小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

最近の日本の髄膜炎の疫学

 私が、小児科医になった頃と、大きく疫学が変わったのは、細菌性髄膜炎です。初期研修・後期研修の頃は、肺炎球菌とヒブワクチンが、定期接種化されておらず、肺炎球菌とヒブ髄膜炎は、たくさんいました。(ついでに、ヒブによる喉頭蓋炎もいました。)
 しかし、ヒブ髄膜炎は激減し、肺炎球菌髄膜炎もかなり減りました。なので、最近、当院でも細菌性髄膜炎は、B群溶連菌がほとんどです。
 慶応大学の古市先生が中心になってまとめられた近年の日本の細菌性髄膜炎の疫学データです。また、経験的治療で、治療を外してしまう症例に関して注目されており、とても役に立つデータだと思います。
 
要点
・新生児の大腸菌髄膜炎は、ESBL産生菌までカバーする
→新生児髄膜炎でGram陰性菌が検出された時点でメロペネムを入れる
・乳児期以降でも、リステリア髄膜炎は、まあまあいる
→リステリアを疑う臨床状況やGram陽性桿菌が検出されたらアンピシリンを入れる
 
Extended-Spectrum β-Lactamase-Producing Escherichia coli in Neonates and Listeria monocytogenes in Young Children with Bacterial Meningitis in Japan.
J Pediatric Infect Dis Soc. 2023 Apr 18;12(3):165-168.
 
はじめに
 細菌性髄膜炎は、小児で死亡率が高く、後遺症が残ることも多い。ガイドラインで推奨されている抗菌薬治療に対して耐性の細菌が原因であった症例を評価した。2019年ー2021年、日本における小児細菌性髄膜炎サーベイランスを実施した。
 
方法
 本研究は、2019年ー2021年まで日本における細菌性髄膜炎の最近の疫学を明らかにするための横断的、多施設、非介入研究である。原因菌、経験的治療、転帰不良の危険因子を評価した。質問票を用い、2019年1月ー2021年12月までの国内各施設における細菌性髄膜炎の症例数および年間の小児新規入院患者数に関するデータを収集した。年齢、性別、保育園への通園、基礎疾患、予防接種、症状、検査値、原因菌、治療薬、合併症、予後などの情報も収集した。14歳以上、真菌性髄膜炎患者、VPシャントなどがある患者、脳外科手術(医療関連)の既往がある患者は、除外した。
 
結果
 日本国内133病院のうち、87病院(65%)から回答を得た。52病院から計196例の髄膜炎が報告され、71例が除外され。最終的に125例を分析した。小児科入院1,000例あたりの細菌性髄膜炎症例は0.41例であった。原因菌は、B軍レンサ球菌(Streptococcus agalactiae)が最も多く、新生児の71%(40/56)、生後1~3ヵ月の早期乳児の57%(17/30)を占めた。肺炎球菌は、26例。新生児期以降に多かった。4名は、肺炎球菌ワクチンを未接種であった。
大腸菌は、14例(うち新生児7例)で、基質拡張型β-ラクタマーゼ(ESBL)産生株は、13例中4例(31%)であった(1例は感受性不明)。4例ともESBL産生大腸菌に無効な経験的抗菌薬が投与されていた。1例は脳室炎と水頭症を合併した。Listeria monocytogenesは、6例(うち1例は新生児)で、うち5例は7カ月から2歳であった。3例の経験的治療に、アンピシリンが含まれなかった。1例は水頭症と精神発達遅滞を合併した。3例は、発症前に下痢をしていたが、リステリアと診断されていなかった。92%(100/109)の症例に、有効な経験的抗菌薬を投与された。ガイドライン推奨に従うこと、適切な経験的治療は、予後不良と関連していなかった。カルバペネムとアンピシリンは、生後1カ月以上の小児のガイドラインに含まれていないため、8例(ESBL3例とL. monocytogenes5例)はガイドラインの経験的治療に耐性の菌が原因だった。
 
議論
 ESBL産生大腸菌は、新生児髄膜炎全体の5%を占めた。L. monocytogenesは、新生児1名と乳幼児5名から分離され、4カ月から5歳の髄膜炎症例の8.5%(5/59)をL. monocytogenesが占めた。これは、日本固有の傾向を示すかもしれない。リステリアに対する標準的な抗菌薬治療であるアンピシリンは、新生児期以降の細菌性髄膜炎の経験的治療に含まれない。日本の小児科医は、L. monocytogenes髄膜炎が新生児期を超えて発症することを認識し、髄液でグラム陽性桿菌の存在、生食の病歴、胃腸炎の症状など、リステリア感染が示唆されればアンピシリンを追加すべきである。
 
結論
 小児細菌性髄膜炎の経験的治療が失敗する可能性がある2つの状況が明らかになった。新生児のESBL産生大腸菌と乳幼児のL. monocytogenesに注意する必要がある。
 
原因菌
-1週間
8日-1ヶ月
1-3ヶ月
4-11ヶ月
1-5歳
6-14歳
合計
B群レンサ球菌
8
32
17
1
2
0
60
肺炎球菌
0
0
2
6
9
9
26
0
0
0
2
1
0
3
リステリア
1
0
0
1
4
0
6
4
3
6
0
0
0
13
合計
17
39
30
12
16
11
125