小児感染症科医のお勉強ノート

群馬県立小児医療センターで感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

母体のHI抗体価と乳児のインフルエンザ

 
「母体のインフルエンザ抗体価が高いと、乳児のインフルエンザは減るのか?」という疑問に答えようとした研究です。
 
 要点は以下になります。
・母体のHI抗体価が高いと、B型インフルエンザ(山形株)にはかかりにくそうだ
・しかし、ワクチン接種者が少なく、抗体価が高い妊婦も多くなく、インフルエンザに罹患した乳児も少ない、ので、インフルエンザA型に関しては予防効果は不明
・母体「だけ」ではなく、周囲の家族がみんな予防接種を受けることが重要
 
 
Maternal Antibodies Against Influenza in Cord Blood and Protection Against Laboratory-Confirmed Influenza in Infants
Cowling BJ, et al. Clin Infect Dis. 2020; 71: 1741.
 
背景: インフルエンザが流行している地域において、母体のインフルエンザ抗体が乳児をインフルエンザ感染から予防するかに関する研究は少ない。
 
方法: 母体から移行したインフルエンザに対する抗体の効果を評価するため、2年間のコホートを利用し、前向き観察研究を実施した。出生時に臍帯血を採取し、生後6ヶ月間の積極的追跡調査を行った。インフルエンザを疑うエピソードが確認された場合、鼻腔内スワブを採取し、RT-PCRを用いてインフルエンザ A /B の検査を行った。臍帯血の抗体価は、フォローアップ期間中に流行したインフルエンザウイルスに対するHI法で検査した。
 
結果:  1140 人の女性から 1162 人の乳児が生まれた。1092 人(94%)の乳児が 6 ヶ月間の追跡調査を完了した。母体のインフルエンザA型(H1N1)、A型(H3N2)、B型/ビクトリア株、B型/山形株に対する HI抗体価≧40の割合は、それぞれ 31%、24%、31%、54%であった。母体がインフルエンザワクチン接種を受けている割合は、4%のみであった。B型インフルエンザ/山形株のみ、臍帯血HI力価≧40で感染防御効果が認められた。生後60日以下の乳児では,インフルエンザ B 感染は発生しなかった。臍帯血 HI力価が40以上の場合は、HA力価が 10 未満の場合と比較して, B型/山形株への感染リスクが 83%(95%信頼区間,44~95%)減少した。
 
結論:  生後 6 ヵ月以内の乳児に対して、母体がB型インフルエンザ/山形株に対して高いHI抗体価を有していた場合には、感染防御効果があった。
 
 
 
追加の解説
 本研究は、香港で実施され、1,162名の乳児が参加しました。母体のインフルエンザ抗体価と、(移行抗体が残存する)生後6ヶ月以内の乳児のインフルエンザ罹患率を前向きに調べ、母体からの移行抗体がインフルエンザ感染予防に役に立つかを検証した研究です。
 
 研究期間中に、20例のインフルエンザA(H1N1 2例、H3N2 7例)、7例のインフルエンザB (ビクトリア株 1例、山形株 3例、不明 3例)感染例が確認されました。しかし、母体抗体が高値(HA力価が40以上)であれば、感染が予防できることが示唆されたのは、山形株のみで、効果は83%でした。母体でインフルエンザワクチンを接種したのは、4%のみでした。つまり96%の母体は、妊娠以前〜妊娠中に自然感染をしており、抗体を有していたと思われます。一方、インフルエンザワクチンを接種した群は、有意に抗体価が高いことが示されています(Table 2.)

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 この研究の結果は、実際の感染者数が少なく、解釈は難しいと思います。
とりあえず言えることは
「母体の抗体価が高いと、B型インフルエンザ(山形株)にはかかりにくそうだ」
ということです。
 

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 しかし、インフルエンザに罹患した乳児がそもそも少ないので、A型インフルエンザについては、母体からの移行抗体が無効とは言い切れない。実際に山形株は有効なので、A型インフルエンザでも、症例数が増えると、もっと有効性が判明する可能性がある。しかし、HI抗体=中和抗体ではないので、必ずしも感染予防できない。山形株が有効であったことの方が、偶然の有意差かもしれません。もっとワクチン接種者が多く、抗体が高い母体が多い場合には、結果が変わったかもしれません。
 
 母体へのインフルエンザワクチンは意味がないという意見も出るかもしれません。しかし、そもそも妊婦はインフルエンザの重症化のリスクが高く、妊婦自身を守るためのインフルエンザワクチンは意義があります。また、母体へのワクチンが無駄というわけではなく、母体「だけ」にインフルエンザワクチンを接種しても効果が薄いという考え方ができると思います。乳児へのインフルエンザ予防には、母親だけではなく、周囲の大人や兄弟がみんながワクチン接種を行い、家庭内にインフルエンザを持ち込まないことが重要です。