小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

研修医にとって、感染症科が魅力的に見えないのは何故か?

 「アメリカでは感染症科は儲からないから人気がないんだよ」と、米国帰りの先生が何度がおっしゃっていました。

 

 でも、日本では、感染症科医の給与も心臓外科医の給与も、基本的に変わりません(残業代の差はありますが。にも関わらず、感染症科はあまり人気がありません。パンデミック前から、人気はなかったのですが、コロナ後はより人気が下がっているように感じます。

 なぜなのか??

 その理由が、この論文を読んで、割と納得できる点が多くありました。

要点

感染症科が人気のない理由
 ・技術革新の遅れ→診断と治療におけるブレイクスルーが少ない
         キラキラした技術が少ない。職人芸のGram染色?

 ・医療の企業化→感染症診療は収益にならない
         以前から言われている儲からない科

 ・個人の権利と社会の利益の対立→コロナなど感染症科医が悪役になってしまうケース



Waning Interest in Infectious Diseases Among Trainees: Is Medicine Pulling the Goalie?
Clin Infect Dis. 2024;79(2):430-433.

Waning Interest in Infectious Diseases Among Trainees: Is Medicine Pulling the Goalie?

(研修医の感染症分野への関心低下:医療はゴールキーパーを外しているのか?)では、感染症に対する研修医の関心が低下している現状について議論している。

 著者は、感染症科が研修医を集められない理由は単なる低給与だけではなく、現代の医療や社会の複雑な要因が絡んでいると述べている。

 

 第一に、感染症分野における技術革新の導入が他の医療分野と比べて遅れていることが挙げられる。
 抗菌薬や診断技術は進展が限られており、感染症の治療方法は過去数十年間で大きく変わっていない。例えば、黄色ブドウ球菌菌血症の治療は1980年代とほぼ同じで、進歩が見られない点が指摘されている。一方で、他の医療分野では新しい治療法が次々と登場し、研修医が他分野に興味を持つ一因となっている。

 

 第二に、医療が企業化し、収益を優先する傾向が強まっている。
 感染症専門医の専門性や技術が軽視される要因となっている。感染症専門医は、患者全体を診る能力が求められるが、現代の医療機関では収益につながらず、その価値が正当に評価されていない感染症の診断や治療は時間を要し、迅速な収益化にはつながりにくいが、他の収益性の高い医療行為が優先されるため、感染症分野が敬遠される原因となっている。

 

 第三に、個人の権利が社会全体の利益よりも優先される風潮が、感染症専門医の倫理的責任と対立している。
 薬剤耐性菌の予防やワクチン接種は社会全体の利益を考慮した施策であるが、個人の選択がこれを妨げる場合がある。個人の治療を優先することが、感染症の拡散や耐性菌を増加させることがあり、感染症専門医はこのバランスに悩まされている。

 さらに、感染症専門医は、他の専門分野と比べて目立たない役割を担っている。医療システムでは、収益を生む手術や処置を行う医師が評価されやすい一方で、感染症専門医のような患者の治療を防御的に支える役割は軽視されがちである。

 サッカーの試合に例えるなら、感染症専門医はゴールキーパーのような存在で、試合を左右する重要な役割を担っているものの、攻撃的な選手に比べて目立たない存在だという指摘がなされている。

 

 最後に、現代の医療においては、医療が大量生産のような形で進行しており、医師と患者がじっくり対話する時間が減少していることが、感染症分野への関心低下に拍車をかけている。こうした状況下で、感染症専門医が持つ高度な技術や洞察力は評価されにくくなっている。感染症分野の将来を見据えて、教育者は創意工夫を凝らし、研修医に感染症分野の魅力を伝える必要がある。

 

 

 個人の努力では難いですが、感染症科のコンサルテーションフィーなど、診療報酬に盛り込まれることで、役割が評価されると良いと思います。

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

新生児の敗血症に血培嫌気ボトルは必要??

 今年7月に、血液培養ボトルの出荷制限が通知されて、日本中の医療機関感染症部門が騒然としました。血液培養は、重症感染症において必須の検査で、この検査は正しい感染症診療の基本になります。

 そこで、血液培養を取らなくても良いケースを改めて見直したりして、ボトル使用量を減らしたり対応していました。10月ころから回復ということで一安心しています。

www.bdj.co.jp

 

 本日紹介する論文は、「Utility of Anaerobic Blood Cultures in Neonatal Sepsis Evaluation(新生児の敗血症評価における嫌気血液培養の有用性)」です。一般には、消化管穿孔・腹膜炎などでなければ、偏性嫌気性菌が血培から発育することは稀なので、嫌気ボトルは不要なはずですが、改めて検討しました。

 嫌気ボトルのみから有意な菌が検出されているケースがかなり多く、血培ボトルが不足しているというような特殊な状況でなければ、両方採取することも必要なのではと感じます。

 

要点

・17.6%の症例で、嫌気ボトルからのみ病原体が検出された。

大腸菌黄色ブドウ球菌、CNSなどが嫌気ボトルのみに発育した症例があった。

Utility of Anaerobic Blood Cultures in Neonatal Sepsis Evaluation

J Pediatric Infect Dis Soc. 2024 Aug 24;13(8):406-412.

