小児感染症科医のお勉強ノート

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デングのまとめ(前半) Manson's Tropical Diseases

熱帯医学の聖書 Manson

デングのまとめ(前半)です

 

キーポイント

・デングは、蚊媒介感染症で最も広範囲に見られる。1億人が毎年罹患し、世界人口の40%(25億人)が感染リクスのある地域に住んでいる。

・デングの重症度のスペクトラムは広い。

・致死的になる点で治療上重要なのは、血管透過性の更新によるデングショック症候群である。

・Critical phaseでは、バイタルサインの繰り返しの確認と、ヘマトクリットの確認が重要。治療は、迅速・積極的かつ病態を判断した体液管理である。デングに特異的な治療は存在しない。

・デングのワクチンは開発中。(執筆当時)

 

Introduction

 デングウイルスは、フラビウイルスに属し、4つの異なる血清型がある (DENV1, DENV2, DENV3, DENV4)。この30年間で、少なくとも患者は4倍以上になり、感染リスクのある地域に住んでいる人は25億人になる。9900万人が、毎年症状のあるデングに罹患し、4億人が無症候性の感染を起こしている。デング感染は、100カ国以上で確認されており、重症デングは50万人、死亡は2万人と推定される。感染は、Aedes mosquitosが媒介する。症状は、dengue feverといわれる発熱性疾患から、かつてデング出血熱dengue hemorrhagic fever (DHF)といわれたsevere dengue (capillary leakageによる低容量性ショック、臓器障害、出血)まで幅広い。

 

Epidemiology

 デングは、熱帯・亜熱帯で流行する(北緯30°から南緯40°の範囲)。熱帯地域では、年間を通して感染するが、多くの国では季節性があり、雨季に感染が多くなる。(レクチャー:タイでは5-10月に多い。流行している血清型は、以前はDENV-2であったが、今はDENV-3となっている。)アウトブレイクは、複数種類の血清型が同時にあるいは順に流行する地域で多い。流行地域では、2歳から15歳の小児の罹患が最も多い。Severe dengueは2回目の感染および抗体をもつ母から生まれた1歳未満の乳児の感染で起こりやすい。

 デングは、黄熱などとともに、アフリカから新世界に奴隷貿易を通じて1600年代に拡大した、最初の流行は1780年フィラデルフィアで起きた。同時期にbreak bone feverという疾患名でスペインでの流行が報告されている。第二次世界大戦後には、貿易の拡大、都市化、国際旅行により、アジアやアメリカに広がった。1950年、タイでDENVによるThai Haemorrhagic Feverがアウトブレイクした。その後、インドネシアベトナムなど東南アジアで次々と広がり、世界の症例の70%はアジアで発生している。

 (レクチャー:タイでは年間14万人程度の患者が報告されている。)

 

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The Virus

 Dengue virusは、フラビウイルス属に分類される、1重鎖のエンベロープを持つRNAウイルスである。(レクチャー:10個のタンパクからなり、3個のstructural protein (C, preM, E)と、7個のnon structural proteinがある。)大きさは30nmで、4つの血清型に分類される。抗原は、黄熱ウイルス、日本脳炎ウイルス、ウエストナイルウイルスと交差反応する。DENV-1には5 genotype、DENV-2には5 genotype、DENV-3には4 genotype、DENV-4には4 genotypeが存在し、病原性などに違いがあるという報告もある。

 

Transmission

 複数の種類のAedesにより媒介される。DENVの生活環は2つ存在する。一つはendemic/epidemicサイクルで、ヒトと蚊(Aedes aegypti, Ae, albopictus)から成り立ち、もう一つはsylvatic enzootic(森林風土)サイクルでヒト以外の霊長類とAedesの間でサイクルが成り立つ。雌の蚊が、日中にヒトを吸血する。Aedesの唾液腺でウイルスが増殖する。

 

Pathogenesis

 2回目の感染で重症化しやすいこと、合併症はウイルス血症が改善している時期に起きやすいことから、severe dengueの病態は免疫反応によるものと推測されている。Halsteadが1970年代にantibody-dependent immune enhancement theory (ADE)という概念を提唱した。Severe dengueはDENV-2のsecondary infectionによることが多い。

Humoral immune response

 ある血清型のDENVに感染した急性期の後、全ての血清型に対する抗体が上昇する。感染した血清型に対しては、終生免疫が持続する。その他の血清型に対する交差免疫が残るのは2-12ヶ月とされている。交差反応が減少していくことがADEの発症に関連していると考えられる。2回目の感染が起きても、抗体による中和ができないが、ウイルス粒子には結合することができる。ウイルスと結合した抗体がFcγ受容体を発現した細胞(単球やマクロファージ)に結合し、細胞内にウイルスが取り込まれる量が増える。その結果、ウイルスの増殖が加速する。Precursor membrane protein (prM)に対して交差反応する抗体が、ADEの主要な成分となると考えられている。

