はじめに
サル痘(monkeypox)は、
天然痘に類似した発疹を生じるウイルスによる
人獣共通感染症である。しかし、サル痘感染によるヒトからヒトへの感染率および死亡率は、
天然痘の場合よりもかなり低い。臨床的には、これら2つのウイルス
感染症の区別は困難であり、サル痘が
バイオテロに利用される懸念がある。
ウイルス学的特徴
オルソポックスウイルスであるサル痘ウイルスは、1950年代後半に病気のサルのコロニーから初めて単離された。このウイルスは、variola(
天然痘の原因)およびvaccinia virus(
天然痘ワクチンに使用されるウイルス)と同じ属に分類される。サル痘ウイルスに感染した細胞を
電子顕微鏡で観察すると、レンガ状のウイルス粒子が観察される。
サル痘は、アフリカの異なる地域(
中央アフリカと西アフリカ)に2つの異なる系統が存在する。
中央アフリカから分離された株と比較して、西アフリカのサル痘は毒性が弱い。
疫学
歴史 - サル痘ウイルスは、サハラ以南のアフリカで数千年にわたりヒトに感染してきたと考えられている。
サル痘は、1970年代に
コンゴ民主共和国(旧ザイール共和国)でヒトの疾患の原因として初めて同定された。1970-80年の間に59例のヒトのs症例が報告され、死亡率は17%であった。症例はすべて、西アフリカおよび中部アフリカの
熱帯雨林で、小動物(ネズミ、リス、サル)と
接触した患者に発生した。
西半球で最初にサル痘が確認されたのは、2003年の米国である。
感染様式-サル痘ウイルスは通常、感染した動物の体液との
接触または咬傷によってヒトに感染する。サルやヒトは偶発的宿主である。固有宿主は、げっ歯類である可能性が高い。西アフリカから感染したげっ歯類が誤って米国に輸入され、西半球で初めてヒトへのサル痘感染が起こったと考えられる。
一般に、ヒトからヒトへの伝染性は非常に低い 。しかし、感染には長時間の対面
接触が必要である。(例えば、個人防護具(PPE)がない場合、半径6フィート以内で3時間以上)
感染経路と曝露の程度は、臨床症状の重症度に影響を与える可能性がある。例えば、
プレーリードッグへの曝露を非侵襲性(例えば、感染動物に触れた、ケージを清掃した)と「複雑性」(例えば、病気の
プレーリードッグに噛まれたりした)に分類しています。複雑性曝露を受けた患者は、非侵襲性曝露を受けた患者よりも、全身性疾患の徴候を発症する可能性が高いことがわかっている。
地理的分布 - サル痘のほとんどの症例は中央・西アフリカで発生している。しかし、帰国旅行者の散発的な感染が数カ国で報告されている。米国では、アフリカからの動物輸入による発生があった。
アフリカ - 1996年から1998年にかけて、約100例で発熱とそれに伴う膿疱性病変が発生した。二次発作率が80%という報告がある。水痘が同時に発生したため、症例の分類を誤った可能性がある。死亡率が全体的に5%未満であった。
その後、2005年から2007年にかけて行われた
サーベイランス調査では、
コンゴ民主共和国におけるサル痘の感染率が1980年代に比べて20倍も増加していることが確認された。2005年から2007年にかけて、ヒトのサル痘の症例が760例確認された。
天然痘の予防接種歴を持つ者は、未接種の者に比べてサル痘の感染リスクが5倍低かった。
天然痘の予防接種歴が無いと、サル痘の症例が増加するという懸念を証明した。その他の感染リスク要因として、森林地帯に居住、男性、年齢15歳未満が挙げられる。
2017年以降、ナイジェリアではサル痘の症例が増加している。これらの事例の一部は、ナイジェリアから帰国した旅行者の間で発生している。
米国
2003年5月15日から6月にかけて、6つの州で71例のサル痘の発生がCDCによって調査された。35例でウイルスの存在が確認された。調査の結果、ペットとして
プレーリードッグを購入した患者が発熱し、その後、膿疱性発疹が出現したことが明らかになった。
プレーリードッグは、
イリノイ州の流通センターでアフリカネズミと一緒に飼育されており、アフリカネズミからウイルスを獲得したと考えられた。
この集団発生以降、
プレーリードッグやアフリカからの動物の輸送、販売などが、CDCと米国食品医薬品局(
FDA)により禁止された 。
2021年7月、
テキサス州ダラスで患者がサル痘と診断された。この患者は、ナイジェリアからの帰国中に症状を発症した。
他国 - 2018年9月、英国(UK)でサル痘の2例が報告された。患者は、サル痘の症例が報告されたナイジェリア南部から英国に
渡航していた。ナイジェリアからの
渡航に関連する他の症例は、
イスラエルと
シンガポールで報告されている。
潜伏期間
上記の米国の
アウトブレイクでは、29人の患者の曝露から発病までの推定潜伏期間は12日であった。動物に噛まれたり引っかかれたりした場合、潜伏期間が短い可能性がある(13日 vs 9日)。
臨床症状
サル痘感染の大部分は無症状である。有症者の場合、サル痘は発熱、悪寒、筋肉痛などの全身疾患を引き起こし、
