小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

子供に点滴の痛みを味わせないためにできること

 小児科では、子供が辛い処置をする時に、ディストラクションということをします。ホスピタルプレイスペシャリスト(HPS)が、医師や看護師と一緒に処置室に入り、点滴などの処置をしている間、患児の気をそらせるように、遊んだり、動画を見せたりしてくれます。
 これは当院のディストラクションの様子です(私とHPSさんと、協力してくれる患者さんです)
 
 小児科病棟でも、みんなが、「少しでも痛くないように」と考えて行動しています。今回紹介する論文は、3Dアニメーションを使ったディストラクションを使うことで、小さなお子さんの痛みを軽減できたという報告です。
 少しお金はかかるかもしれませんが、処置室の天井にアニメーションを投影することで、子どもたちの笑顔が増えるかもしれません。
 
 実際に、メガネ無しでの3D映像は次々と実用化されているようです。
 
Effect of a Virtual Reality Environment Using a Domed Ceiling Screen on Procedural Pain During Intravenous Placement in Young Children: A Randomized Clinical Trial 
JAMA Pediatr . 2022 Nov 21. doi: 10.1001/jamapediatrics.2022.4426.
 
はじめに
 バーチャルリアリティVR)を用いたディストラクション(注意を反らすこと、気晴らし)は、様々な痛みを伴う処置の際に、痛みを軽減させることが証明されている。しかし、市販のVRシステムは、通常、頭に機械を装着してディスプレイを見る必要があるため、幼児に実施することは困難な事が多い。本研究では、小児の救急部門において、新たに開発されたドーム型天井スクリーンを用いたVR環境が、標準的な手技と比較して、静脈内にカテーテル留置する際の苦痛を軽減するかどうかを明らかにすることを目的とした。
 
方法
 本研修は、無作為化臨床試験であり、2020年6月3日から2021年2月8日の期間に、都市部の三次小児医療施設で実施された。対象は、小児救急部で静脈内カテーテル留置を受ける生後6か月から4歳の小児とした。VR群の小児は、静脈内カテーテルを留置する際、ベッドに横になり、ドーム型天井スクリーンを用いたVRアニメーションを体験した。対照群は、処置中はベッドに横たわるが、VRアニメーションは視聴しなかった。主要評価項目は、ベッドに寝かせた直後(T1)、駆血帯を装着した瞬間(T2)、アルコールで消毒した瞬間(T3)、針が皮膚を貫通した瞬間(T4)の4点において、FLACCスケールを用いた痛みのスコアとした。
 
結果
 最終解析に含まれた88名の小児のうち、44名がVR群(年齢中央値[IQR]24.0[14.5-44.0]月、男児27名[61.4%])、44名が対照群(年齢中央値[IQR]23.0[15.0-40.0]月,男児26名[59.1%])であった。T4時点のFLACCスコアの中央値[IQR]は、介入群6.0(1.8−7.5)、対照群7.0(5.5−7.8)であった。ロジスティック回帰モデルでは、VR群では、対照群よりもFLACCスコアが高くなる確率が低かった(オッズ比,0.53;95% CI,0.28-0.99;P = 046)。
 
結論
 本試験から、ドーム型天井スクリーンを用いてVRを表示することは、点滴を受ける幼児の苦痛を軽減する効果的なディストラクション方法である可能性があることが示唆された。
 
 
 天井にこのようなドーム型のスクリーンを設置して、2台のプロジェクターで3D映像を作り出すようです。

 子供をベッドに寝かせて、まず1分間VRアニメーションを見せます。それから、医療スタッフが処置室に入ります。点滴が確保できるまでアニメーションを流します。

 赤い部分が苦痛を感じている割合になります。「劇的」とまでは行きませんが、明らかに、子供の苦痛が軽減していることが示されています。

乳児の鼠径部リンパ節炎

 鼠径部リンパ節炎は、小児ではかなり稀な疾患です。成人では、性感染症に関連した鼠径部リンパ節炎が多いのですが、小児には性感染症が少ないことが関連しているのだと思います。そのため、小児の鼠径部リンパ節炎の原因は、化膿性(一般細菌による)リンパ節炎が最多で、稀に、猫ひっかき病、結核などがあります。
 今回、紹介する論文は都立小児医療センターで経験された17例の乳児(1歳未満)の鼠径部リンパ節炎のまとめです。
 
