小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

梅毒は性感染症とは限らない

 梅毒は、性感染症STI)の代表的な疾患の一つです。梅毒感染した妊婦から出生した先天梅毒の症例も小児では経験します。梅毒は、皮膚や粘膜に病変を作るので、性的接触以外でも、病変部に接する機会があれば感染する可能性があります。
 この研究は、アルゼンチンで、性的接触以外で梅毒に感染した小児の報告です。かなり症例数が多く、稀では無いことがよくわかります。小児の梅毒を診断した場合には、慎重に性的虐待の除外をすることが必要ですが、「梅毒=STI」としか思っていないと、患者さんや家族との信頼関係が崩れる可能性もあります。
 
要点
・梅毒は、性的接触以外でも感染しうる。
・衛生状態の悪い、過密な家庭環境は、梅毒感染のリスクになる。
 
Acquired Syphilis by Nonsexual Contact in Childhood
Pediatr Infect Dis J. 2021; 40: 892.
 
背景
 小児期には、活動性の梅毒患者の粘膜や皮膚の病変に密接に繰り返しに接触した場合のように、性的接触以外で梅毒に感染する可能性がある。
 
方法
 性的接触以外で梅毒に感染した小児患者の前向きコホート研究である。患者背景、臨床初見、血清学的治療評価、一般的な検査データを収集した。患者と家族の医学的・心理社会的評価を慎重に行った上で、性的接触による感染を除外した。
 
結果
 24名が本研究の対象になった。平均年齢は4.2歳であった。女児が62.5%であった。全例が衛生状態の良くない過密な家庭環境であった。受診理由で最も多かったのは、二期梅毒の皮膚病変であった(79.2%)。患者と家族の心理社会的評価では、いずれのケースでも性的虐待を示唆する所見は認められなかった。78人の家族と同居人を評価した結果、23人(29.5%)がRPRまたはTPHA陽性となり、そのうち、60.9%は無症状であった。症状のある症例では、二期梅毒の病変が認められた。治療後は、RPRの持続的な低下が認められ、治療後12カ月以内に6/24例(25%)が陰性となった。全例HIVは陰性であった。
 
考察
 本症例の対象患者は、慎重に評価した結果、性的虐待の可能性は低いと考えられた。しかし、検査や心理社会的評価で性的接触が否定された場合、その他の感染経路を考慮する必要がある。過密で劣悪な家庭環境は、性的接触以外での梅毒感染リスクを高める。子供の世話をする成人が、哺乳瓶の乳首を唾液で湿らせたり、乳児に食事を与える前に食べ物を口に入れて熱くないか確認するなどの習慣は、乳児に梅毒感染を起こすリスクとなりえる。
 
 
アルゼンチンのブエノスアイレスからの報告
感染経路
N=97
先天梅毒
59例
非性的接触による感染
24例
虐待以外の性的接触
7例
4例
 
24例の症状
症状
症例数
扁平コンジローマ
17
手掌と足底の落屑
8
口腔内潰瘍
6
皮疹
2
糸球体腎炎
1
無症状
3

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

小児の新型コロナ後遺症(long COVID)イランからの報告

 新型コロナウイルス感染後も様々な症状が長く続くケースが報告されています。Long COVIDと言われる病態ですが、高齢・肥満・女性・発症時の症状が5つ以上あるといった人で起きやすことがわかっています。(忽那先生のYahoo!ニュース)
  小児のlong COVIDについては、少ないのではないかとイギリスから報告されているものの、長期にわたる症状がどのようなものか、はっきりしませんでした。
 COVID-19のパンデミック早期に患者数の急増に苦しんだイランからのデータです。58名中26名(44.8%)がlong COVIDの症状を訴えていますが、非常に大きい流行に呑まれていた時期があり、かなり重症者が多い(58名中10名がICUに入院)データですので、解釈に注意が必要です。(ICU入院した10名中8名がlong COVIDの症状を訴えています。)
小児でも、重症例ではlong COVIDになりやすいという成人とも同じデータと解釈することができます。
 
Long COVID in children and adolescents
World J Pediatr. 2021 Sep 3; 1-5.
 
