小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

BCG接種後のリンパ節炎に抗菌薬は必要か?

 BCGワクチンは、乳児が接種するワクチン(いわゆるハンコ注射)です。BCG菌を、特殊な針を使って接種するのですが、BCG菌自体による感染症を起こしてしまうことがあります。代表的なものとしては、リンパ節炎(接種した側の腋窩に多い)や接種部位の膿瘍などです。重症例では、播種性BCG感染症や骨髄炎もあります(まれですが)。
 リンパ節炎は、自然軽快するのですが、かなり大きくなったケースや、なかなか縮小しないケースでは抗結核薬を使って治療をします。個人的には、使用すると治癒が早くなるという印象があったのですが、このシステマティックレビューを行ってみたら、あまり変わらなかったという結論です。
 
要点
・BCGによる非化膿性リンパ節において、抗菌薬が治癒を早めるというエビデンスはないし、化膿性リンパ節への進行を予防するエビデンスもない。
・化膿性リンパ節では、針吸引が瘻孔形成を予防する。改善がない場合には、外科切除で治癒率が高い。
・接種部位膿瘍は、抗菌薬投与しなくても治癒する。
Management of Bacille Calmette-Guérin Lymphadenitis and Abscess in Immunocompetent Children: A Systematic Review 
Pediatr Infect Dis J . 2021 Nov 1;40(11):1037-1045.
 
背景
Bacille Calmette-Guérin(BCG)ワクチン接種による副反応の治療方針に関しては、コンセンサスが得られていない。我々は、免疫正常児におけるBCGリンパ節炎および注射部位膿瘍の治療方針について系統的レビューした。
 
方法
Medline、Embase、PubMedを用いて、2020年11月まで検索を行った。皮内BCG接種の合併症に対する治療戦略を比較した無作為化比較試験(RCT)およびコホート研究を対象とした。
 
結果
 1338件の論文のうち、15件が組み入れ基準を満たした。6件のRCT、4件の前向きコホート研究、4件の後ろ向きコホート研究により、BCGリンパ節炎の小児患者1022人の治療方針を比較した。非化膿性リンパ節炎において、抗菌薬投与は、治癒までの時間と、化膿予防に有意な影響を及ぼさなかった。化膿性リンパ節炎では、針吸引が治癒までの時間を短縮し、瘻孔形成を予防するというエビデンスがあった。改善しない化膿性リンパ節炎に対して実施される外科的切除は、一般的に良好な転帰を示した。2件のコホート研究(前述の1件を含む)では、36人のBCG接種部位膿瘍の治療方針を比較した。1件は抗菌薬で治療した場合、転帰に差はなく、もう1件では抗菌薬治療せずに完治したと報告している。
 
結論
 免疫正常児のBCG接種による局所反応の管理において、抗菌薬投与が有用であるという明確なエビデンスはないBCG化膿性リンパ節炎は、針吸引により治癒までの期間が短縮される可能性がある。BCG接種部位膿瘍は、通常、無治療で治癒する。しかし、研究は限られており、症例の定義も十分ではない。
 

 これまで、かなりの症例で、リファンピシンやイソニアジドを使用して治療してきました。実際に、使用してから速やかにリンパ節が縮小して、良かったね、と思っていたのですが、抗菌薬投与のエビデンスは明らかではないとは…。今後は、もう少し経過観察期間を長くして待つようにしたいと思います。また、化膿性リンパ節となったら、早期に針吸引か外科的切除ですね。

アデノウイルスによる皮疹の特徴

 アデノウイルス感染症は、夏季に流行する感染症です。咽頭結膜熱や流行性角結膜炎、胃腸炎などの原因になりますが、通常の感冒の原因にもなります。まれに、肝炎、肺炎、脳炎など、重篤感染症を起こします。免疫不全者に、出血性膀胱炎を起こすウイルスとしても有名です。
 アデノウイルス感染症では、皮疹を伴うことがあるのですが、どのような皮疹が「アデノらしい皮疹」なのか、イメージがありませんでした。夏も近づき、感染者数も増えてきますので、まとめました。
 
 
小児感染症の成書であるFeigin and Cherryをまとめました
要点
アデノウイルスに感染すると約10%の患者に皮疹が出現する。
・発疹が出やすいアデノウイルスの血清型がある。
  (1 型、2 型、3 型、4 型、7 型、7a型、 40型、54型[日本])
・皮疹は、紅斑性斑状丘疹が一番コモン。
・症状が強いケースでは、麻疹様・風疹様の癒合傾向のある紅斑になる。
髄膜炎菌感染を疑う点状出血・紫斑もあり得る。
・解熱後に紅斑性丘疹が出現する、突発性発疹症パターンもある。
・粘膜病変を伴う重症のStevens-Johnson症候群になることもある。
・移植後などでは、非典型的な皮疹になる
 