要点
・乳児の鼠径部リンパ節炎の原因は、臍(最多)、外陰部・肛門部、下肢の炎症の波及が多い。
黄色ブドウ球菌が最多の起炎菌。
・ヘルニア嵌頓(かんとん)と誤診されるケースが多い
 
Acute Inguinal Bacterial Lymphadenitis in Infants Younger Than 1 Year of Age
Pediatr Infect Dis J . 2021 Nov 1;40(11):e450-e451.
 乳児の鼠径部リンパ節炎の17例のまとめです。東京都立小児総合医療センターからの報告です。(17例ですが、病気のレア度を考えると、すごい症例数ですね…。)
 
 小児において、頸部リンパ節炎は頻度が高いが、鼠径部リンパ節炎は稀である。我々の施設で、数例の臍炎を伴った鼠径部リンパ節炎の乳児例を経験したので、後方視的に乳児の鼠径部リンパ節炎の症例を検討した。
 
 症例は、2010年から2020年に、東京都立小児総合医療センターで治療した乳児の鼠径部リンパ節炎が対象。先天性免疫不全症の可能性については、質問表に基づいて検討した。
 
 17例が解析の対象となった。年齢中央値は56生日。3名が早産児であった。感染経路が特定できたのは12例(70.6%)。うち、8例が臍炎など臍に病変があった。3名が外陰部・肛門部に病変があった。1名が大腿部に蜂窩織炎があった。3例が両側性であった。6例は、初診時には鼠径ヘルニア嵌頓と診断されていた。12例に、穿刺培養検査が行われ、11例がメチシリン感性黄色ブドウ球菌(MSSA)であった。免疫不全について検討した症例の内、1例は、多発リンパ節炎を発症したが、特定の先天性免疫不全症は診断されなかった。
 
治療については以下のようになりました。程度にはよると思いますが、2週間程度の抗菌薬治療が望ましいようです。
静注抗菌薬
13例(76.5%)
抗菌薬治療期間
中央値 15日
IQR 9-21日

小児COVID-19に伴う神経学的合併症

 小児の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)感染者が増加するに伴って、脳炎や脳症などの合併症で亡くなるお子さんが日本でも増加しています。(2022年8月末時点で、41例が登録されているそうです。)
 報道などを見ている限りでは、成人にみられる重症肺炎→呼吸不全で亡くなることはまれで、脳炎や脳症などの神経学的合併症が小児においては大きな問題です。
 国立感染症研究所の記事にも「医療機関において疑われた死亡に至る主な経緯は、循環器系の異常7例(24%:心筋炎、不整脈等)、中枢神経系の異常7例(24%:急性脳症等)、呼吸器系の異常3例(10%:肺炎、細菌性肺炎等)、その他6例(21%:多臓器不全等)、原因不明6例(21%)であった。急性脳症等の中枢神経系の異常、心筋炎や不整脈等の循環器系の異常によって急激な経過を辿った症例があった。」との記載があります。
 
 今回紹介するのは、全米の小児病院で入院したCOVID-19の患者さんを対象にした神経学的な合併症の頻度を検討したものです。
要点
・COVID-19入院の7%に神経学的な後遺症を認めた。
・熱性けいれん、無熱性けいれん、脳症などが多い。
・死亡率1.8%。ICU入院率・入院期間、再入院率が高く、入院費が高い。
 
 デルタ株流行期には少なかったそうです。当院でも報道でも、小児の脳症や脳炎の報告が増えたのは、オミクロン株が流行して以降なので、変異株の種類は影響している気がします。
COVID-19 and Acute Neurologic Complications in Children
Pediatrics . 2022 Nov 1;150(5):e2022058167. 
 
背景
小児において、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の神経学的合併症に関する疫学および予後については、ほとんど知られていない。
 
方法
 2020年3月から2022年3月、米国の52の小児病院において、COVID-19に罹患した生後2か月から18歳の小児を研究対象とした横断研究を実施した。神経学的合併症は、脳症、脳炎、無菌性髄膜炎、熱性けいれん、無熱性けいれん、脳膿瘍・細菌性髄膜炎、Reye症候群、脳梗塞と定義した。入院期間(LOS)、ICU 入室、30 日以内の再入院、死亡率、入院費を評価した。多変量ロジスティック回帰を用いて、神経学的合併症に関連する因子を同定した。
 
