小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

小児のペニシリンアレルギー表示はデメリットも多い

 ある薬物にアレルギーがある患者さんに対して、その薬物を投与しないことは、医療における常識ですが、「アレルギーがある」こと自体が間違っていることがあります。

 例えば、アルコールアレルギーと書いてあっても、「アルコール綿でゴシゴシ擦ったときに少し赤くなっただけ」とか。(誰でもそうなりますよね…)

 抗菌薬アレルギーに関しては、ペニシリンが有名です。しかし、ペニシリンによる本当のアナフィラキシーは非常にまれです。使用して10日目くらいで見られる、全身性の皮疹はよくあります。しかし、世の中には、それ以外にも、「ペニシリンを使って下痢が出た」「ペニシリンを使っていたら、(突発性発疹の)発疹が出た」「ペニシリンを使っていたら、吐いた」などを理由にペニシリンアレルギー表示がされていることがあります。(当然、抗菌薬を使えば下痢は起きますし、昔は子供の熱に抗菌薬が安易に処方されており、ウイルス性発疹が薬疹と思われたことも多かったです。)

 そして、電子カルテシステムに入力されると、見直されることは、ほぼありません

 

 この論文は、「ペニシリンアレルギーと表示された」小児が気道感染を罹患した時、抗菌薬の処方がどうなるか→どのようなデメリットが起きるかを解析した研究です。

 

要点
ペニシリンアレルギーと表示されると、広域抗菌薬・第2選択の抗菌薬が処方されやすい
ペニシリンアレルギーと表示されると、抗菌薬の副作用による再診が多い
ペニシリンアレルギーの表示がある場合、どのようなアレルギー症状であったのかを確認して、「不必要なアレルギー表示は外す」ようにしたほうが良い。

 

Impact of Penicillin Allergy Labels on Children Treated for Outpatient Respiratory Infections.
J Pediatric Infect Dis Soc. 2023 Feb 27;12(2):92-98.
 
背景
ペニシリンアレルギーは最も多い抗菌薬アレルギーであるが、アレルギーとされた小児の多くはペニシリンが使用できる。不正確なペニシリンアレルギー表示(PAL)の診断が、小児外来患者に与える影響は不明である。本研究の目的は、外来での呼吸器感染症(RTI)治療において、PALのある小児とない小児の転帰を比較することである。
 
方法
フィラデルフィアおよびヒューストン都市圏の90の小児科プライマリケア診療所で治療を受けた小児を対象に、後方視的なコホート研究を実施した。RTI発症時にPALとされた小児の処方および臨床転帰を、潜在的交絡因子を調整した上で、非アレルギー児と比較した。
 
結果
 200,977人の小児に、再発ではないRTIの診断で、663,473回の抗菌薬が処方された。PALの小児(全体の5%)は、非アレルギー児よりも広域抗菌薬処方(調整相対リスク(aRR)3.24、95%CI 3.22-3.26)および第二選択の抗菌薬(ベストではない処方)(aRR 4.87、95%CI 4.83, 4.89)を受ける傾向がみられた。第一選択の抗菌薬投与を受けた非アレルギー児と比較して、PALの小児は、薬剤の副作用のため再診する可能性が高かった(aRR 1.28, 95% CI 1.18-1.39)。治療失敗は、両者で差はなかった(aRR 0.95, 95% CI 0.90-1.00)。
 
結論
 プライマリケアでRTIの治療を受ける小児において、ペニシリンアレルギーと判断することは、広域抗菌薬および第2選択の抗菌薬の処方率の上昇につながり、有害事象が増加し、本来は不必要な受診の原因になる。PALの頻度(全体の5%)を考慮すると、不適切なペニシリンアレルギー表示を防止し、既存の不正確なアレルギー表示の解除を促進する努力は、細菌感染症の治療を受ける小児のケアを改善する可能性がある。
 

 

 「不必要なアレルギー表示を外す」と一言で言っても、なかなか個人の努力のみでは難しいですし、もし何らかのアレルギー反応が出た場合、医療機関としてどう責任を持つか、アレルギー表示を解除した医療者に責任を負わせるのかという問題が出てきます。
 これは、今後、抗菌薬適正使用チーム(AST)が介入していってもよい分野かと思っております。

小児の軽症肺炎の改善指標は何を見たら良いか?