 ADEのもう一つの例として、dengue抗体を持つ母から生まれた乳児の例がある。母由来のIgGが減少して、4-12ヶ月で中和できるレベルを下回ると、ADEを介した重篤な症状を生じる。

 

Cell-mediated immunity

 細胞性免疫は、デング感染のコントロールに重要であるが、最近の研究で、重症症例の免疫学的病態に関与することが示された。重症例では著明なT細胞の反応が起きている。Secondary infectionで増加するT細胞は、その時点で感染している血清型に対するavidityは低く、以前に感染した血清型に対してavidityの高いT細胞である。この曲がった免疫反応は、original antigenic sin (基本の血清型の罪?)として知られ、ウイルスのコントロールを遅らせ、viremiaを悪化させ、症状が増悪する可能性がある。以前の血清型に反応するmemory CD4 細胞とCD8細胞が活性化し、TNFα、IFNγ等のサイトカインを産生する。Dengue proteomeへのT細胞の反応をみた研究では、最もよく反応するのがNS3というnon-structural proteinで、サイトカインは高値でCD107a(脱顆粒のマーカー)は低値であり、dengue感染では初期にウイルス量のコントロールができず、サイトカインが高値になり、組織障害や血漿漏出を生じると考えられる。

 

Complement

 補体の活性化もdengueの病態に関与する。DENVに対する交差反応性がある抗体が、血管内皮細胞の表面で補体を活性化し、C3a, C5a anaphylatoxinの放出が、部分的に血漿漏出やショックに関与している。

 NS-1の濃度が重症度に関与し、NS-1が補体を活性化し、anaphyalatoxin C5aと terminal SC5b-9複合体の産生を行う。NS-1とSC5b-9複合体は、疾患の重症度に関連し、severe dengueの胸水からも検出される。NS1は古典経路、レクチン経路を修飾する。

 補体系は、血管内皮細胞表面での活性化により血管漏出に関与し、viremiaの増悪にも関連する。

Histopathology

 動物実験で、ウイルスを接種すると、局所リンパ節に達した後に、網内系に播種する。そこで、ウイルスは増殖し、血中に入る。合併症のないdengueで皮疹を生検したら、主に小血管の周囲に以上があり、血管内皮細胞の腫大と、血管周囲の浮腫、単核球の浸潤を認めた。紫斑を生検すると、病理学的に明らかな炎症所見は無いが、血液の漏出を認める。

 血管の病理所見としては、血管拡張、うっ血、血管周囲への出血と血管壁の浮腫が認められる。また、網内系の細胞は増殖が見られる。リンパ組織は、B細胞の活性化が見られ、形質細胞とlymphoblastoid cellの増殖が見られる。肝臓では、肝細胞とKupffer細胞の巣状壊死とCouncilman様小体の形成を認める。DENVの抗原は、脾臓、胸腺、リンパ節、肝臓のKupffer細胞と類洞細胞、肺胞に認められる。

 

Pathophysiology

 Sever dengueの特徴は、血漿漏出 (plasma leakage)と出血傾向である。臨床では、血漿漏出は、ヘマトクリットの上昇、タンパク低下、胸水・腹水、血漿の容量低下、血行動態の変化(低容量性ショック)で示される。

 微小血管からの血漿漏出があり、特に小児では漏出が多く、dengue shock syndromeが小児で多い病態の原因かもしれない。血漿漏出は、血中のウイルス量が低下している時期に生じるため、強い免疫反応と関連がある。NS1が血管内皮細胞のglycocalyx layerに結合し、免疫複合体の形成と抗体依存性の補体活性化が起き、血管内皮細胞障害から、血漿漏出につながると考えられる。

 Severe dengueでは、蛋白尿も見られることがあり、尿蛋白/Cre比が、重症化の予測になるという説もある。免疫複合体の沈着による一過性の糸球体腎炎も報告されている。

 出血傾向は、以下の要素が原因となる。(1)血管病変、(2)血小板の機能不全と血小板減少、(3) 凝固異常・DIC、(4)骨髄機能異常(巨核球の成熟障害)。Dengueでは一過性の血小板減少が最もよく見られる。明確なメカニズムは不明であるが、様々な要素が関連しており、骨髄での巨核球の産生障害、血小板のアポトーシス、抗血小板抗体などが推測されている。

 凝固系の亢進と、線溶系の亢進も認められる。フィブリノーゲンを含む凝固因子の喪失が、血漿漏出にも寄与していると考えられる。動物実験ではウイルスがプラスミノーゲンと結合し、交差反応性のある抗体とも結合することが示されている。

 

Clinical features

 臨床症状は軽症から、血漿漏出に至る重症例、死亡例まで様々。(レクチャー:無症候性の感染は約80%。)かつて(1997年のWHO分類)は、dengue fever, dengue haemorrhagic fever (DHF)に分類し、後者はされに4つのgradeに分けて、grade3, 4がdengue shock syndrome (DSS)とされた。しかし、2011年にWHOが分類を見直し、dengue (warning sign(Box 15.1)があるか、ないか)、severe dengueに分類した。