結果
 COVID-19で入院した小児15137例中、1060例(7.0%)に神経学的合併症を認めた。最も頻度の高かった合併症は、熱性けいれん(3.9%)であり、無熱性けいれん(2.3%)、脳症(2.2%)が続いた。神経学的合併症のある小児は、合併症のない小児と比較し、LOS、ICU 入室、ICU入院期間、30 日以内の再入院、死亡率、入院費が高かった。神経学的合併症が低いことに関連する因子は、若年(調整オッズ比[aOR]:0.97、95%信頼区間[CI]:0.96-0.98)、デルタ株流行期(aOR:0.71、95%CI:0.57-0.87)、神経以外の基礎疾患あり(aOR:0.80、95%CI:0.69-0.94)であった。神経疾患が基礎疾患にあると、神経学的合併症の発症率が高かった(aOR 4.14、95%CI 3.48-4.92)。
 
結論
 神経学的合併症は、COVID-19のため入院した小児によく見られた。予後不良と関連していた。小児、特に神経学的合併症を有する高リスク集団において、コロナの予防接種が重要である。
 

Bacillus cereus菌血症のまとめ

 Bacillus cereusは、食中毒の原因菌(セレウス菌)として有名ですが、菌血症を起こすことがあります。食中毒から菌血症を起こすわけではなく、カテーテル関連血流感染などが多いです。また、病院内でアウトブレイクすることがあり、過去には、汚染されたリネンやおしぼりが原因であったり、プレフィルドヘパリンの注射液が汚染されたことが原因であった事例があります。
 薬剤感受性は、βラクタム系抗菌薬に耐性であることが多く、注意が必要です。国内から、成人の菌血症症例のまとめが出ていましたので、紹介します。
 
要点
・B. cereusは、βラクラム耐性が多く、バンコマイシン、イミペネム、アミノグリコシドへの感受性は良好。
・静脈内留置カテーテル感染(特に末梢ライン)が原因として多い。
・初期治療が適切であると、解熱が早い。
 
Clinical characteristics and antimicrobial susceptibility of Bacillus cereus blood stream infections 
Ann Clin Microbiol Antimicrob . 2015 Sep 15;14:43.
 
背景
Bacillus cereusは、院内血流感染症(BSI)を引き起こす病原体の一つである。しかし、Bacillus cereus菌血症の抗菌薬感受性や臨床的特徴、経験的治療について報告したものは、ほとんどない。本研究の目的は、B. cereus菌血症患者から分離されたB. cereusの臨床的特徴と抗菌薬感受性を検討し、適切な経験的治療が、B. cereus菌血症患者の予後に及ぼす影響を分析することである。
 
方法
 2003年4月から2012年3月までに東京大学医学部附属病院でBSI患者(成人)を対象に後方視的に検討した。臨床データは、カルテから収集した。抗菌薬感受性試験は、液体微量希釈法により行った。適切な経験的治療を受けた群と不適切な経験的治療を受けた群に、患者を分けた。主要評価項目は、BSI発症後4週間の死亡率とした。副次的アウトカムは、経験的治療開始後2日以内の解熱とした。
 
結果
 B. cereus菌血症は29例であった。バンコマイシン、ゲンタマイシン、イミペネム耐性株は認められなかった。しかし、clindamycin耐性は65.5%、levofloxacin耐性は10.3%であった。主な感染巣は、静脈内留置カテーテル(69%)であった。本研究では、4週間の死亡率は、経験的治療が適切な群(9例)と不適切な群(20例)の間で有意差はなかった。しかし、経験的治療開始2日以内の早期解熱に関しては有意差があった(p=0.032)。
 
結論
B. cereus菌血症は、ほとんどが静脈内留置カテーテルによって引き起こされる。B. cereus菌血症の早期臨床的改善(解熱)のためには、適切な経験的治療が重要である。B. cereus菌血症に対する経験的治療として、バンコマイシンは適切な選択肢の一つである。
 

 
症例
年齢(中央値、範囲)
65.3歳 (18-89)
基礎疾患
 糖尿病
 悪性腫瘍
 肝硬変
 免疫抑制薬
 好中球減少
 
8
15
4
5
4
感染巣
 カテーテル関連感染
  末梢静脈
  中心静脈
 その他
  好中球減少性発熱
  感染性心内膜炎
  腹膜炎
 不明
 
20
15
5
5
2
2
1
4

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

小児市中肺炎の治療は短期間でも治療失敗率は上昇しない

 小児の肺炎の治療期間は、決まっているようで、決まっていません。最近の傾向としては、抗菌薬の適正使用の観点から、なるべく短期間の治療が進められてきましたが、具体的に何日間ということまでは決まっていませんでした。
 今回は9個の研究を含むメタアナリシスで、長期間投与と短期間投与で、治療失敗率が異なるのかを検討しました。
 