 市中肺炎(CAP)は、世界では幼児の主要な死因です。米国では、小児1万人あたり約15.7人が入院し、小児入院の2番目に多い理由となっています。日本でも、同様で、ほとんどが外来管理したり、入院しても比較的早期に改善しますが、患者数は多いです。
 
 小児CAPの観察研究や臨床試験を行う際、何をアウトカム(臨床指標)を設定するかは、かなりのばらつきがあります。一般的に使用されるアウトカムは、入院期間や再診率など非特異的なもの(肺炎の改善とは直接関係あるとは言い難い)であったり、敗血症や死亡などごく一部の小児にしか発生しない(先進国で小児CAPで亡くなることはほぼ無い)ものであったりすることが多いのが問題でした。客観的なアウトカム指標に関するコンセンサスを作ってみましたという研究です。
デルフォイの神託から名前をつけた、Delphi研究です)
 
Developing Consensus on Clinical Outcomes for Children with Mild Pneumonia: A Delphi Study. J Pediatric Infect Dis Soc. 2023 Feb 27;12(2):83-88. 
 
背景
 小児抗菌薬臨床試験におけるアウトカムのコンセンサスがないことは、研究の統一性と臨床応用の大きな障壁となっている。我々は、軽症の市中肺炎(CAP)の小児を対象とした臨床試験におけるアウトカム指標について、専門家のコンセンサスを得ることを目指した。
 
方法
 デルファイ法を適用し、多職種の専門家委員会が、小児の軽症 CAP における臨床効果と治療失敗の様々な要素の重要性を評価した。第1ラウンドでは、委員が自由回答で追加のアウトカムを提案した。その後、合意形成のラウンドに追加された。第2ラウンドと第3ラウンドでは、パネリストに事前の回答と、各項目の統計が提供された。合意形成は、70%以上の一致で定義された。
 
結果
 専門家委員会は、治療の成功と失敗の評価を、開始後3日目(中央値)で行うべきであると決定した。発熱、努力呼吸、呼吸困難、頻呼吸(解熱時)、経口摂取量、活動性の完全または大幅な改善は、適切な臨床反応(治療成功)の構成要素として含まれるべきとした。発熱、呼吸困難、経口摂取量の減少が持続または悪化は、治療失敗の構成要素に含まれるべきとした。また、輸液、酸素投与、高流量鼻カニューレ酸素療法(HFNC)が必要、抗菌薬変更などの介入も、治療失敗のアウトカムとして考慮されるべきであるとした。
 
結論
この多職種専門家委員会のコンセンサスによって決定された治療成功・失敗のアウトカムは、小児のCAP研究に使用することができ、臨床研究に役立つ客観的なデータを提供することができると考えられる。
 

治療成功の指標
・治療開始3日以内に、発熱、努力呼吸(鼻翼呼吸、呼吸困難、陥没呼吸)、経口摂取量、活動性の大幅な改善があること
治療失敗の指標
・治療開始3日後の時点で、発熱、努力呼吸、経口摂取量の減少が継続または増悪していること
・治療開始3日以内に、新規に輸液、酸素投与、他の抗菌薬を開始したり、複雑性肺炎を発症すること

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

乳幼児の熱源不明の発熱で、考えるウイルスは?

 少し古い論文の紹介です。乳幼児の発熱はとても多いのですが、診断がつかないことはよくあります。外来では、「何かのウイルス性の病気(いわゆる風邪)ですよ」としょっちゅう説明しますし、具合が悪く入院になっても、細菌検査で全く原因が分からず、ウイルス迅速検査も陽性にならないことはしょっちゅうです。
 しかし、「何らかのウイルス」は、小児科医ならみんな気になるところです。
 この論文は、米国の小児病院の救急外来を受診した患者さんの鼻咽腔と血液から多種類のウイルスを同時に検査したものです。生後2−36ヶ月の小児で、熱源不明の発熱では、アデノウイルス、HHV-6(突発性発疹のウイルス)、エンテロウイルス、パレコウイルスなどの検出が多いことが分かりました。
 しかし、これらが検出されたら、全て熱の原因でしたとは言えません。なぜなら、予定手術のために受診した小児のなんと35%から、なんらかのウイルスが検出されています。発熱者からの検出率は76%なので、これらのウイルスが原因となっていることは確かですが、検出されたウイルスが全て病気を起こしているとは言えません。
 SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)でも問題となった、PCR陽性が持続する状態が、普通の風邪のウイルスにも起こることが分かります。
 重要なこととして、熱源不明の乳幼児を診察する時には、
1. しっかり細菌感染の熱源を探し、必要な培養を取る
2. 細菌感染らしくない場合には、アデノ、HHV6、エンテロ、パレコウイルスを考える
3. ウイルスが検出される=熱源になるというわけではない
Detection of viruses in young children with fever without an apparent source.
Pediatrics. 2012 Dec;130(6):e1455-62.
 
