小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

高張食塩水吸入後の喀痰でも、小児の肺炎の起炎菌はわからない

 小児の肺炎の原因菌は何なのか?簡単なようで、実は難しい問いです。小児の肺炎の原因が確実に分かることは意外と少ないです。その理由は、小児で下気道痰を採取するのが難しいからです。
 例えば、痰から肺炎球菌が出てきても、確実に下気道から採取できているかわからない以上、肺炎球菌肺炎とは言えません。
 では、ちゃんとした原因菌をつかむにはどうしたら良いか?血液培養、BAL、胸水培養から検出されたものは、肺炎の原因菌と言えると考えられます。血液培養は、通常肺炎で陽性となる可能性は低く、BALや胸水培養に至っては、普通の小児市中肺炎で行うことは、ほぼありません。
 ということで、「痰で検出された菌が、肺炎の原因菌かはわからない」というのが、これまでの認識でした。
 今回の研究は、3%高張食塩水による吸入を行って、誘発喀痰を採取したら、より下気道の検体が取れないかと、考えたスタディです。非常に興味深いのですが、結果は、「誘発喀痰でも、真の肺炎の原因菌との一致率は低かった」ということです。少し残念ですが、むやみに肺炎で喀痰培養を採らなくても良いということで良いと思います。
*このプラクティスは、私が成育医療センターで研修をさせてもらった時に教えていただきました。市中肺炎では、喀痰を採っても採らなくても、治療はアンピシリンなので、治療方針を変えない検査は不要だということです。実際に、気管切開をしている患者さん、小学校高学年以上で確実に痰が採れる患者さん以外には、喀痰培養は採っていません。(もちろん百日咳疑いや、マイコプラズマLAMPを実施する場合などは、採取します。)
 
Utility of Induced Sputum in Assessing Bacterial Etiology for Community-Acquired Pneumonia in Hospitalized Children
J Pediatric Infect Dis Soc . 2022 Apr 1;piac014.
 
背景
 市中肺炎(CAP)の病原菌の診断のための検査は感度が低い。誘発喀痰(IS)は、下気道に存在する病原体を評価するための魅力的な選択肢である。
 
方法
 2010年から2012年に、CAPを発症した0~18歳の小児を対象にしたEtiology of Pneumonia in the Community(EPIC)研究に登録された患者を対象とした。血液と呼吸器検体を一般細菌培養とポリメラーゼ連鎖反応(PCR)で評価した。放射線専門医の読影により、レントゲンで証明されたCAPを定義した。喀痰は高張生理食塩水吸入を行って誘発した。グラム染色で低倍率視野あたり白血球25個以上、上皮細胞10個未満であれば、IS検体は高品質(HQ)、それ以外は低品質(LQ)と定義した。HQとLQ、レントゲン上の肺炎の有無で、病原体検出率を比較した。EPICに登録された原因菌と喀痰から検出された病原体の一致率を評価した。入院期間(LOS)は、病原体に適した抗菌薬が投与されたかにより比較した。
 
結果
 テネシー州メンフィスで登録された977人の小児症例のうち、916人(94%)がISを実施した。794人(87%)がレントゲン上のCAPと診断され、174人(19%)のISはHQであった。HQ ISでは、LQよりも病原菌が多く検出された(64% vs 44%、P < 0.01)。しかし、レントゲン上のCAPの有無にかかわらず、HQ ISでは病原体が同様の確率で分離された(64% vs 63%、P = 0.6)。レントゲン上のCAPを有する症例の検体から得られた病原体がIS検出菌と一致したのは、9/42(21%)のみであった。LOS中央値は、IS検出菌と抗菌薬が適切かどうか、抗菌薬が投与されたかどうかに関わらず、ほぼ同じであった。
 
結論
 IS培養検体からは、レントゲン上のCAPやISの質に関わらず、多くの場合、病原菌が分離された。しかし、IS培養は、無菌部位の培養と一致することはまれであった。小児におけるISからの病原体の分離は、口腔咽頭への定着を反映しているに過ぎず、CAPの原因菌を特定するには不十分であった。
 
 
ちょっと、Abstractだけでは、理解しにくいので、本文中の図を使って説明します。
3%高張食塩水を使った誘発喀痰を採取すると、高品質な痰(HQ)が916人中174人(19%)で採取できた。
HQと低品質の痰(LQ)を比較すると、HQにたくさん病原体がいた。(しかしこれが本当の下気道の病原体かは不明)→Figure 2で特にHQにの低年齢層(左のグラフ)で肺炎球菌、黄色ブドウ球菌、インフルエンザ桿菌、モラキセラが検出されていることが分かります。
 何かしら肺炎の原因菌が出てくる割合は、レントゲンで肺炎像があるかどうかには関係なかったのです。

 
 小児の肺炎において、原因菌を決めるのはとても難しく、ガチの原因菌ですと言えるのは、血液培養、胸水培養、BALで菌が検出された場合のみです。今回の症例の中で、そのようなガチの原因菌が特定できたのは42例です。
 問題は、この42例のガチの原因菌が分かっている症例の内、何割が喀痰培養で菌が見つかっているかですが、それがこのTable 2です。この中で、バッチリ喀痰からガチの原因菌が検出されたのは、肺炎球菌6例(血液PCRと血培)、インフルエンザ桿菌1例(血培)、MRSA2例(BALと胸水)のみでした。つまり、残りの約80%は喀痰から、ガチの起炎菌が検出されませんでした。



 
 ということで、高張食塩水吸入を行って、採取した喀痰は、品質もよく、肺炎の原因になる菌が高頻度で検出されるが、「肺炎の真の原因菌である割合は高くない」といえます。もちろん、ガチの原因菌がわからない症例については、痰から検出された菌が原因かもしれないのですが、それは、侵襲的な検査を行いにくいという、小児の肺炎研究の限界です。