要約

背景
新生児集中治療室(NICU)での敗血症評価の一環として、嫌気血液培養ボトルが使用されることはまれです。本研究の目的は、嫌気血液培養ボトルが、NICUでの敗血症評価において、臨床的に意義のある病原体の検出や、好気培養ボトルよりも早期に病原体を同定できるかどうかを調査することである。

 

方法
2015年8月から2023年8月まで、NICUに入院した乳児から採取された血液培養の後方視的コホート研究を実施しました。標準的な方法として、2mLの血液を好気性および嫌気性の培養ボトルに分注し、両方のボトルで病原体が発育するかどうか、またどちらが先に陽性になるかを比較した。

 

結果
全体で4599件の血液培養が行われ、そのうち5.8%(265件)が陽性でした。その中で182件は、好気性と嫌気性の両方のボトルを用いて病原体が回収されました。32件(17.6%)では嫌気性ボトルのみから病原体が回収され、嫌気性ボトルのほうが早期に陽性を示したケースもありました。主な病原体には、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌Escherichia coli、およびStaphylococcus aureusが含まれ、嫌気性ボトルが早く陽性になったケースでは抗菌薬の変更が早期に行われたことも確認されました。

 

結論
嫌気血液培養ボトルにも採取することで、好気ボトルでは検出されない病原体の同定や、より早期に病原体を同定できる可能性があることが示されました。

 

 

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

ニルセビマブはRSウイルス感染症予防に有効

 今年からついに日本でも発売となったニルセビマブ(ベイフォータス)ですが、臨床現場からの効果を示すデータが続々と出てきています。既に、全出生児を対象に接種している地域もあり、RSウイルス感染症の疫学が変わりそうです。

 

Early Impact of Nirsevimab on Ambulatory All-Cause Bronchiolitis: A Prospective Multicentric Surveillance Study in France.

J Pediatric Infect Dis Soc. 2024 Jul 20;13(7):371-373. 

 

 RSウイルス感染予防のためのモノクローナル抗体であるニルセビマブが、外来において乳児の細気管支炎に影響を与えるかを調査した研究である。フランス国内の複数の医療施設を対象に、2023年9月15日から2024年1月15日に、ニルセビマブ導入前後のデータを比較した。

 

主な結果:
1. 細気管支炎症例の減少: ニルセビマブの導入後、特に生後3か月未満の乳児において、細気管支炎の症例が大幅に減少した(前シーズンと比較して52.7%減少)。生後3〜12か月および生後12か月以上の小児でも減少が見られましたが、その程度は少ない。

2. RSVの検査陽性率は不変: RSV検査を実施した割合は、特に生後3か月未満の乳児で大幅に増加した(38.1%から75.6%)。しかし、検査陽性率は2つのシーズン間で変化はなかった。細気管支炎症例の減少は、検査数の減少など他の要因に起因しないことが示唆された。

3. ニルセビマブのカバー率: RSV陽性となった生後3か月未満の乳児のうち、ニルセビマブが投与されたのは33.3%のみであった。接種率が比較的低いにもかかわらず、細気管支炎の減少に大きな影響を与えていることが示唆された。

4. 考察: この研究は、ニルセビマブが細気管支炎の発生率を減少させる可能性を示している。細気管支炎の年による流行状況や医療受診行動の違いなど、他の要因がこの研究に影響を与える可能性はある。今後も、継続的なサーベイと接種率率の向上をはかることで、ニルセビマブの効果をさらに実証することが可能になる。

 

赤線が3ヶ月未満の児ですが、例年と比較し、非常に少ないことがわかります。

 

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総合病院・大学病院にも小児感染症の専門家を!