目的
 乳幼児では、原因のはっきりしない発熱は多い。現在、米国では乳幼児の重篤な細菌感染症はまれになっている。我々の目的は、原因となる可能性のあるウイルスを特定することである。
 
方法
 セントルイス小児病院救急部において、生後2−36ヶ月で、38℃以上の発熱があるが、熱源が明らかでない児と、熱源が細菌感染と考えられる児と、外来手術を受ける発熱のない小児を登録した。血液と鼻咽頭拭い液を、多種類のウイルスPCR検査を行った。
 
結果 
 熱源の明らかでない児75人のうち76%、細菌感染と考えられる15人のうち40%、発熱のない児116人のうち35%から1種類以上のウイルスが検出された(P < .001)。4種類のウイルス(アデノウイルス,ヒトヘルペスウイルス6,エンテロウイルス,パレコウイルス)が検出される頻度が高く、熱源不明の児の57%,細菌感染と考えられる児の13%,発熱のない児の7%で検出された(P < .001)。ウイルス感染症146例のうち34%は、血液のPCRだけで検出された。ウイルス感染症と診断され、細菌感染の証拠がない小児の51%が抗菌薬で治療されていた。
 
結論
 ウイルス感染症は、原因不明の発熱の小児に頻繁にみられる。鼻咽頭拭い液に加えて血液を検査することで、検出されるウイルスの範囲が広がる。今後の研究では、ウイルス検査の有用性を検討する必要がある。小児の熱源不明の発熱の原因となるウイルスを認識することで、不必要な抗菌薬の使用を抑えることができるかもしれない。
 

小児副鼻腔炎の起炎菌は?

 副鼻腔炎と中耳炎は、小児科でもよく見る感染症です。しかし、どちらも閉じた空間(鼓室と副鼻腔)の感染症であり、原因の微生物へのアプローチが難しいのが現状です。

 高知の耳鼻科開業医の先生が、小児の上顎洞炎(一般的な副鼻腔炎)の原因微生物を報告されています。直接、副鼻腔から穿刺液を吸引して、培養とPCR検査を行われています。

 症例数も多く、お忙しい開業医の先生がこのようなお仕事をされたのは素晴らしいと思います。

sawada-clinic.jp

要点

・小児の副鼻腔炎の原因は、細菌もしくは細菌+ウイルスの混合感染がほとんど。
 (ウイルス単独感染が比較的多い中耳炎とは違う)
・細菌の中では、インフルエンザ桿菌、肺炎球菌、モラキセラが多い。
・肺炎球菌ワクチン接種の有無、抗菌薬の投与の有無で、原因微生物に有意な差はない。

 

Microbiology of Acute Maxillary Sinusitis in Children.
Sawada S, Matsubara S. Laryngoscope. 2021 Oct;131(10):E2705-E2711.
 
目的
 急性鼻副鼻腔炎は、小児の感冒に関連する頻度の高い合併症である。適切な治療が必要であるにも関わらず、その原因微生物学は不明である。本研究では、小児の急性鼻副鼻腔炎微生物学的特徴を調査することを目的とした。
 
方法
 本研究は、前向き非対照研究である。重度の症状を有する小児急性上顎洞炎患者31名を評価対象とした。対象は5~14歳の男児17名、女児14名(平均年齢9.1歳)であった。上顎洞からの吸引液を採取して培養するとともに、ウイルスおよび細菌をPCRで検索した。細菌は培養とPCRで、ウイルスはPCRで分析された。使用したPCRキットは、18種類の呼吸器系ウイルスと13種類の細菌を同定するものである。
 
結果
 吸引液31検体中30検体(97%)で、少なくとも1つの病原体がPCRで検出された。ウイルスのみを含む吸引液はなかった。また、10検体(32%)は、ウイルスと細菌の両方が検出された。多く検出されたウイルスは、ライノウイルス(13%)、インフルエンザウイルス(10%)であった。細菌は、インフルエンザ桿菌(45%)、肺炎球菌(32%)、Moraxella catarrhalis(16%)、Chlamydophila pneumoniae(13%)が、多く検出された。細菌培養により31例中21例(68%)で細菌が検出された。培養でも、H influenzaeが最も検出頻度が高かった(42%)。
 