 

 Severe dengueの定義は、下記。

・重症の血漿漏出(呼吸不全やショックに至るもの)

・重症の臓器不全(心不全、肝臓:ALT>100、CNS:意識障害

・重症出血

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「腹痛・嘔吐・体液貯留・粘膜出血・ぐったり・落ち着きの無さ・肝腫大・Hct上昇・血小板の低下」がWarning sign

(Hct上昇は、ベースラインから20%以上の上昇を指す。例:もとのHct 40%の患者であれば、48%に上昇したら、warning sign有りと考える。)

 

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(WHOガイドラインより)

 

Dengue feverのWHOの定義

Probable case: 流行地に旅行・居住+発熱+下記2項目以上

(頭痛、骨・関節痛、眼奥痛、皮疹、筋肉痛、ターニケットサイン陽性、WBC<5000)

Confirmed case: 血清学的診断やウイルス分離、NS-1陽性で診断

 

Severe dengueでなくとも、肝炎、脳炎、心筋炎は合併することがある。LFTの上昇はよく見られるが、ALT>1000は稀である。脳炎の報告は流行地で増えている。特に小児での報告が多く、死亡例は少ないが、神経学的後遺症を残すことがある。臨床経過は一般的にfebrile, critical, recovery phaseの3つのphaseに分かれる。

 

Febrile phase

 5-8日間の潜伏期間をおいて、急に発熱と頭痛が始まる。悪寒、眼奥の痛み(眼球運動に伴い増悪)、背部痛、筋肉痛、骨痛、関節痛を呈する。体温は40℃に達し、5-6日間持続する。時に二相性の経過をたどる。食思不振、嘔気、腹痛がよくみられる。病日が経過すると衰弱してくる。咽頭痛、味覚異常、便秘、抑うつなども見られる。

 皮疹も見られる。最初は、全体的に紅潮したり、網状皮斑だったり、一過性のピンポイントの発疹などが、顔面、頸部、胸部に見られる(figure 15.2)。

 

 

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 次の皮疹は、明瞭な皮疹(maculopapular or scarlatiniform)で、3 or 4病日に見られる。この皮疹は、胸部と体幹から始まり、四肢と顔面に広がる。掻痒感や感覚過敏を伴う事がある。解熱の前後で、全身の皮疹は消退し、足背・下肢・手背・上肢など局所に集簇した紫斑が見られる。この癒合性の皮疹は、白色の円形の成城皮膚を残すことが特徴である。(figure 15.3)(この皮疹が見られるのは 50-60%位)

 

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 軽度の出血傾向がこの時期に見られることがあり、四肢・腋窩体幹・顔面に散在する点状の紫斑がみられ、ターニケットサインが陽性になり、採血した皮膚穿刺部位から皮下出血を作りやすい(figure 15.4)。皮膚の出血、鼻出血、歯肉出血、消化管出血がよく見られるが、血尿は稀である(figure 15.5)。

 肝腫大は高頻度(67%の症例)で認められるが、黄疸は通常はない。WBCは正常か低下しており、最初は好中球が有意である。Febrile phaseの終盤では、WBC, 好中球ともに低下し、リンパ球が相対的に増え、異型リンパ球が出現する。解熱しPltが低下する直前に、WBCはnadirになる。この経過は、febrile phaseの終了を知るのに有用である。他の変化として、血清蛋白低下、アルブミン低下、Na低下、ALT/ASTの軽度の上昇を認める。

 

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Critical phase

 どの患者がsevere dengueに進展するか予測できない。しかし、WHOのwarning signを特に警戒しながらcritical phaseを見ることで、どの患者がより高度な治療が必要かを見極められる。Critical phaseは、解熱する5病日ころに始まり、血管透過性が亢進し、血漿漏出が起きうる時期である。臨床的には、胸水や腹水貯留がおき、血管内容量が低下するとショックを起こしうる。皮膚は冷たく発汗し、脈圧は20mmHgまで低下する。Hctの上昇の直前or同時に、pltは低下する。この変化は、解熱前でもショックの前にも起きうる。凝固障害も同時に見られ、重症度に相関する。十分な補液がなされないと、重症のショックになる。ショックが遷延すると、代謝性アシドーシス、多臓器不全、重症の出血を合併し、予後が悪い。Critical phaseは通常、24-48時間である。

 

Recovery phase

 次の48-72時間で、血管外の水分が再吸収される。補液を継続していると、用量負荷をしすぎ、呼吸障害が胸水や腹水により起きる。全身状態は改善し、血行動態も安定し、利尿が見られる。この時期に、血球は上昇し、Hctは低下する。

 

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経過のまとめ (WHOガイドラインより)