小児感染症科医のお勉強ノート

小児感染症を専門に診療しています。論文や病気のまとめを紹介します。

妊娠中の新型コロナワクチンについて

 妊娠中のため、新型コロナワクチン接種を躊躇されている方も多くいらっしゃると思います。

 

 厚生労働省からは、下記のような情報提供があります。妊娠中もワクチンの接種を勧めています。これは、妊娠後期にCOVID-19になると重症化するリスクが高く、早産や妊娠合併症のリスクが高くなるからです。また、胎児へ新型コロナウイルスに対する抗体が移行することも期待できます。

www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp

 

 日本産科婦人科学会も、妊娠12週(1st trimester)は避けるべきであるが、それ以降は、一般的にメリットがデメリットを上回るとして、積極的な接種を呼びかけています。 

www.jsog.or.jp

 

 実際に、これまでの使用実績の報告でも、妊娠中に接種しても副反応が増加することも無いことが分かっています。

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pubmed.ncbi.nlm.nih.gov

 

 これを踏まえて、実社会で、妊婦にワクチン接種をすると、どれだけ感染者が減るかというデータがイスラエルから出ました。

 

要点

・初回接種後、28日以上を経過すると、新型コロナウイルス感染の調整後ハザード比が0.22になる。

・特に問題となる重篤な副反応は報告なし。

 

Association Between BNT162b2 Vaccination and Incidence of SARS-CoV-2 Infection in Pregnant Women
Goldshtein I, et al. JAMA. 2021 July 12.
 
 
はじめに
 BNT162b2 mRNAワクチン(Pfizer-BioNTech社)の妊娠中の有効性と安全性に関するデータは、妊婦が第3相試験から除外されたため、現在のところ不足している。
 
方法
 妊婦におけるBNT162b2 mRNAワクチン接種とSARS-CoV-2感染のリスクとの関連を評価することを目的とした。本研究は、イスラエルの国営医療組織に登録された妊婦を対象に実施された後方視的コホート研究である。2020年12月19日から2021年2月28日までにBNT162b2 mRNA ワクチンの初回接種を受けた妊婦と、接種を受けていない妊婦を、年齢、妊娠期間、居住地域、人口サブグループ、妊娠期間、インフルエンザの予防接種状況で1対1にマッチさせた。追跡調査は2021年4月11日に終了した。主要アウトカムは、初回ワクチン接種後 28 日以上(注:標準的な2回目接種から7日以上)経過してからPCRで診断が確定した SARS-CoV-2 感染とした。
 
結果
 ワクチン接種を受けた女性7530人と、マッチさせた未接種の女性7530人を解析した。第2三半期が46%、第3三半期が33%であった。平均年齢(±SD)は31.1歳(±4.9歳)であった。追跡調査の中央値は37日(IQR 21-54日, 範囲 0~70日)であった。SARS-CoV-2 の感染者は、ワクチン接種群で 118 例、非接種群で 202 例であった。感染者のうち、有症状者の割合は、ワクチン接種群で105人中88人(83.8%)、ワクチン未接種群で179人中149人(83.2%)であった(P≧0.99)。フォローアップ28-70日目の感染者数は、ワクチン接種群で10例、非接種群で46例であった。感染の危険率は、ワクチン接種群と非接種群でそれぞれ 0.33%と 1.64%であり、感染率の絶対差は 1.31%(95% CI, 0.89%-1.74%)、調整ハザード比は 0.22(95% CI, 0.11-0.43)であった。ワクチン関連の有害事象は68例報告され、重篤なものはなかった。最も多く報告された症状は,頭痛(n=10、0.1%)、全身の脱力感(n=8、0.1%)、非特異的な疼痛(n=6、0.1%未満)、腹痛(n=5、<0.1%)であった。
 
結論
 妊婦を対象とした本研究では、BNT162b2 mRNAワクチン接種は、接種しない場合と比較して、SARS-CoV-2感染のリスクを有意に低下させることが示された。
 

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 妊娠前に接種することが理想なのでしょうが、妊娠中でも安定期に入ったら、是非積極的にワクチン接種をお願いしたいと思います。

新型コロナウイルスワクチンと授乳について

 新型コロナウイルスワクチン(ファイザーとモデルナ)は、mRNAワクチンという新しい仕組みのワクチンで、絶大な効果をもたらします。一方、新技術であるがゆえ、妊娠中や授乳中の女性が、接種に不安を感じられるのも、当然だと思います。
 
 厚生労働省も、母乳中にワクチンの成分は検出されず、むしろ抗体が赤ちゃんに投与される点は有益であるとして、授乳中でも、接種ができるとしています。
 
 今回の研究は、ファイザー社とモデルナ社のワクチンを打った授乳中の方の母乳を分析した研究です。対象者数は少ないのですが、接種後24時間で、母乳中にワクチンのmRNAは検出されませんでした
 安心材料の一つになるのでは無いかと思います。年少児や乳児への新型コロナウイルスワクチン接種は、まだこれから検討が必要な段階です。授乳中の母を含む家族みんながワクチン接種を行い、家庭内での感染伝播を予防するのが重要です。
Evaluation of Messenger RNA From COVID-19 BTN162b2 and mRNA-1273 Vaccines in Human Milk
JAMA Pediatr . 2021 Jul 6. doi: 10.1001/jamapediatrics.2021.1929.
 
 新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンは、妊娠中または授乳中の人におけるワクチンの安全性に関するデータが少なく、ワクチン接種により母乳が影響を受けるのではないかという懸念から、母親がワクチン接種を拒否したり、授乳を中止することが起きている。世界保健機関は、授乳中でもワクチン接種を推奨しており、授乳の中止も推奨していません。本研究では、ワクチン接種後の母乳中にワクチン関連のmRNAが検出されるかどうかを調べるために母乳サンプルを分析した。
 
方法
 ワクチン接種前と、ワクチン接種後48時間までの様々な時点で7名の母乳を採取した。新型コロナウイルスワクチンに使用されているmRNAを標的としたRT−PCRを行った。BNT162b2(Pfizer社)およびmRNA-1273(Moderna社)ワクチンを接種した場合について検討した。本法の検出下限値は、BNT162bおよびmRNA-1273ワクチンでそれぞれ0.195 pgおよび1.5 pgである。
 
結果
 本研究には、7名の母親(平均[SD]年齢、37.8 [5.8]歳)がボランティアとして参加した。子どもの年齢は1カ月から3歳までであった。ワクチン接種後の母乳サンプルは、BNT162b2ワクチン(n = 5)またはmRNA-1273ワクチン(n = 2)を投与してから4~48時間後に採取した。1人の参加者から複数の時点(4~48時間)を含むサンプルを得た。ワクチン接種24時間後に採取した13のサンプルを分析したころ、いずれのサンプルでも、ワクチンのmRNAは検出されなかった。
 
考察
 ワクチン接種後4~48時間後に採取した13のサンプルからは、ワクチンに関連するmRNAは検出されなかった。ワクチン関連のmRNAが乳児に移行せず、ワクチンを接種した授乳中の人は授乳を中止すべきではないという現在の推奨を強化するための重要な証拠となる。
 

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 全てのサンプルで、ワクチン由来のmRNAは検出されず。グラフの右2つはコントロールです。
 

日本の急性脳炎・脳症の予後因子

 日本のDPCデータを使った小児の急性脳炎・脳症の予後不良因子の検討です。
乳児のインフルエンザ脳症というのが悪いパターンだと思っていましたが、むしろインフルエンザウイルスと単純ヘルペスウイルスが原因の脳炎・脳症は予後が良いようです。抗ウイルス薬があるおかげなのか、他の要因があるのかは分かりませんが。
 本研究のlimitationでも指摘されていますが、注意すべきは、DPCデータなので、そもそも本疾患のデータを分析するためのデータベースではない点です。年齢・性別、基礎疾患、入院時の意識状態やICU入院などのデータについては、正確だと思います。しかし、脳炎・脳症の原因微生物は、入院後しばらくして判明したり(場合によっては、退院後に判明する)こともあります。個人的には、原因微生物が判明したからと言って、DPCをわざわざ自分で修正したりしていません。
 そういう背景があるので、単純にHSVとインフルエンザウイルスの脳炎は予後が良いと言えない、現場の認識との乖離があるように感じました。(HSVは新生児を除外しているため、予後が良い可能性も高いです。)
 
Prognostic Factors Among Children With Acute Encephalitis/Encephalopathy Associated With Viral and Other Pathogens
Clin Infect Dis. 2021; 73: 7-82.
 
背景
ウイルスやその他の病原体に起因する急性脳炎・脳症(AE)は、神経学的後遺症や死亡の原因となる。そのため、予後因子を知ることは、迅速な治療介入のために重要である。本研究では、日本の全国規模のデータベースを用いて、AEに罹患した小児の早期の予後不良因子を検討した。
 
方法
全国の急性期入院患者の約半数が登録されているDiagnosis Procedure Combination(DPC)データベースを用いて、後方視的コホート研究を行った。2010年4月から2018年3月までにAEで入院し、退院した18歳以下の小児を登録した。退院時の予後不良転帰は、「院内死亡・気管切開・経腸管栄養・理学リハビリテーション」が含まれる。予後不良因子は、患者特性、関連病原体、入院2日以内の介入を含む多変量ポアソン回帰モデルを用いて評価した。
 
結果
本研究では、9386例の小児AEが対象となった(年齢中央値,3歳)。院内死亡は241例(2.6%)で、2027例(21.6%)が予後不良転帰となった。有意な予後不良因子は、12~18歳、先天性異常、てんかん、入院時のJapan Coma Scaleスコアが100~300であった。一方,単純ヘルペスウイルス感染症とインフルエンザウイルス感染症は、良好な予後と関連していた。
 
結論
本研究では、小児AEの早期(入院後2日以内)の予後不良因子を明らかにした。これらの知見は、早期に積極的な治療介入を行うことが有益な患者を特定するのに役立つと考えられる。
 

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無殺菌乳が原因となるアウトブレイク

Increased Outbreaks Associated with Nonpasteurized Milk, United States, 2007–2012
Emerg Infect Dis. 2015; 21: 119.
 