背景
 Long COVID (新型コロナウイルス感染後の長期間にわたる症状)に悩まされる小児の有病率、また症状を明らかにする。さらに、小児のlong COVIDの危険因子を調査した。
 
方法
 2020年2月19日から2020年11月20日までに、イラン・ファールス州の病院に紹介された小児をすべて対象とした。対象患者は、COVID-19を確定診断された患者のみである。退院から3カ月以上経過してから、患者・親へ電話を行い、親が同意した場合、患者の現在の状態を確認した。
 
結果
 計58名が組み入れ基準を満たした。26名(44.8%)の患者がlong COVIDの症状を訴えていた。症状は、疲労感12名(21%)、息切れ7名(12%)、運動耐性の低下7名(12%)、脱力感6名(10%)、歩行困難5名(9%)が含まれていた。年齢が高いこと、入院時の筋肉痛、集中治療室への入室は、long COVIDの発症と有意に関連していた。
 
結論
 Long COVIDは小児に頻繁に見られる。これらの患者が適切な治療を受けられるように、long COVIDの病態生理を調査・研究すべきである。
 
 
Long COVIDの症状 (論文の表から作成)
症状
軽症
中等症
重症
12
0
0
息切れ
5
2
0
運動耐性低下
5
0
2
脱力感
6
0
0
歩行困難
2
1
2
咳嗽
4
0
0
筋肉痛
3
0
0
関節痛
3
0
0
1
1
1
喀痰
3
0
0
頭痛
3
0
0
 
Long COVIDの発症リスク因子 (論文の表から作成)
因子
Odds比
年齢
1.314
入院時の筋肉痛
6.739
ICU入院
21.469
 

小児のカンジダ血症について知っておくべきこと

 カンジダ血症は、一般小児科をやっているとあまり遭遇することはありませんが、基礎疾患を有する小児や重症の小児を診療している施設では、比較的よく経験します。
 血培からカンジダが生えたとき、困らないように、「小児のカンジダ血症について知っておくべきこと」をまとめました。
 
f:id:PedsID:20210921191958j:plain
Candidemia in children: Epidemiology, prevention and management
Mycoses. 2018;61:614
 
  1. 小児のカンジダ血症の疫学
カンジダ血症は、小児の血流感染症の3 or 4位。意外に多い。
 (コアグラーゼ陰性ブドウ球菌黄色ブドウ球菌>腸球菌に次ぐ)
血液培養からカンジダが検出された場合、決してコンタミではない。(これ、本当に重要です。)
・ヨーロッパでは、死亡率の高い小児感染症の第2位。
・PICU入室者1000名あたり、5名が発症する。30日死亡率は20%程度。
・台湾の報告(319症例)では、7日死亡率は13.4%、30日死亡率は25.2%。
・歴史的には、新生児と1歳未満の乳児がリスクが高い。(成人より発症率高い)
・更に、PICUに入室する先天性心疾患、心臓血管手術を受けた患者に多い。
 
  1. カンジダ血症の起源
・皮膚由来か消化管由来か、論争の的になるテーマ。
・通常、重症患者・免疫不全者では、カンジダ血症の由来は、消化管と考えられる。(分子学的な系統解析による。)
 
  1. Candida albicansからnon-albicansへのシフト
C. albicans, C. parapsilosis, C. glabrata, C. tropicalis, C. kruseiの5菌種で、分離されるカンジダの90%以上を占める。
・近年、C. albicansの分離頻度が低下し、non-albicans Candida species (NAC)が増えている。
・NACによるカンジダ血症が54.4%との報告もある。
・C. glabrata:造血幹細胞移植後の患者において重要な起炎菌。高齢者にも多い。
・C. parapsilosis:新生児・乳児でCVカテーテルから完全静脈栄養(TPN)を行っている患者において重要な起炎菌。皮膚に常在しやすい。ステロイド投与や好中球減少などの免疫不全者には少ない。乳児のカンジダによるカテーテル関連血流感染症の起炎菌の第1位というセンターもある。比較的死亡率が低い報告が多い。
・C. tropicalis:好中球減少、血液悪性腫瘍患者のカンジダ血症に関連。インドのPICUで多い。
・C. krusei:高齢者で、外科手術を受けた患者やフルコナゾールによる予防投与を受けていた患者に多い。死亡率が高い。
・C. auris:多剤耐性のカンジダ。アジア、アフリカ、南米などから院内感染の起炎菌として報告。
・小児において、C. albicansとNACのカンジダ血症で死亡率に有意な差はない。
 
  1. リスク因子
・新生児:未熟性、ICU入院、経静脈栄養、呼吸器疾患・人工呼吸管理
・小児:悪性腫瘍、好中球減少、神経疾患、ステロイド使用
・他の研究では、PICU入室、固形臓器移植後、CVカテーテル留置、バンコマイシンの使用、嫌気性菌に対する抗菌薬の使用(過去2週間に3日間以上)などもリスク因子として報告
カンジダが他の部位に定着していることがカンジダ血症のリスク因子。
 