アデノウイルス感染による皮膚症状について
 アデノウイルス 1 型、2 型、3 型、4 型、7 型、7a型、いくつかの未知の型は、発疹性疾患との関連が指摘されている。アデノウイルス感染症によくみられる皮膚症状は、小児が発熱している間に現れる紅斑性斑状丘疹(erythematous maculopapular rash)である。麻疹や風疹と診断されているケースも多かった。多くの場合、結膜炎、鼻炎、咽頭炎、リンパ節腫脹など、アデノウイルスに特徴的な他の臨床所見も認められる。時に、発疹は、癒合傾向のある麻疹様発疹 (morbilliform with a confluence)となるが、Koplik斑は認めない(麻疹との鑑別点)。
 

(左右差が明確なために症例報告になったものですが、イメージとしてはこのような発疹が多のかなと思います)

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
 乳児の重症肺炎の経過の初期に、広範囲の紅斑がしばしば認められる。Chanyらは、アデノウイルス7a型肺炎で死亡した患者5人に麻疹様皮疹を認めたと報告している。アデノウイルス7型による感染にも関わらず、髄膜炎感染症を疑うような小児例の報告もある。この患者は、発熱、嘔吐、下痢、および点状出血・紫斑を呈していた。Rochollらは、小児のアデノウイルス感染症143例のうち10%に発疹が認められたと報告している。
 
また、発熱が続き解熱した後に斑状丘疹が出現する、突発性発疹症に類似した経過の症例も報告されている。アデノウイルス感染症は、風疹と混同されることもある。しかし、アデノウイルス感染症では呼吸器症状や発熱が明らかにあるので、診断ははっきりする。風疹の場合、呼吸器症状や発熱はほとんど見られない。Stevens-Johnson症候群を伴う重症例も見られる。このような患者ではしばしば肺炎を併発し、病態は肺炎マイコプラズマによるものと非常に類似している。
 <下記の論文に写真があります>
 
 Lähdeaho らは、腸管アデノウイルス40 型の E1b タンパク質由来ペプチドに対する抗体と疱疹状皮膚炎(dermatitis herpetiformis)に関連していることを指摘している。
Dermatitis Herpetiformis: Features, Diagnosis, and Treatment - DermNet に良い写真が掲載されている。)
 Keyesらは、EBV関連移植後リンパ増殖性疾患と播種性アデノウイルス感染を合併した造血幹細胞移植後の女性の症例を報告した。患者は、手掌に2〜3 mm大の紅斑性丘疹があり、一部は水疱状で、硬い角質栓が認めらた。生検では、表皮の過形成と、不全角化が認められた。

 

 日本からの報告で、アデノウイルス54型で丘疹が認められた症例があります。

www.niid.go.jp

 

 一般の方のブログですが、アデノウイルス感染による皮疹を時系列で捉えた写真を見つけました。

 最初は、紅斑性斑状丘疹ですが、次第に癒合傾向のある紅斑になり、一部色が濃くなっている様子です。麻疹様皮疹で良いと思います。

(結構、学術的に貴重な資料では無いでしょうか。)

blog.goo.ne.jp

blog.goo.ne.jp

 

定期的な気管分泌物培養はVAPの抗菌薬選択に役立つ

 人工呼吸器関連肺炎(VAP)は、小児PICUにおける、重篤な合併症です。緑膿菌MRSAなど耐性菌も考慮した抗菌薬が選択されることが多いですが、どうしても広域抗菌薬が選択されがちです。
 気管内挿管中は、小児では例外的に良い喀痰検体が採取できるので、定期的に気管内の定着菌を調べておけば、VAPを発症した時に、よりターゲットを狭めた治療ができるのではないかというフランスの研究です。
 
要点
・隔週で気管内分泌物の培養を実施した。
・実施後は、VAPを発症した患者により境域抗菌薬、最適な抗菌薬が選択される割合が増加した。
 
Systematic Endotracheal Aspiration in the Pediatric Intensive Care Unit Reduces Broad-spectrum Antibiotic Use for Ventilator-associated Pneumonia
Pediatr Infect Dis J . 2022 Jul 1;41(7):544-548.
 
【目的】
人工呼吸器関連肺炎(VAP)に対する初期抗菌薬治療において、人工呼吸器装着患者に対して隔週での気管内吸引(ETA)検体採取の影響を明らかにすること。
 
【研究デザイン・場所】
後方視的コホート研究。三次医療施設のPICU(内科・外科16床)で実施。
 
【対象者】
PICU に入院中の 16 歳未満の VAP 基準該当者。
 
【介入】
人工呼吸器装着中の患者を対象に、隔週でETA検体採取を実施した。
 
【アウトカム評価】
VAPの疑いで抗菌薬治療を受けた患者を対象に、系統的ETA開始の前後12カ月間(第1期、第2期)を後方視的に分析し、両期で初期抗菌薬を評価した。
 
【結果】
第1期で56例、第2期で47例がVAPを発症した。両期間ともVAP発症率は17例/1000人工呼吸日数であった。最適な抗菌薬が処方されたのは第1期で19.6%、第2期で55.2%であった(P=0.001)。第1期と比較し、第2期ではVAPに用いられた初期抗菌薬のうち、広域抗菌薬が占める割合は有意に低かった(P=0.01)。
 
【結論】
研究を実施したPICUでは、気管内に定着した細菌に関する情報があれば、VAPに対する広域抗菌薬の初回使用率が低下することが示された。
 

新型コロナ患者の母児同室は安全か?