結果
・対象は、小児(ほとんどが2-59ヶ月)の非重症肺炎(経口抗菌薬で治療)になる。
・治療失敗に関しては、3日間 vs. 5日間で非劣勢、5日間 vs. 10日間で非劣勢だった。
・短期間の治療は、副作用(下痢)も少なく、保護者の欠勤も少ない。
・今後は、より短期間の治療を検討するべきである。
 
Short-Course vs Long-Course Antibiotic Therapy for Children With Nonsevere Community-Acquired Pneumonia: A Systematic Review and Meta-analysis
JAMA Pediatr . 2022 Nov 14. doi: 10.1001/jamapediatrics.2022.4123.
 
はじめに
 抗菌薬投与期間の短縮は、アドヒアランスを向上させ、副作用とコストを削減する可能性がある。しかし、エビデンスが乏しいため、多くのガイドラインでは、重症ではない小児市中肺炎(CAP)に対して、長期の抗菌薬投与が推奨されている。小児の重症ではないCAPに対し、抗菌薬の短期投与が長期投与に対して非劣性であるかを検討した。
 
方法
 非重症CAPの小児患者を対象に、同じ経口抗菌薬を用いて短期間と長期間の治療を比較した無作為化臨床試験を対象とし、データベースを検索した。ランダム効果モデルを用いて、2022年4月15日から2022年5月15日までのデータを解析した。エビデンスの質の評価には、GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)を使用した。主要アウトカムは、治療失敗とした。治療失敗の定義は、肺炎症状が持続、悪化傾向がある(例:全身状態不良、意識障害、痙攣、経口摂取不良)、治療終了時に発熱が持続(38℃以上)、抗菌薬の変更、入院、死亡、試験薬を3回以上の飲み忘れ、フォローアップからの脱落、インフォームドコンセントの撤回である。
 
結果
 11143名の患者を含む9つの無作為化比較試験が、このメタ分析に含まれた。患者の98%が生後2~59カ月で、58%が男性であった。8つの試験の10 662人の患者が、治療失敗に関する報告していた。治療失敗の割合は、抗菌薬の短期治療コースと長期コースの患者の各々12.8%と12.6%に発生した。非重症CAPの小児における治療失敗に関して、短期治療コースは、長いコースに対して非劣性であることが質の高いエビデンスで示された。(リスク比、1.01;95%CI、0.92-1.11;リスク差、0.00;95%CI、-0.01;I2=0%)。治療失敗に関して、抗菌薬 3 日間コースは 5 日間コースに対して非劣性であり(リスク比,1.01,95% CI,0.91~1.12,I2 = 0%)、5 日間コースは 10 日間コースに対して非劣性であった(リスク比,0.87,95% CI,0.50~1.53,I2 = 0%)。投与期間が短いほど、胃腸炎の報告が少なく(リスク比、0.79;95%CI、0.66-0.95)、保護者の欠勤が少なかった(発生率比、0.74;95%CI、0.65-0.84)ことが示された。
 
結論
 本解析の結果から、2~59 ヵ月の非重症 CAP の小児において、抗菌薬の短期間投与は長期投与に対して非劣性である。小児非重症CAPの治療において、より短期間の抗菌薬投与を検討する必要がある。
 

 

   補足資料に、各国のガイドラインで推奨される薬剤と投与量、投与期間が一覧表になっていました。これだけのガイドラインを比較した表は初めて見ましたが、興味深いですね。

 日本の小児呼吸器感染症診療ガイドラインは、先日、改定されたばかりで、アモキシシリン(40mg/kg/day)5日間が推奨され、経口第3世代セフェムは姿を消しました。他の国では、80-90mg/kg/dayの高用量投与が選択されることが多いです。

 (個人的なプラクティスですが、高用量投与は、小児にとっては飲む薬の分量が増えて飲ませにくいことと、通常量と比較してそれほど治療効果が落ちるわけではないので、通常量を処方することがほとんどです。)



 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov