小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

MRSAの鼻腔監視培養は意味があるか?

 ICUなど重症者が多い病棟では、MRSAの鼻腔監視培養を行うことがあります。細菌培養検査は、感染症が疑われる時に、疑われる場所から採取」するのが原則ですが、監視培養は、一律に検査して、どの患者が鼻腔内にMRSA保菌をしているかを明らかにする検査です。(なので検出されるMRSAは患者に悪さをしていません)
 これを行う目的・意味としては、病棟内でMRSAの伝播が起きていないかを確認する(院内感染対策の指標)こと、そして、心臓外科手術前の除菌や周術期抗菌薬を決定する根拠とするため(MRSA保菌者は除菌を行い、周術期は抗MRSA薬を使用する)、という事になります。
 本研究は、MRSAの監視培養(鼻腔をスワブで拭ってMRSAの有無を培養で確かめること)の意義を小児で検討したものです。MRSA保菌を保菌すると、一定の割合でMRSA感染症を引き起こします。特に基礎疾患がある患者さんや重症者では、生命予後が悪くなることが知られています。
 また、院内発症の感染症では、MRSAをカバーするかは大きな問題です。MRSAをカバーする場合には、バンコマイシンなど(面倒くさい)抗MRSA薬を追加する必要があります。抗MRSA薬の多くは、副作用が多い、血中濃度測定が必要(小児では結構大変)、コストが高いなどの問題があり、臨床医なら、避けたい選択肢です。
 
要点
MRSA監視培養が陰性の小児患者165名が対象→大多数がICUに入院(重症例)
・124名から感染症の原因菌が検出されたが、MRSAは1名のみであった。
・陰性適中率(監視培養陰性なら、MRSA感染症ではない確率)は、99.4%であった。
・つまり、MRSA監視培養が適切なタイミングで採取されていれば、抗MRSA薬の投与は避けられる(または早期終了)できる可能性が高い。
 
The Clinical Utility of MRSA Nasal Surveillance Swabs in Ruling-Out MRSA Infections in Children.
J Pediatric Infect Dis Soc. 2023 Apr 18;12(3):184-187.
 
Abstract
小児においてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌MRSA)鼻腔培養(監視培養)の有用性については、十分に分かっていない。この研究では、後方視的コホート研究である。感染症が疑われ入院し、感染巣と推定される部位の臨床検体が得られた小児 165 例が対象となった。MRSA 監視培養が初回陰性であった場合の、陰性適中率は 99.4%であった。
 
 
はじめに
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌MRSA)を検出する監視培養は、バンコマイシン、クリンダマイシン、ST合剤などの抗MRSA活性を有する抗菌薬の使用を減らすための診断補助として提案されている。抗MRSA薬の削減により、CDI、腎障害、アレルギー、コストの減少が期待できる。や不快感の低減と関連しています。
ただし、MRSA 監視培養の有用性は、主に入院中の成人患者で研究され、小児のデータは少ない。本研究の目的は、細菌感染が強く疑われる入院小児におけるMRSA監視培養の臨床的有用性を調査することである。また、監視培養が、その後の入院中のMRSA感染の予測因子となるか明らかにすることとした。
 
方法
2020年7月~12月にジョンズ・ホプキンス病院に入院した18歳以下の患者のうち、入院中に少なくとも1回MRSA監視培養が採取された患者を対象に、後方視的コホート研究を実施した。患者は、最初のMRSA監視培養陰性で、その後、感染症専門医が定めたルールを用いて、感染巣と考えられる部位の培養が得られた場合に、研究対象とした。初期治療で抗MRSA薬が投与された患者のみを対象とした。
(ジョンズ・ホプキンス病院に入院した患者は、集中治療室(ICU)への入院時と毎週1回、監視培養される。一般病棟に入院した患者は、ルーチンに監視培養されることは無いが、担当医が必要と判断した場合、実施することがある。)
最初の監視培養陽性の場合、入院前12ヶ月間にMRSAが分離された患者は除外した。
 
結果
 合計165名の患者が対象となった。年齢中央値は3歳[IQR 1カ月~10歳]であった。入院期間の中央値は12日[IQR 4-30日]であった。初回MRSA監視培養陰性から、臨床検体の採取までの期間中央値は1日[IQR 0-8日]であった。大多数の患者[n = 126(77%)]は、ICUに入院した。23人(14%)の患者は免疫不全であった。患者68人(41%)には医療デバイスが留置され、大半は中心静脈カテーテルであった[n = 47、28%]。血液培養[n=82(50%)]、皮膚・軟部組織培養[n=33(20%)]、喀痰培養[n=31(19%)]が採取された。投与された抗MRSA薬は、ST合剤(n = 102(62%))、バンコマイシン(n = 40(24%))、クリンダマイシン(n = 23(14%))などであった。165人中124人(75%)に、臨床検体から有意な菌が検出された。うち、1検体のみMRSA陽性で、72検体(58%)がメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)陽性であった。
 監視培養陰性から30日以内にMRSA感染症を発症したのは1人のみであった。初回に監視培養陰性の時、 30 日以内に MRSA 感染症を発症することに対する NPV は 99.4%であった。
 
考察
MRSA監視培養が、入院中の抗MRSA薬を減らせる可能性があることを小児でも示している。ただし、監視培養から臨床検体採取までの期間が4週間を超えると、MRSAの院内感染の可能性が高くなり、監視培養のNPVは低くなる可能性がある。
MRSA監視培養が陰性であるれば、抗MRSA薬の早期中止が促進され、これらの薬剤に関連する有害事象を回避できる可能性がある。
(ジョンズ・ホプキンス病院は、MRSAの検出率が比較的高い地域にある。MRSAは、黄色ブドウ球菌の約40%を占める。→日本の平均的なレベルと同じ。NPVは、MRSAの有病率が低い地域ではさらに高くなることが予想される。)
 
結論
 本研究により、MRSA監視培養が陰性であれば、入院中の小児において感染が疑われても、抗MRSA薬を使用しなくて良いという、根拠になりうる。