  1. PICUでのカンジダ血症
・発生頻度は1000入院あたり6.9例という報告がある。
・基礎疾患は、血液悪性腫瘍、先天性心疾患が多い。
・死亡率22%(うち直接死因となるのは5%)。
・NACが多い(54.6%)。
 
  1. CVカテーテル(CVC)とカンジダ血症
・経皮的にシリコン製のCVCはリスク高い。
・CVポートはリスク低い。
・新生児のカンジダ血症の58%、小児の70%が、カテーテル由来。
カンジダ血症の感染巣が、CVCなら、可及的速やかに抜去するべきである。
カンジダ血症で、CVCを温存するか抜去するかで、死亡率に影響があるかをみたランダム化比較試験はない。
・しかし、73研究のレビューでは、40研究で抜去したほうが良い、33研究で明確な差はない、温存の方が良いとする研究はなかった。
エタノールロック療法と抗真菌薬で、温存に成功したというケースレポートは、少しある。(が、基本的には、抜去が必要。)
 
  1. CVCのバンドルアプローチ
・米国では過去10年間に、CLABSIによるカンジダ血症は減少した。
・CLABSIの予防バンドルの遵守率が、カンジダ血症の発生率に有意に関連する。
・手指衛生にはじまるCLABSIの予防ガイドラインを導入するべきである。
 
  1. 抗真菌薬の予防的投与に関して
・抗真菌薬の予防的な投与は、カンジダ血症の頻度は減らすが、死亡率を減少させるエビデンスはない。
・たとえ重症であっても、抗真菌薬の予防的投与は議論がある。
 
  1. カンジダ血症を予防する他の方法
・プロバイオティクスにより、カンジダ保菌やカンジダ尿症が減少した報告がある。
・広域抗菌薬投与を受ける重症の小児例を対象として、プロバイオティクスが、カンジダ血症を減らすというエビデンスはない。
・クロルヘキシジン入浴は、重症児で菌血症を減少させることが証明されているが、カンジダ血症に関してはほとんど効果がない。
 
カンジダ血症を予防するための提案
・CVCのタイプを注意深く選択する(シリコン製CVCを避ける、可能ならポート)
・CVC挿入時と挿入中は、毎日、チェックリストに沿った感染予防バンドルを実施する
・手指衛生の遵守率を厳しく評価する
・毎日、カテーテルの必要性について評価を行う
・毎日、抗菌薬の必要性について評価を行う
・正常な腸管内細菌叢を維持するための努力を行う
・抗菌薬含浸カテーテルの仕様について、リスクとベネフィット、コストについて評価を行う
・抗真菌薬の予防投与について、患者ごとにリスクとベネフィットについて評価を行う。
 
  1. 小児カンジダ血症の治療
エキノキャンディンは、殺菌的な抗真菌薬でバイオフィルムへの浸透も良いため、使用されるケースが増加している。
・ヨーロッパ(ESCM)では、侵襲性カンジダ感染症に対して、カスポファンギン、ミカファンギン、アムホテリシンBリポソーム製剤は、A- I grade。
・米国(IDSA)でも、エキノキャンディンが好まれるが、血液培養が陰性化して5−7日経過したら、フルコナゾールやボリコナゾールへのstep-downが推奨される。(アゾール系が有効な菌種のみ)
・治療期間は、症状が消失し、かつ、血液培養陰性化から2週間が基本となる。

黄色ブドウ球菌菌血症では血培2回陰性を確認したら十分(小児)

 以前、成人の感染症を主に診療していたとき、黄色ブドウ球菌菌血症(SAB)を多く経験しました。程度の差はあれ、どの患者さんも重症で、菌血症がなかなか解消できない(持続菌血症の)患者さんも多く、亡くなられた方もいらっしゃいました。とりあえず「黄色ブドウ球菌やばいし、菌血症はしつこい」という印象を持っていまいた。
 
 小児では、SABはそもそもまれで、もちろん重症ではあるのですが、持続菌血症になることは少なく、成人と様相が異なります。
 
 持続菌血症が解消したことを確認するのは非常に重要なのですが、どこまでやればよいのかについては、小児では指標がありませんでした。テキサス小児病院から、1年間に122名の小児のSAB症例をまとめたという、ハンパねえ患者数のデータが出ました。
 
黄色ブドウ球菌菌血症(SAB)をみたら、2回の血培陰性を確認する」ことが大事です。
 
Follow-up Blood Cultures in Children With Staphylococcus aureus Bacteremia.
Pediatrics. 2020;146(6) 
 
