小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

Arcanobacter haemolyticum感染症のまとめ

【歴史】
 第2次世界大戦中に、滲出性咽頭炎の患者でジフテリアに似た細菌が見つかったことが報告された。最初は、Corynebacterium haemolyticumと命名されたが、1986年にArcanobacter haemolyticumに変更された。A. haemolyticumと咽頭炎の関連に関する多くの報告があったが、因果関係が明らかになってきたのは比較的最近である。
 
微生物学的特徴】
 A. haemolyticumは、Gram陽性またはGram不定の多形性の桿菌である。37℃、5%炭酸ガス培養条件下で血液寒天培地上で発育する。嫌気環境でも発育する。24時間の時点ではコロニーは0.5mm程度と非常に小さく、48時間で1−1.5mmになる。この時点で、特徴的な黒い不透明な点がコロニーの中心に出現する。コロニーを除去しても、培地上にこの黒い点が残る。24時間の時点では溶血環は1mm程度、48時間で3−5mmになる。
 A. haemolyticumは3種類の毒素を産生する。phospholipase D (PLD), hemolysin, neuraminidaseである。PLDは皮膚壊死を起こす毒素で、実験動物の皮内に接種すると、出血性壊死を起こす。A. haemolyticumは、S. pyogenesのerythrogenic toxinをコードする遺伝子と類似した遺伝子を有している。
 A. haemolyticumのほとんど株は、エリスロマイシン感受性がある。一部に、エリスロマイシン、クリンダマイシン、テトラサイクリン、オフロキサシン耐性株がある。咽頭由来のA. haemolyticumは、PCGのMICが0.25以下であった。ペニシリンへのトレランスが確認された。今の所、A. haemolyticumの感受性の基準は無いが、CLSI M45のCorynebacteriumの基準を適応することが推奨される。
 
【疫学】
 A. haemolyticumは、主に咽頭炎の患者の咽頭から分離されるが、ヒトの皮膚の常在菌でもある。咽頭にも常在しているが、多くの検査室では、Corynebacterium様の細菌として、普通は正常細菌叢と考えて、分離されない。A. haemolyticumの分離率は、0.2−0.7%程度である。20歳代が最も分離率が高い。(S. pyogenesは10歳代が最も分離率が高い。)A. haemolyticumの全身感染症・侵襲性感染症では、20歳代のリスクファクターのない男性が多く見られる。
 
【病態生理】
 あまり報告はないが、dermonecrotic toxin (皮膚壊死に関連する毒素)が、咽頭炎の病態に関連すると考えられる。皮疹の生検では、血管周囲の軽度のリンパ球浸潤が認められる。A. haemolyticumは、細胞内に規制することもあり、ペニシリンでの治療失敗例の原因と考えられる。EBVとの共感染が42例中5例認めたという報告があり、ウイルス感染に伴う免疫抑制により、咽頭のA. haemolyticum感染が引き起こされるという仮説もある。
 
【臨床症状】
 咽頭炎はA. haemolyticumの最も頻度の高い臨床症状である。この疾患は、A群溶連菌による咽頭炎と区別がつかない。しばしば、EBウイルスによる伝染性単核症にも類似する(合併例もある)。扁桃周囲膿瘍の合併の報告もある。皮疹は、猩紅熱の皮疹に似ている。咽頭炎が始まって1−4日目に出現することが多い。上下肢の伸側にみられるのが特徴である。手掌や足底には通常は出現しない。口周囲の蒼白は、見られない点が、猩紅熱と異なる。
 皮疹は掻痒感を伴ったり、蕁麻疹様になることもある。皮疹の持続期間は69%の症例で2日以上である。咽頭の所見は灰白色の偽膜が見られることがあり、ジフテリアとの鑑別を要する。C. diphtheriaeとは、Gram染色では区別できない。
 
 
・皮膚感染症
 1946年に最初の報告がある。皮膚感染は主に熱帯地域から報告される。最も頻度の高い病変は、膿瘡に類似した潰瘍性病変である。蜂窩織炎や創部感染の原因菌になることもある。創部感染では複数菌感染の1菌種となることが多い。皮膚感染からの菌血症も報告されている。
 
 健康な小児や成人に、副鼻腔炎から眼窩蜂窩織炎を合併した症例が報告されている。複数回の外科的ドレナージとデブリードマンを要している。
 
・その他の感染症
 菌血症、脳膿瘍、髄膜炎、髄膜脳炎、心内膜炎、骨髄炎、化膿性関節炎、膿胸、Lemierre症候群などの起炎菌になったという報告がある。多くが成人例で、糖尿病などの基礎疾患を有している。
 
鑑別診断
 A. haemolyticumの咽頭炎と鑑別するべきは、A群溶連菌であるが、臨床症状からの区別は困難で、培養を行うしか無い。もし、GAS迅速検査陰性で、細菌培養でGASが発育しないような、10−20歳代の咽頭炎ではA. haemolyticumを鑑別に考える。
 
治療
 A. haemolyticumの薬剤感受性は一般に良好である。これまでの報告から、ペニシリンやエリスロマイシンで治療可能と考えられる。ペニシリンでの治療失敗例の報告はあるため、エリスロマイシンを第一選択と考えておいたほうが良い。ペニシリンとアミノグリコシドを併用することも選択肢である。複数菌感染の場合には、嫌気カバーが必要なので、広域βラクタム系抗菌薬やクリンダマイシンも選択肢になる。
 
予後
 予後は一般的に良好である。治療しなかった例でも良好であった。しかし、侵襲性感染症は致死的となり、扁桃周囲膿瘍、眼窩蜂窩織炎など早期に外科的介入が必要な合併症も起こしうるので、注意を要する。