天然痘と区別することが重要な特徴的な発疹を呈する。また、ウイルスの株によって臨床症状が異なることもある。
アフリカでは、サル痘の発疹は
体幹から始まり、周辺に広がって手掌・足底に広がる。粘膜病変を呈することもあり、通常0.5〜1cmの大きさになる。発疹は通常、紅斑および丘疹で始まり、2〜4週間かけて小水疱、膿疱、そして中央が陥凹し、痂皮化、落屑する。感染動物との直接
接触した手指の局所的な発疹のみの場合もある。
2003年の米国の報告では、37人のうち34人について、主な徴候と症状は以下の通りである。
発疹(97%) 、発熱(85%)、悪寒(71%)、リンパ節腫脹(71%)、頭痛(65パーセント)、筋肉痛(56%)
発熱は発疹より約2日早く認められ、発熱期間の中央値は8日間であった。発疹は、初診時に紅斑状であり、発疹はその後、小水疱、膿疱へと進展し、最終的には2〜3週間のうちに痂皮化した。
リンパ節腫脹は、サル痘の重要な特徴である 。リンパ節腫脹は、顎下、頸部、鼠径部に生じることがある。
34人のうち9人は、吐き気、嘔吐、嚥下障害など様々な理由で入院した。最も重症の患者2名の退院時の診断は、脳症と後
咽頭膿瘍であった。全例が支持療法により回復し、抗ウイルス療法は行われていない。トランスアミナーゼ上昇、白血球増加、軽度の血小板減少、低
アルブミン血症などの非特異的な臨床検査所見が認められた。
Monkeypox | Poxvirus | CDC
診断
臨床症状は診断に有用であるが、この疾患を確定するためには、サル痘ウイルスの確認が必要である。診断法には、ウイルス分離、
電子顕微鏡、
PCR、免疫蛍光抗体測定法などがある。
電子顕微鏡では、特徴的なレンガ状のポックスウイルスが観察される。病理学には、ケラチノサイトのバルーン状変性、顕著なスポンジ化、皮膚浮腫、および急性炎症が示されることがありますが、これらの所見は他のウイルス
感染症でも見られることがあり、特異的ではない。
2003年の米国での集団発生時に得られた患者の血清を使用して、CDCは、サル痘ウイルス感染を証明するIgG・
IgM ELISAを開発した。発疹の発症から5日と8日後に検出された。
鑑別診断
天然痘が根絶されたため、診断上最も考慮すべきは水痘である。水痘の場合、診察時に小水疱病変の発生があり、段階が異なる皮疹が存在するのが特徴であるが、サル痘の場合、病変は概ねすべて同じ段階である。
アフリカのポックスウイルスであるタナポックスも鑑別診断の対象となる。Orfは、サル痘と同様の皮膚病変を局所的に生じる。
治療
支持療法 - ほとんどは軽症で、自然治癒する。脱水のリスク(嘔吐、嚥下障害)のある患者は、水分補給のため入院が必要になる場合がある。
Cidofovir-サル痘に対してin vitroで活性があり、動物モデルで有効であることが示されている。しかし、ヒトにおける有効性に関する臨床データはなく、腎毒性を含む重大な有害事象が知られている。
Tecovirimat - 2018年7月、米国で
天然痘の治療薬として使用が承認さた薬剤。ヒトのサル痘に対してもおそらく有効であると推定される。
Brincidofovir - 2021年6月、
天然痘の治療用として米国で使用が承認された。経口投与が可能である。
死亡率
中央アフリカでは、致死率は約10%。米国での集団発生では死亡例はなかった。
予防
天然痘ワクチン接種が感染を予防し、症状を改善することを示唆するデータがある。アフリカでは、2278人の家庭内
接触者の二次感染率は、事前の
天然痘ワクチン接種状況によって大きく変化した(ワクチン接種者と非接種者で1.3% vs 7.5%)。ワクチン接種者はワクチン非接種者に比べてサル痘のリスクが5倍低かった(1万人当たり0.78人対4.05人)。
曝露後予防
曝露後ワクチン接種-サル痘に曝露した後(例えば、個人防護具(PPE)なしで患者に
接触した場合)、
接触者の健康観察と隔離に加えて、特定の患者には
天然痘ワクチン接種を検討することができる。
ワクシニアウイルスによる事前のワクチン接種がサル痘感染を防ぐことから、CDCは、2003年の米国での流行でサル痘に曝露した小児や妊婦を含む限られた人に、ワクシニアウイルスによるワクチン接種を推奨した。
アウトブレイクの調査に携わった人や、サル痘の患者をケアする医療従事者に対しても、曝露前のワクチン接種を推奨した。成人28名と小児2名が
天然痘ワクチンの接種を受け、接種者の中にサル痘を発症した症例は確認されなかった。
サル痘の曝露後ワクチン接種の最適な時期は4日以内であるが、CDCによれば、密接な
接触による曝露の14日まではワクチン接種を検討することができるとしている。
感染予防策 - サル痘および
天然痘が鑑別診断に含まれる原因不明の全身性小水疱性発疹には、
接触予防策および空気感染予防策の両方が推奨される。発疹が出現して1週間は、感染力があると考え、すべての発疹が痂皮化し、
咽頭の
PCRが陰性になるまで隔離する必要がある。