の診療録を後方視的にレビューを行った。対象は、3歳未満で、リンパ節炎・骨炎・播種性感染症を起こした患者でBCGが原因と推定されれる症例である。症例は、疑い例(臨床的にはBCG感染症に合致するが検査室で確定ができなかった症例)、強い疑い例(M. tuberculosis complexが検出されてた症例)確定例(検査室でPCRでM. bovis BCG株が同定された症例)に分類した。
 
結果:95名の小児患者が対象となった。57%(60%)は男児で、年齢中央値は、3.5ヶ月(範囲: 0.6-28.7)であった。25例(26.3%)が疑い例、49例(51.6%)が強い疑い例、21例(22.1%)が確定例であった。87例(92%)が局所のリンパ節炎、5例(5%)が骨炎、3例(3%)が播種性感染症であった。リンパ節炎のリンパ節は平均2.2cm (範囲: 0.7-5)で、53%で肺病変を認めた。5例が免疫不全症候群と診断され、内、3名は播種性BCG感染症、2名がリンパ節炎であった。8例が穿刺排膿を実施し、57例が外科的に摘出を行った。骨炎は、全例が外科的処置と抗結核薬の内服を行った。1例が、後遺症として脚長差を残した。
 
結論:局所リンパ節炎は、BCG感染症として、最も一般的である。BCG骨炎患者に、一人も先天性免疫不全症候群の患者がいなかったのは、BCGの病原性が新生児には強いのかもしれない。BCG副反応の発生頻度の把握と有効なワクチン政策の立案のためには、体系的なサーベイランスシステムの構築が必要である。
 

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 日本と注射法が異なる皮内注射ですので、注射痕の印象が異なります。

 

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 BCG骨炎や播種性感染症が、接種後6ヶ月以降にしか見られません。発症まで時間がかかるのが特徴です。
 

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 骨炎の好発部位は下肢です。この研究でも、大腿骨や脛骨に病変が見られています。他にも胸骨や肋骨にも起きます。

 

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 播種性感染症が起きた3例は全例が先天性免疫不全症候群でした。2名が重症複合免疫不全症(SCID)、1名がWiscott Aldrich症候群でした。発症時期は、6.5ヶ月、23.7ヶ月、9.5ヶ月となっています。SCIDなら、それまでに他の感染症を発症して、診断されているように思います。
 

乳児のCMV肝炎は、IgM陰性でも「全然」否定できない!

 今後、「乳児の肝機能異常」を診た時、サイトメガロウイルス(CMV)精査の方針を大きく変えないといけないと痛感した、びっくり論文です。結構、CMV-IgM陰性だけ確認して、CMVをなんとなく否定していましたが、これからは血中CMV-DNAを出します。
 
要点
・CMV肝炎の症状は、生後3ヶ月未満は、黄疸が多い。3ヶ月以降は、発熱・上気道症状が多い。
・生後3ヶ月以降は、ビリルビンが上昇しない。
・CMV特異的IgMの感度はとても低い(29%)。尿中CMV-DNAも感度イマイチ(57%)。血液CMV-DNAが最も感度が高い(81%)。
 

Characteristics and prognosis of hepatic cytomegalovirus infection in children: 10 years of experience at a university hospital in Korea

Korean J Pediatr. 2017; 60: 261.
 
目的:免疫正常児におけるサイトメガロウイルス(CMV)感染症に関する研究は不足しており、CMV肝炎の症状や合併症に関する情報は医学的文献でほとんどない。本研究の目的は、CMV肝炎を発症した小児の臨床的特徴、検査データ、予後を評価し、韓国の一医療機関における10年間のCMV肝炎の有病率を調査することであった。
 
方法:特定のマーカー(IgM、血中および尿中PCR、尿中CMV培養)に基づいてCMV感染症と診断された132名の小児を対象とした。CMV肝炎の臨床的症状・検査・転帰について検討した。
 
