小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

ヨーロッパでの侵襲性A群溶連菌感染症の増加

 2022年より、ヨーロッパ諸国で侵襲性A群溶連菌感染症の小児例の増加が報告されています。オランダからの報告です。

 日本では、今の所、増加傾向は認められませんが、今後注意が必要です。

 

INCREASE IN INVASIVE GROUP A STREPTOCOCCAL INFECTIONS IN CHILDREN IN THE NETHERLANDS, A SURVEY AMONG 7 HOSPITALS IN 2022 
The Pediatric Infectious Disease Journal ():10.1097/INF.0000000000003810, December 29, 2022. | DOI: 10.1097/INF.0000000000003810
要約
 オランダで侵襲性A群溶血性レンサ球菌(iGAS感染症の報告数が増加したことを受け、7病院を対象にアンケート調査を実施した。小児iGAS症例数は、2021年7月から2022年6月の間に、COVID-19以前と比較して2倍に増加した。2022年前半に急増し、5歳未満で最も増加が目立った。診断名は、膿胸と壊死性筋膜炎が最も多かった。最近の小児iGASの急増は、さらなる調査と警戒が必要である。
 
・オランダでは7名の死亡例を含む侵襲性A群溶連菌感染症 (iGAS)が増加している。
・2021年7月から2022年6月の発生数調査を行った。COVID-19前のデータは2018年1月〜2019年12月を用いた。
・対象はオランダ国内の7施設(大学病院3施設、地域病院4施設)。
・emmタイピングを行い、流行株の解析を行った。
 
【結果】
・調査期間中(1年間)に61例のiGASが報告された。
・膿胸が16例、壊死性筋膜炎が6例含まれた。
・5歳未満の増加が顕著。
・PICU入室例が18例(32%)。死亡例は5例(9%)。
・水痘感染が先行した例は、49例中16例(33%)。インフルエンザの先行感染は、9例(18%)。
・特定のemmタイプが流行しているわけではなさそう
 
【考察】
・英国でも増加が確認されているが、はっきりした原因はわからない。
・水痘感染が、iGASのリスク因子と知られているが、やはり先行感染が多い。
 

病型
症例数
膿胸
16例
敗血症
10例
壊死性筋膜炎
6例
化膿性関節炎
5例
トキシックショック症候群
4例
3例
骨髄炎
2例

 iGASの病型の内訳

journals.lww.com

医学部生の髄膜炎菌保菌率は低い

 髄膜炎菌は、髄膜炎や敗血症を起こすことがある細菌ですが、日本で見ることは非常に少ないです。とはいえ、宮崎県の高校の寮でアウトブレイクが起きたり、日本には無縁というわけではありません。特に、軍隊や学生寮など、多くの人が共同生活する場でアウトブレイクすることがあります。
 
 今回紹介するのは、自治医大学生寮の学生に、髄膜炎の保菌率を調査したものです。2回実施しており、0.4%と2.1%と非常に少ない保菌率でした。しかも、莢膜を持たない株なので、病原性も高くないと思われます。
 
Carriage Rate and Characteristics of Neisseria meningitidis among Dormitory Students. Jpn J Infect Dis. 2021 Sep 22;74(5):487-490.
 日本では最近、学生寮髄膜炎感染症アウトブレイクが報告されている。しかし、健常者における髄膜炎菌の保菌実態についてはほとんど知られていない。本研究の目的は、学生寮に居住する医学部生における経時的な保菌率およびNeisseria meningitidis株の特徴を調査することである。調査は、2018年11月から2019年1月にかけて、自治医大学生寮の1年生から3年生(N=376)を対象に2回実施した。2回の調査の結果、保菌率は0.4%(257名中1名)、2.1%(再参加者90名を含む97名中2名陽性)であった。2ヶ月間の調査期間中、特定の菌株の伝播や持続は観察されなかった。喫煙(1回目3.0%[6/202]、2回目5.2%[4/77])、週1回以上のパーティー参加(1回目4.3%[11/257]、2回目2.1%[2/97])など感染リスク行動の履歴を持つ学生は少数であった。2株は無莢膜株で、参加者は無症状保菌者であった。
 
 
 昨年には、国立感染症研究所から、侵襲性髄膜炎感染症発生時対応ガイドラインも出ており、感染対策に関係する方は、少し目を通しても良いと思います。

新生児の腸腰筋膿瘍

 腸腰筋膿瘍は、小児にはまれな病態です。成人では椎体炎が波及して腸腰筋膿瘍を形成することがあります。新生児の腸腰筋膿瘍となるとさらに稀で、ケースシリーズもなく、症例報告が中心です。
 日本からの症例報告に、17例のまとめをつけていただいている報告です。
 