 小児の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者を受け入れる時、保護者が同室するのかは大きな問題になります。特に年少児では、生活が自立していないため、頻回のオムツ替え、授乳などが必要で、(特に隔離室に入ってしまうと)医療スタッフだけでは十分なケアができない可能性があります。また、子供の精神面でも、親との分離は良くないので、なるべく、入院には保護者の付き添いが望ましいです。
 一方、付き添う保護者が、まだ新型コロナウイルスに感染していない場合(discordant pair)、同じ部屋で過ごすことで、感染のリスクが生じます。本来、感染せずに済んだ方が感染して、重症化する可能性もあります。
 現場ではやむを得ず同室してもらいますが、感染リスクがどの程度かを知りたいと思っていました。今回紹介する研究は、イタリアで2020年4月〜2021年2月まで(デルタ株もオミクロン株も出現する前)に入院したdiscordant pair 12組の観察研究です。
 
要点
・Discordant pairの親子(子陽性、親陰性)12組が入院した。
・病室は、陰圧室ではない個室で、広さは17平米。
・保護者は、マスク着用、手洗い、環境清拭を行った。
・入院中・退院後も含めて、新型コロナウイルスに感染した保護者はいなかった。
 
No Spread of SARS-CoV-2 From Infected Symptomatic Children to Parents: A Prospective Cohort Study in a Controlled Hospital Setting 
Front Pediatr . 2021 Aug 3;9:720084.
 
はじめに
 新型コロナウイルスSARS-CoV-2)の小児から成人への感染率については、研究により条件が異なるため、不明である。
 
方法
 当院の病棟に入院したSARS-CoV-2陽性の小児と陰性の保護者12組について、SARS-CoV-2感染伝播が発生したかを調査した。病院の専用病室では、入院期間中に保護者と小児の濃厚接触は継続していた。
 
結果
 SARS-CoV-2検査が陽性の小児136名(平均年齢3.6±4.9歳,中央値1,IQR 0~6.2,範囲0.1~17)が、保護者と一緒に入院した。そのうち、12/136人(8.8%,平均年齢6.1±5.3歳,中央値4.5歳)は、家庭で児と濃厚接触していたにもかかわらず、入院時に検査陰性であった保護者が付き添った(discordant pair)。3例は、年少のため、母親がすべてのケアを行うことが必要で、うち1人は母乳栄養であった。陽性症例との接触期間の平均は20.5±8.2日間であった。SARS-CoV-2に感染した小児から保護者への感染伝播は確認されなかった。
 
結論
 小児から成人への感染は、長期間の濃厚接触にもかかわらず、限定的であるとの仮説が成り立つ。これらのデータは、学校再開について安心感を与えるとともに、今後、同じ条件下でSARS-CoV-2の変異株でも調査を行う必要がある。

 

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

NICUでのアシネトバクター菌血症

 アシネトバクターは、院内感染の原因となる細菌です。多剤耐性アシネトバクターによる感染症は、治療選択肢が少なく、難渋することがありますが、国内で分離されるアシネトバクターは比較的感受性のよい株が多いです。
 NICUアシネトバクター菌血症において、患者背景やリスク因子をまとめた論文です。
 
要点
NICUアシネトバクター菌血症は、
 中心静脈カテーテル(CVC)留置・完全静脈栄養(TPN)
 長期人工呼吸器管理・長期入院中

 の患者に多い。
 
Case-control analysis of endemic Acinetobacter baumannii bacteremia in the neonatal intensive care unit 
Am J Infect Control . 2014 Jan;42(1):23-7.
 
背景
新生児集中治療室(NICU)におけるAcinetobacter baumannii菌血症患者の臨床症状および転帰の特徴を明らかにすることを目的とした。
 
方法
2004年−2010年に当院NICUでA. baumannii菌血症を発症した全患者を対象に検討を行った。A. baumannii菌血症の各症例と非感染対照2例および大腸菌菌血症およびクレブシエラ菌血症の全症例をそれぞれ比較し、マッチドケースコントロール研究を実施した。
 
結果
A. baumannii菌血症は37例であった。多剤耐性A. baumanniiは2例(5.4%)のみであり、全体の死亡率は8.1%であった。マッチさせた非感染の対照群と比較して、A. baumannii菌血症の児は、中心静脈カテーテル(CVC)留置 ( P = 0.009 )、完全静脈栄養(TPN)使用 ( P = 0.021 )、人工呼吸器の長期使用 ( P = 0.002 )、長期入院 ( P = 0.010 )が多かった。大腸菌またはクレブシエラによる菌血症と比較し、A. baumannii菌血症例は、出生時体重が少なく(中央値 1,090g vs. 1,300g, P = .044)、感染時の CVC および TPN 使用率が高かった(いずれも P < .001)。
 
結論
NICUにおいて、A. baumannii菌血症は、主にTPN使用中およびCVC留置中の低出生体重児に発生した。A. baumanniiは、死亡の原因になることは少なく、多剤耐性A. baumanniiはまれであるが、入院期間の延長に関連した。