背景
 黄色ブドウ球菌は、小児の血流感染症でよく見られる病原体である。菌血症がないことを証明するために必要なフォローアップ血液培養(FUBC)の回数については、エビデンスに基づく推奨はない。不必要な血液培養は、偽陽性のリスクを高め、医療費を増加させる。本研究では、持続菌血症および間欠的な血培陽性(FUBCが陰性化した後、再度血培陽性となること)のリスク因子を検討し、小児において菌血症がないことを証明するために必要なFUBCの数を決定する。
 
方法
 2018年にテキサス小児病院で黄色ブドウ球菌菌血症で入院した18歳未満の患者を対象とした。感染巣の診断(中心静脈カテーテル関連血流感染症、骨髄炎、軟部組織感染症、心内膜炎など)と併存疾患が菌血症の持続期間に与える影響を評価した。血培が間欠的に陽性であった患者の特徴と、再陽性になる頻度を検討した。
 
結果
 合計122名の患者が対象となった。菌血症の期間の中央値は1日(四分位範囲:1-2日)であった。菌血症が3日以上持続したのは19例(16%)で、全員が中心静脈カテーテル関連血流感染症,骨髄炎,心内膜炎と診断されていた。間欠的な血培陽性は5%の患者に見られた。2回FUBC陰性の後に血培陽性となった患者は1%未満であった。間欠的な血培陽性は、骨髄炎と心内膜炎に関連していた。
 
結論
 黄色ブドウ球菌菌血症の小児例において、全身状態が改善し、かつ、2回FUBCが陰性であれば、血培を追加する必要はない。
 

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 やはり、半数以上の患者の血培持続期間は1日以内です。ここは成人とかなり異なるところです。
 

f:id:PedsID:20210914230127p:plain

 菌血症の持続期間が長いのは、感染性心内膜炎と骨髄炎です。特に感染性心内膜炎は、手術による感染巣の除去がとても重要であることがよく分かるデータです。(手術しない限りなかなか陰性化しない!)
 
 血培2回陰性を確認した後に、再度、血培陽性になった症例は1例(0.8%)のみでした。この症例は、骨髄炎で、再陽性になった時には、状態が悪化し、ICUに入ったそうです。このような例外を除き、2回陰性確認後は、基本的には、血液培養陽転は稀と言えます。
 

COVID-19罹患後の手術は7週目以降に

 COVID-19の急性期に、外科手術をすると予後が悪くなるのは、分かっていましたが、どのくらい空ければ安全かというのは、なかなか判断が難しいです。

 日本麻酔科学会より、提言が出され、8月31日に更新されました。

新型コロナウイルス感染症と診断されてから7週目以降に実施することが推奨される」 

ただし、症状が残っている場合には、慎重な検討が必要。 

この推奨の根拠となる論文を読んでみました。これだけのデータが出てくるのは、すごいなと感じました。

anesth.or.jp

Timing of surgery following SARS-CoV-2 infection: an international prospective cohort study
Anaesthesia. 2021;76:748.
 
周術期に SARS-CoV-2に感染すると、術後の死亡率を高めることが分かってきた。この研究では、SARS-CoV-2に感染した患者の手術をどれだけ遅らせるのが最適かを検討した。
 
本研究は、国際的な多施設共同前向きコホート研究である。2020年10月に待機的手術または緊急手術を受けた患者を対象とした。術前にSARS-CoV-2に感染した患者と、感染したことがない患者を比較した。主要評価指標は、術後30日の死亡率とした。ロジスティック回帰モデルを用いて,SARS-CoV-2 感染の診断から手術までの期間で層別化した調整後 30 日死亡率を算出した。
 
14万231人の患者(116カ国)のうち、術前にSARS-CoV-2感染の診断を受けた患者は3127人(2.2%)だった。感染していない患者の調整後30日死亡率は1.5%(95%CI 1.4-1.5)。SARS-CoV-2に感染した患者で、診断後0-2週間、3-4週間、5-6週間に手術を受けた患者で死亡率が上昇した(オッズ比(95%CI)4.1(3.3-4.8)、3.9(2.6-5.1)、3.6(2.0-5.2))。診断後7週間以上経過してから行われた手術は、感染していない患者と同等の死亡リスクであった(オッズ比(95%CI)1.5(0.9-2.1))。SARS-CoV-2感染後7週間以降で手術をした場合、症状が継続している患者は、症状が治まった患者や無症状の患者よりも死亡率が高かった(6.0%(95%CI 3.2-8.7)対2.4%(95%CI 1.4-3.4)対1.3%(95%CI 0.6-2.0))。
 
可能であれば、SARS-CoV-2感染後、少なくとも7週間は手術を遅らせるべきである。診断から7週間以上経過しても症状が継続している患者は,さらに延期したほうがよい。