結果:年齢中央値(n=132)は 8.5ヵ月(範囲、14日-11.3 歳)であった。総ビリルビンの最高値は0.11-21.97mg/dL,ALTの最高値は5-1,517IU/Lであった。ALTの上昇は2-48週間持続した。黄疸は乳児期のCMV肝炎の最も一般的な臨床症状であった.CMV 肝炎では貧血,白血球上昇,単球上昇が認められた.ガンシクロビルの投与なしに全例が回復した。
 
結論:小児のCMV肝炎では、発熱が初発症状として最も多かった。3ヶ月未満では、黄疸が最もよく見られる所見であった。免疫正常の小児におけるCMV肝炎では、ほとんどの患者の転帰は良好で、基本的に抗ウイルス療法を必要としない自然治癒する疾患である。
 
 
症状
3ヶ月未満
(73例)
3ヶ月以上
(59例)
合計
(132例)
黄疸
68
1
69 (52%)
発熱
22
33
55 (42%)
上気道症状
19
29
48 (36%)
消化器症状
13
21
34 (26%)
子宮内発育遅延
17
10
27 (21%)
体重増加不良
17
6
23 (17%)
リンパ節腫脹
0
6
6 (5%)
皮膚症状
1
3
4 (3%)
肝腫大
0
2
2 (2%)
痙攣
0
1
1 (1%)
小頭症
1
0
1 (1%)
 
検査
3ヶ月未満
(73例)
3ヶ月以上
(59例)
合計
(132例)
AST/ALT上昇
69
59
128 (97%)
Bil上昇
68
1
69 (52%)
貧血
40
10
50 (38%)
白血球増加
6
14
20 (15%)
単球増加
28
34
62 (47%)
リンパ球増加
10
21
31 (24%)
 
検査陽性率
3ヶ月未満
(73例)
3ヶ月以上
(59例)
合計
(132例)
血液IgM
14/73 (19.2%)
25/59
(42.4%)
39/132 (29.5%)
血液PCR
60/73
(82.2%)
47/59
(79.7)
107/132 (81.1%)
尿PCR
32/73
(43.8%)
44/59
(74.6%)
76/132 (57.6%)
尿培養
42/73
(57.5%)
32/59
(54.2%)
74/132 (56.1%)

 

解説
 この研究は、韓国のCHA Medical Centerで実施された後方視的研究である。2005年から2015年に、CMV感染が証明された肝機能障害を呈した0ヶ月から15歳までの小児が研究対象となった。CMV感染の診断は、CMV特異的IgM、血液PCR、尿PCR、尿CMV培養のいずれかが陽性となった症例である。特に3ヶ月未満の症例と3ヶ月以上の症例に分けて、臨床像や検査の特徴を解析している点が興味深い。この研究では先天性CMV感染と周産期感染(後天性感染)を区別していない点と、肝臓の組織学的評価がないので、肝機能障害の原因がCMVとは断定できない点が、limitationである。
 
 臨床症状については、3ヶ月未満では黄疸が圧倒的に多く、IUGRや小頭症、体重増加不良など先天性CMV感染を示唆する症状を呈する症例も認められる。一方、3ヶ月以上では、黄疸を呈することは、ほとんど無い。発熱、上気道症状、消化器症状などが多く認められる。
 
 検査結果は、肝機能障害を呈した症例を対象にしているので、当然、AST/ALT上昇やBilの上昇している症例が多い。3ヶ月を超えるとBil上昇がほとんどないのは興味深い。3ヶ月未満では貧血が多い点や、3ヶ月以降では単球増加やリンパ球増加が多い点が特徴的である。
 
 個人的に、一番驚いたのは診断のための検査である。CMV特異的IgMの陽性率は29.5%と低い。3ヶ月未満に至っては19.2%しか無い。これは乳児期早期は免疫系の発達が未熟で、特異的IgMを産生する能力が低いためであるが、それにしても低い。つまり、CMV IgM陰性でも「全然CMV感染を否定できない」のである。尿中CMV-DNAの感度は、IgMよりは良いが、それでも不十分である。血液CMV-DNAは感度が最も高いので、積極的に使用するべきである。これは、個人的には今後の自分の診療を変えると思う点である。
 
 予後に関しては、フォローアップできた46例中33例が4ヶ月以内に肝機能が改善したとしている。改善するにしても、かなり時間がかかる病気である。