結論
 小児の急性上顎洞炎では,副鼻腔吸引液の65%に細菌が、32%に細菌とウイルスの両方が検出された。ウイルスは、ライノウイルスとインフルエンザウイルスが多く、細菌はH influenzaeとS pneumoniaeが多かった。ウイルス・細菌PCRは、小児副鼻腔炎における微生物学を正確に調査するのに有用であった。
 
 

妊娠中のRSウイルスワクチンが、出生児の重症感染を減らす

 乳児にとってRSウイルス(RSV)感染症は、大変な病気です。呼吸状態が悪化して入院となったり、まれですが脳炎などの重篤な合併症もあります。
 私も小児科医になりたてのときに、受け持った赤ちゃんが、ひどい無呼吸発作になり、こども病院のドクターカーで患者さんを搬送していただいたことがあります。
 今は、シナジスというモノクローナル抗体製剤があり、リスクが高い児(心疾患、未熟児、Down症候群、肺疾患など)では、毎月筋肉内注射することで、RSV感染の重症化が(ある程度)予防できます。
 しかし、シナジスは、高額・毎月の接種は大変などの問題がたくさんあります。(1回だけの製剤ニルセビマブが開発中です。)
 
 今回の研究は、妊娠中の母に1回だけRSVのワクチンを接種したら、生まれてきた赤ちゃんの重症RSV感染症が減ったという報告です。これは、赤ちゃんに痛い思いをさせずに済む素晴らしい薬だと思います(さすがにNEJMに掲載されるだけある!)
 実用化に向けて、更に治験が進むことを期待しています。
 移行抗体の低下とともに、有効性が低下してくるので、生後6ヶ月以降は、ハイリスク児を何らかの形で予防する方法は必要だとは思います。
 
要点
・2価RSV perfusion Fタンパクワクチンを、妊娠24−36週の妊婦に1回筋注する
・出生した児の重症RSV下気道感染が、予防できる(90日以内81.8%、180日以内69.4%)
Prefusion F Protein-Based Respiratory Syncytial Virus Immunization in Pregnancy.
N Engl J Med. 2022 Apr 28;386(17):1615-1626.
 
背景
 妊娠中にRSウイルス(RSV)ワクチンを接種することにより、新生児や乳児のRSVに関連した下気道感染を減らせるかを検討した。
 
方法
 18カ国で実施されたこの第3相二重盲検試験は、妊娠24週から36週の妊婦を対象とした。2価RSV prefusionFタンパク(RSVpreF)ワクチン120μgを1回筋肉内注射する群とプラセボ群を1対1の割合でランダムに割り付けた。主要評価項目は、生後90日、120日、150日、180日時点において、病院受診した重症RSV関連下気道感染とRSV関連下気道感染の罹患率とした。ワクチン有効性の信頼区間の下限値が20%以上であれば、ワクチンが有効である基準を満たすとした。
 
結果
 中間解析において、ワクチンの有効性の基準は、1つの主要評価項目(重症下気道感染)に関して満たされた。計3682人の妊婦にワクチンが、3676人の妊婦にプラセボが投与された。それぞれ3570人と3558人の乳児が追跡評価さた。医療機関を受診したRSV関連重症下気道感染は、生後90日以内にワクチン群6例、プラセボ群33例(有効率81.8%;99.5%CI 40.6~96.3)、生後180日以内に、19例、62例(有効率69.4%;97.58%CI、44.3~84.1)であった。(重症でないケースを含む)RSV関連下気道感染は、生後90日以内に、ワクチン群24例とプラセボ群56例であった(有効率57.1%;99.5%CI、14.7~79.8);この結果は、統計的に基準を満たさなかった。妊婦と生後24カ月以下の出生児に、安全性に関する問題は認めなかった。接種後1カ月以内または出生後1カ月以内に報告された有害事象の発生率は、ワクチン群(妊婦13.8%、児37.1%)とプラセボ群(妊婦13.1%、児34.5%)で同様であった。
 
結論
 妊娠中にRSVpreFワクチンを投与すると、乳幼児において重症RSV関連下気道感染が減少する。安全性に関する懸念は確認されなかった。