日本では非加熱殺菌乳(無殺菌乳)の販売や流通は禁止されています。米国で発生した無殺菌乳によるアウトブレイクの報告です。
2007-2009年は30件のアウトブレイクがあり、2010-2012年は51件に増加した。ほとんどアウトブレイクの原因は Campylobacter spp.であり(77%)、無殺菌乳の販売が合法である州から購入された無殺菌乳が原因であった(81%)。無殺菌乳の流通を防ぐための規制を強化すべきである。
 
原因微生物
件数
キャンピロバクター
62件(81%)
志賀毒素産生大腸菌(STEC)
13件(17%)
2件(3%)
コクシエラ
1件(1%)

 

 無殺菌乳といえば、リステリア菌なども有名ですが、アウトブレイクするのは、キャンピロバクターが最も多いのは意外でした。日本では、流通していませんので、あまり、遭遇する機会は少ないかもしれませんが、注意は必要です。

葛西手術後の予防的抗菌薬について

 胆道閉鎖症は、まれですが、生後3ヶ月以内に葛西手術という手術が必要となる重篤な肝疾患です。葛西手術後には、胆管炎が頻発し、胆管炎を繰り返すと、肝臓の予後が悪くなり、肝移植が必要になるケースが増えます。
 そのため、胆管炎にならないように、術後はかなり長期に予防的抗菌薬を投与しますが、これまで、決まったプロトコールは有りませんでした。
 今回、中国の上海の病院から、180例(この数は驚きです!)の胆道閉鎖症に対して、静注抗菌薬の投与日数を7日間(短期間)と14日間(長期間)に割り付けた研究がでました。
要点
・長期抗菌薬投与をすると、術後早期の胆管炎や胆管炎を発症する回数は低下する。
・術後6ヶ月までフォローすると、胆管炎を発症する割合や肝臓の予後は変わらない

Preventive effect of prophylactic intravenous antibiotics against cholangitis in biliary atresia: a randomized controlled trial
Pediatr Surg Int. 2021 May 19. doi: 10.1007/s00383-021-04916-z.
 
目的:
 胆道閉鎖症(BA)は新生児肝疾患の一つであり,葛西手術が実施される。多くの患者が術後胆管炎を発症し,予後不良となる。予防的抗菌薬は経験的に基づき実施されており、標準的なレジメンはない。我々は、葛西術後胆管炎に対して、静注抗菌薬の予防投与のお効果を分析することを目的とした。
 
方法:
 2016年6月から2017年8月にかけて、単施設のオープンラベル無作為化臨床試験を実施した。BA患者180名を対象に、短期治療群(n=90)と長期治療群(n=90)に無作為に割り付けた。予防的静注抗菌薬をそれぞれ7日間と14日間投与した。主要評価項目は、葛西術後6カ月以内の胆管炎の発生率である。副次的評価項目は、葛西術後1ヵ月および3ヵ月以内の胆管炎発症率、胆管炎平均発症回数、黄疸の改善率、肝生存率、葛西術後6ヵ月以内の有害事象である。
 
結果:
 胆管炎の発症率は、intention-to-treat解析とpre-protocol解析で、短期投与群と長期投与群で同等であった(62% vs. 70%、p = 0.27)。黄疸の改善率や肝生存率は、両群間で有意差を認めなかった。早期発症の術後胆管炎(61%対38%、p=0.02)および胆管炎の平均回数(2.4±0.2対1.8±0.1、p=0.01)は、長期投与群のほうが低かった。
 
結論
 葛西術後胆管炎に対する一般的な予防策として、予防的抗菌薬の長期静脈内投与は短期よりよい可能性がある。
 
 
長期投与群
短期投与群
<静注抗菌薬>
セフォペラゾン/スルバクタム 50mg/kg 1日3回
ornidazole (メトロニダゾールの仲間) 10mg/kg 1日2回
14日間
7日間
<内服抗菌薬>
(1) サルファメトキサゾール 25mg/kg/日 分2 2週間
(2) セファクロル 40mg/kg/日 分2 2週間
(1)と(2)を交互に内服
6ヶ月
6ヶ月
サルファメトキサゾール25mg/kg/dayはトリメトプリムとして5mg/kg/日に当たる量のST合剤で良いと思われます。
全例に、術後ステロイド、ウルソデオキシコール酸、などの補助的な治療は共通。
 

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 有意差は無いものの、術後6ヶ月で、6%ほど胆管炎の発症率が低下し、0.5回くらい発症回数も減るのなら、やっても良い方法かと思いました。しかし、肝生存率は、有意差無いものの、短期の方が良いんですよね。

 ST合剤とセファクロルをローテーションしながら、内服させる方法はかなり斬新と感じました。

 抗菌薬投与に関連する明らかな合併症は無かったことが記載されており、術後2週間の投与は許容できると思いました。

 

pubmed.ncbi.nlm.nih.gov