小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

トランスクリプトーム解析を用いてMIS-Cを診断する

 小児多系統炎症性症候群(MIS-C)は、コロナ後の合併症として知られています。川崎病に似た症状が見られますが、相違点も多く、別の病態と考えられています。診断基準も、日本小児科学会から提唱されていますが(chrome-extension://efaidnbmnnnibpcajpcglclefindmkaj/https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/202105120_mis-c_st.pdf)、川崎病でも満たしてしまうため、臨床的に厳密に分けることは難しいと感じています。
 サイトカインの特徴を解析したりして、違いを検討した報告も多くあります。
 
 今回紹介する研究は、トランスクリプトーム解析という手法を用いた研究です。私も、門外漢なので詳しいことは知りませんが、メッセンジャーRNA(mRNA)の量を測定することで、各遺伝子の発現量を計測します。それにより、各々の疾患で、ヒトのどの遺伝子の発現が活発になるか、抑制されるかという特徴を見ることができます。
 
要点
・MIS-Cと、川崎病感染症を区別するのに有用な遺伝子は5つ(HSPBAP1、VPS37C、TGFB1、MX2、TRBV11-2)。
・これらの発現量を解析すると、非常に高い確率で、MIS-Cと他の病気を区別できる。(AUC 93−96%くらい)
 
Diagnosis of Multisystem Inflammatory Syndrome in Children by a Whole-Blood Transcriptional Signature.
J Pediatric Infect Dis Soc. 2023 Jun 30;12(6):322-331. 
 
背景
小児の多系統炎症症候群(MIS-C)を川崎病(KD)、細菌感染症、ウイルス感染症と区別し診断するため、血液トランスクリプトームの特徴を同定することを目的とする。
 
方法
2020年4月から2021年4月までに英国およびEUの研究参加医療機関において、MIS-Cを呈した小児を対象にした。全血RNAシークエンスを実施し、MIS-C(n=38)のトランスクリプトームを、KD(n=136)、細菌感染症(DB;n=188)、ウイルス感染症(DV;n=138)のトランスクリプトームと比較した。MIS-C群と比較群間で有意に発現が異なる遺伝子(SDE)を同定した。MIS-Cを他の疾患と最適に区別する遺伝子を同定し、その後RT-qPCRアッセイに変換し、MIS-C(n=37)、KD(n=19)、DB(n=56)、DV(n=43)、COVID-19(n=39)の症例において、検証して評価した。
 
結果
検索段階では、5696遺伝子が、MIS-Cと比較群間でSDEになった。更に、5つの遺伝子がMIS-C診断バイオマーカーとして同定された(HSPBAP1、VPS37C、TGFB1、MX2、TRBV11-2)。AUCは96.8%(95%CI:94.6%-98.9%)を達成し、RT-qPCRアッセイに変換された。5遺伝子からなるRT-qPCRの組み合わせ(signature)は、独立した検証症例において、MIS-CをKD、DB、DVと区別する際に93.2%(95%CI:88.3%-97.7%)のAUCを達成した。
 
結論
5遺伝子の血中でのRNA発現量を用いて、MIS-Cは、KD、DB、DV群と区別できた。Signatureに含まれる遺伝子数が少なく、検索段階と検証段階の両方で良好な結果が得られたことから、MIS-Cの診断テストを開発することが可能になるはずである。