 先日、小児感染症の集まりで、全国の小児病院や大学病院での広域抗菌薬(カルバペネム系)の使用量が比較された資料をみました。
 全般的には、小児病院では広域抗菌薬の使用量が少なく、大学病院で多い傾向がありました(入院している患者層の影響は大きいとは思います)。個人的な感想としては、抗菌薬適正使用プログラム(ASP)がうまく行っている小児病院では、なかなかこれ以上の削減は難しく感じます。一方で、大学病院などでは、削減の余地が大きい印象がありました。

 今回の研究は、米国の大学病院(やはり広域抗菌薬が多い)で、小児専用のASPを立ち上げた後の、効果をみたものです。日本でも全国の大学病院に1名くらいは小児感染症指導医が配置されるようになると良いと思いました。

 

要点
・成人と小児の入院患者がいる大学病院で、小児のASPを導入(常勤の小児感染症の専門家)したら、広域抗菌薬・バンコマイシンの使用量が減少した。

 

Pediatric Antimicrobial Stewardship Programs Reduce Antibiotic Use at Combined Adult-Pediatric Hospitals.

Clin Infect Dis. 2024 Aug 16;79(2):321-324. 

 

 この研究は、成人と小児が入院する総合病院における小児抗菌薬管理プログラム(ASP)の導入が、抗菌薬使用量の削減に与える影響を評価したものである。具体的には、2つの大学病院(ミシガン大学病院とデューク大学病院)で、小児専門のASPを導入し、小児および成人の抗菌薬使用の変化を比較した。

 

結果
- 小児の抗菌薬使用量が減少: 小児ASP導入後、小児における抗菌薬使用量は有意に減少した。ミシガン大学病院では、広域抗菌薬使用量が15%、バンコマイシン使用量が32%減少した。
- 成人の抗菌薬使用量との比較: 同期間に成人の抗菌薬使用量も減少したが、小児に比べてその減少幅は小さく、ASP導入が小児に特に効果的であることが示された。
- ベンチマークとの比較: ミシガン大学病院の小児の抗菌薬使用量は、研究開始時には他の小児専門病院よりも高かったが、研究終了時には同等またはそれ以下にまで減少した。

 

結論
 この研究は、小児専門のASPが成人・小児が入院する総合病院においても、小児の抗菌薬使用量を効果的に削減できることを示している。また、小児感染症の専門医や薬剤師が配置されることが、適切な抗菌薬使用の促進に不可欠であると強調している。この結果を踏まえ、小児患者のためのASPの強化が推奨される。

 

本研究の小児ASPとは

常勤の小児抗菌薬適正使用を担当する医師を配置した→その後、薬剤部のサポートが加わった。

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RSウイルス感染における母親のリスク

 今年も多くのRSウイルス感染の症例を経験しました。一般的には、早産児や基礎疾患があるお子さんが重症化しやすいのですが、特にリスクの無い赤ちゃんでも、呼吸不全まで至ることもあります。様々な予防手段が出ているものの、重症化に関して、母親のリスクを検討した論文です。

要点
・母親の喫煙は、RSV重症化のリスクを上げる
・母乳育児は、RSV重症化のリスクを下げる

 

Maternal Risk Factors for Respiratory Syncytial Virus Lower Respiratory Tract Infection in Otherwise Healthy Preterm and Term Infants: A Systematic Review and Meta-analysis.

Pediatr Infect Dis J. 2024 Aug 1;43(8):763-771.

 

目的
 本研究の目的は、健常な早産児および正期産児におけるRSウイルス(RSV)による下気道感染症(LRTI)のリスクに影響を与える母親のリスク因子を特定し、その影響を体系的に評価することである。

 

方法
 RSV-LRTIに関連する母親のリスク因子を評価するために、系統的文献レビューとメタアナリシスが実施された。PubMed、Embase、およびCochrane Libraryのデータベースを用いて、RSV/LRTIに関する研究を検索し、基準を満たした20の研究が最終的なレビューに含まれた。母親のリスク因子とRSV-LRTIまたはRSVによる入院(RSVH)の関連を調査した。

 

結果
 妊娠中の喫煙は、RSVHリスクを2.01倍に増加させた(95% 信頼区間:1.52–2.64)。一方、母乳育児は、RSVHのリスクを0.73倍に低下させることが確認された(95% 信頼区間:0.58–0.90)。他のリスク因子として、母親の教育水準が低いこと、帝王切開が挙げられたが、統計的な有意差を示さなかった。

 

考察
 本研究で、母親の喫煙や母乳育児などの介入可能なリスク因子が、乳児のRSV-LRTIおよびRSVHリスクに大きく関連することが明らかになった。母親に対して、妊娠中に喫煙しないことや母乳育児を奨励することが、RSV-LRTIのリスクを低減させるための有効な方法であると考えられる。

 

 

 

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