Neonatal iliopsoas abscess.
Pediatr Int. 2012 Oct;54(5):712-4. 
症例は日齢22の男児。在胎38週、出生体重2915gで出生した。
日齢22に、左大腿部の腫脹に両親が気がつく。CTで右腸腰筋から大腿に至る腫瘤を指摘された。白血球と炎症反応の上昇が認められ、アンピシリンを開始した。発熱もなく哺乳も良好であった。右鼠径部と大腿中央部が腫脹し、発赤していた。入院後に、穿刺を行い、その後、外科的ドレナージを行った。培養は肺炎球菌だった。アンピシリンを継続した。MRIで股関節に不完全脱臼を認め、化膿性関節炎からの波及が疑われた。




 

 小児の腸腰筋膿瘍に関するまとめはあまりありません。新生児だけで17例をまとめてくださっていますが、多くは発熱がなく、局所の腫脹で気が付かれるようです。多くの症例で外科的ドレナージが必要になっています。
 膿瘍形成の原因となった病態は、不明が多く、一部に、カテーテル感染、尿路感染、筋肉内出血などがあるようです。
 

コロナでも大泉門が膨隆することがある

 乳児の新型コロナウイルス感染症で、大専門が膨隆した症例があったという報告です。CTで見ると、結構膨隆しています。
 
Bulging Anterior Fontanelle Caused by Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus-2.
Pediatr Infect Dis J. 2023 Jan 1;42(1):e4-e5.
 
小児のCOVID-19で大泉門の膨隆を認めた症例報告です。
 発熱などの症状で受診した9ヶ月のお子さんですが、大泉門の膨隆を認めたため、髄液検査とCTを実施されました。
 
 髄液検査では、細胞数の上昇なし、蛋白の上昇なし、糖の低下なしでした。ウイルスや細菌の検出も認めず。鼻咽腔からSARS-CoV-2が検出されました。
 
 乳児の大専門膨隆は、頭蓋内圧上昇の徴候であることが多く、鑑別診断は感染症、頭蓋内出血、頭蓋内占拠性病変、外傷など多岐にわたります。感染症に関しては、細菌性髄膜炎、無菌性髄膜炎、上気道感染、非特異的ウイルス感染、突発性発疹などが知られています。
 
 今後、乳児のCOVID-19ではより注意深く大泉門の診察をしようと思います。
 

尿から肺炎球菌?

 タイトルを見て「??」と思いましたが、なるほどです。
 小児(だけではなく成人)の尿路感染症の多くは、大腸菌などのGram陰性菌が原因です。感染症科医としては、尿から「尿路感染症の原因にならない菌が検出された場合、菌血症→尿に出てきた」と考えることが一般的です。
 (黄色ブドウ球菌菌血症などでは、黄色ブドウ球菌の細菌尿がよく見られます)
 この研究は、成育医療センターから発表されたものですが、肺炎球菌やインフルエンザ菌など、通常は肺炎などの気道感染の原因となる菌が尿路感染症を起こすこともありますよ、ということを教えてくれます。
 とは言え、稀な事象で、多くは膀胱皮膚瘻など、尿路の解剖学的異常がある症例です。とても勉強になりました。Abstractには記載がないですが、複数菌感染の割合が多いこともポイントかなと思います。
 
Urinary tract infection caused by bacterial pathogens of the respiratory tract in children.
Pediatr Int. 2022 Jan;64(1):e15419.
 
背景
 肺炎球菌、インフルエンザ菌、モラキセラなどの呼吸器疾患を起こす細菌による尿路感染症(UTI)はまれであり、臨床的特徴や宿主の危険因子についてはほとんど分かっていない。本研究の目的は、その臨床的特徴を明らかにすることである。
 
方法
 3次小児病院において、S. pneumoniae、Haemophilus spp.、M. catarrhalisによる小児UTIに関する後方視的研究を実施した。2002年から2020年の間にUTIと診断された小児患者を対象とした。電子カルテおよび感染症サーベイランスシステムから,患者情報、検査データ、細菌検査結果を抽出した。
 
結果
 46,332件の尿検体のうち、対象菌種による細菌尿は76件(0.16%)、UTI症例22件(0.05%)が確認された(S. pneumoniae, n = 7, Haemophilus spp., n = 15)。うち17名(85%)に尿路の解剖学的異常があり、13名(60%)に膀胱皮膚瘻があった。S. pneumoniaeとHaemophilus spp.によるUTIは、すべて膀胱瘻を造設している患者に発生した。全例とも臨床経過は良好であった。
 
結論
 S. pneumoniaeとHaemophilus spp.は小児UTIの原因菌としては稀であるが、特に尿路の解剖学的異常や膀胱皮膚瘻を有する患者では、真の原因菌となる可能性がある。臨床医は、これらの病原体が上記のような基礎疾患のある患者に見られた場合、汚染菌として無視すべきではない。
 

 
 
肺炎球菌 5例
年齢(中央値)
3歳
3.5歳
UTIエピソード
7回
15回
尿路の異常
60%
93%
間欠的導尿
43%
33%
膀胱瘻
71%
54%
単一菌感染症
71%
47%

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov